シーマン

文戸玲

三本目の赤マル


「大貴は・・・・・・大貴くんはお父様のことを大変,その,なんといいましょうか・・・・・・距離を置かれてますね」
「いいよそんな固くならなくて」


 敬語もめちゃくちゃだぞ,と笑う大貴の父親に言われ,顔が赤くなる。お言葉に甘え,少し砕けた物言いで話させてもらうことにした。


「あいつはな,母ちゃんっ子でな。母ちゃんがおれのことを目の敵にしていたもんだから,刷り込みが抜けないんだろうな。それこそ,あの手この手でおれのことを悪者に仕立て上げて,学校からも児童相談所からも白い目で見られて困り果てたよ。ああいうことには頭が切れるやつだからな」
「こんなこと言うのもあれなんですけど,お母さんと一緒に生活するっていうのもありっだったんじゃないですか?」


 大貴の父親が遠くの目を見ながら話す姿に,孤独さを感じて同情した。それでも,聞かず人はいられなかった。口にした後で,ひどいことを言ったと思った。


「おれが許さなかったんだ」
「許さなかった・・・・・・?」


 声がかすれた。
 大貴の父親が吐いた煙が,細長く空に勢いをつけて伸び,空気を切り裂いたかと思うといつの間にか消えていく。


「母ちゃんはな,不安定だったんだ。無理矢理にでも病院に連れて行ったらよかったんだろうけど,頑固な人でね。気持ちが不安定で,子どもに手を挙げるんだ。だから,絶対に預けることはできなかった」


 せがれだからな,と乾いた笑いを浮かべる大貴の父親の人生を思う。
 愛している我が子に拒否される親の心境は計り知れない。男で一つで育てるのに相当な苦労があったはずだ。
 仕事に融通をきかせ,大学まで通わせた。それだけで親の務めを立派に果たしている。今度は無性に大貴に腹が立ってきた。

 三本目の赤丸を口にくわえた時,通路の方からどたどたと騒がしい音がした。



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