シーマン

文戸玲

シーマンの呟き


「結構な人じゃったのう」


 感慨深そうにシーマンは遠くの方を見て呟いた。


「まさか,そんなドラマがあったとは,人生とはおもしろいもんだねえ」


 いつものように回っていない舌をなんとか動かして,マスターは相槌を打つ。

 あの出来事から二週間,順調に回復した大貴は無事に退院した。そして,快復祝いでおれたちは三人で安酒をあおりに来ている。


「いやー,お前たちの動きには感心やでほんま。祐輔くんを動かし,親父まで改心させてんから」
「祐輔くんを不安にさせたのはお前で,親父さんはもともと海よりも広い心の持ち主じゃないか。全ての元凶は大貴だろ」
「バイクにはねらえた男にどうしてそんなことが言えるんだよ」


 そう言いながら大貴は髪をかき上げる。以前は見てはいけないような気がして困ったその仕草も,今では何の気兼ねもなくツッコミを入れことができる。


「そのストーブに焼けたでこも,もちみたいに膨らんでたら話のネタになるのにな」
「不謹慎な。だれが食うねん。可愛い子ちゃんが食べてくれるんなら,ありやけどな。ほんで,世のいけてないメンズたちが焼きもちを焼くねんな」
「別に面白くないけど」


 手厳しい,と甲高い声をあげて大貴はショートカクテルを飲み干す。口の端から飲みこぼした液体が滴ることも気にせずに,ポップコーンをうまそうにほおばる。ポップコーンとは思えないそや久遠を出しながら。


「これこれ,やっぱここの名物はこれやねん。これでもかってほど湿気たポップコーン」
「仕込みの時間が違うからねえ。一カ月前から開封してる手の込みようだ」


 そんなもん客に出すなよ,というおれの言葉を無視して,ごきげんそうにマスターは大貴と話している。しばらくぶりだったから,よほど嬉しいのだろう。おれたち以外には,この店を利用する今日お市民はいない。

 珍しく口数の少ないシーマンをちらと見る。
 どこに行くにも必ず水槽と共に一緒にいる不思議な魚。
 シーマンは微笑みながら大貴とシーマンを見つめている。

もうわしにすることはないのう


 そんなつぶやきが聞こえた気がしたが,気のせいかもしれない。



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