シーマン

文戸玲

喫煙所


「困ったやつだろ? 小さいころから難しいところがあったが,ありゃ相当だ。大学生という人生の貴重な夏休みを,おれならあんなやつと過ごすことはしないが,お前たちは相当物好きの変わり者だな」


 大貴の父親は言いながらシーマンをちらと見やり,胸ポケットから赤マルを取りだした。そのままなにおい腕もなく,ゆっくりと歩く。その背中は,初めて見た時よりもずいぶんと小さく,頼りなかった。


「シーマン,ちょっと待っててくれ。おれもそろそろニコチン入れとかないと」
「おい,どこに行くつもりじゃ。わしは動けんのんど。それぐらい知っとるじゃろ。おい,待て! せめてわしも連れてけーー!」


 「待てーー!」という悲痛な叫び声がどこまでもこだまする。
 口の利ける奇妙な魚を置いていくのも気味が悪いが,余計なことは考えずに喫煙所を目指して小走りで向かった。


「おう,坊主も愛煙家か。しかもその銘柄,若いのに分かってるねえ」
「ワンピースのサンジも,ルパンの次元も,紅の豚も,かっこいいやつはみんなたばこ吸ってるでしょ? そんなもんですよ。ガキが煙草を覚えた理由なんて」
「男はあほだからな。みんなそんなもんさ。それより,大貴にやつは煙草を嫌ってるが,特に・・・・・・君が赤マルを吸っているのが余計に気に食わないだろうな」

 改めて名前を言うと,大貴の父親は「すまない,清介くんと呼ばせてもらうよ」と丁寧に言った。

 いえいえ,と言いながらもほっと胸をなでおろす。もっと大貴の話が聞きたかったところで,どうやって切り出そうと考えていたところだ。父親の方から名前を出してくれたので,変に気を遣わなくて済む。


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