シーマン

文戸玲

健司のバカ息子


なんだよあいつ,変な雰囲気出しやがって


 頭の中のつぶやきを,わざと声に出す。
 ぼーっと歩いていたせいか,すれ違う女性に気付かずに驚かせてしまった。

 それにしても,今日のシーマンはおかしかった。やたらと口数は少なかったし,我が子の成長を見届けた親のような表情が頭から離れない。

なんなんだよ,あいつ


 妙にもやもやした気分のまま,アパートから一番近いコンビニに入る。せっかく飲んだのに,変な気分でバー・スリラーを出てしまった。このまま寝るのも気分が悪く,度数の高い酎ハイを二本と,ホルモンを干したいおつまみをかごにツッコミ,会計を済ませる。ダルそうな店員からレジ袋を受け取ってアパートに向かうと,ポケットの中でスマホが着信を知らせた。


健司のバカ息子


 ディスプレイには,最近登録名を変えた大貴の名前が表示されている。我ながらあほらしい行動に呆れつつ,「さっきまで顔合わせてたじゃないか」とぼやきながら電話を取る。

 すると,電話の向こうで,荒々しい息遣いと共に興奮しきった声が響いた。


「清介! 今すぐ来い! 今すぐや! シーマンがいーひんくなってん!」
「落ち着けよ。そんなはずないだろ。どこに行くにもお前に抱えられないと移動できないんだから」
「ちゃうねん! ほんまにいーひんねん! ええから,はよ来い!」


 いないなんてありえない。
スマホをポケットにしまいながら,バー・スリラーでのシーマンを思い起こす。あの不思議な雰囲気,ずっと胸につかえていたものが,再びざわざわと動き始めた。
何か分からない,恐ろしく大きなものに攻め立てられるように,さっき買ったばかりのチューハイを投げ飛ばして大貴の家に駆けだした。
 

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