シーマン

文戸玲

厚い封筒


「いいんだよ気にしなくて。それより,君に頼みがある」


 封筒を持っておいかけたおれに,健司さんは済まなさそうに言った。


「親らしいことは一つもしてやれなかった。家族で旅行に出かけたこともない。こう見えても,ある程度稼ぎはあるんだ。でもな,金が入ってきたときには,家族はてんでばらばら,使うところもありゃしない。家族水入らずの男旅なんて,とうていできないのは分かるだろ?」


 だから,と健司さんは続ける。目に光るものが浮かんで見えたのは,きっと気のせいではないはずだ。


「これからも仲良くしてやってくれ。そして,いろんなところに行って,何にも代えられない時間を過ごすんだ。大学生活なんて,ただそれだけのためにあるんだから」


 頼んだぞ,という健司さんを,おれはそれ以上追いかけることは出来なかった。


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