シーマン

文戸玲

行けないです


「行けないです」


 開口一番,祐輔くんはそう言った。
 事情を聞いても「いけない」の一点張りで,説得を試みても頑として譲らない。
 不穏な状況を感じ取ったのか,シーマンを抱えた大貴がおれの耳元に顔を寄せた。


「本当に申し訳ないことをしたと思っています。自分が犯した罪と向き合い,報いようとしたんです。でも・・・・・・どうしても足が動かなくて,具合も悪くなってきちゃって・・・・・・」
「甘えんなや!!」


 不意にシーマンが怒鳴り声をあげ,水槽が海底地震でも起きたかのように震えた。
 祐輔くんが息をのんでいるのが伝わる。


「おのれ,ええ加減にせえよ。そうやっていつまでも逃げながら生きていくつもりなんか? ええか。とんずらこきよったら知らんけんの。地獄の底まで追いかけちゃるで」


 一息に言い切った後,息を切らして口から泡をこぽぽと拭きこぼす。
 少し間をおいて,「それにのう」と続けた。


「もしかしたら,わしらはお前を見つけることが出来んかもしれん。この前会うたのが最後になるんかもしれん。それでも,覚えとけや。大切な時に“逃げた”ちゅう事実は,自分が一番見とる。その眼はの,きついでぇ。一生話してくれんけんの。ずっとじゃ。何か頑張ろうとしとるとき,自分に自信を持てそうなとき,心が折れそうなとき・・・・・・ありとあらゆるときに,お前はその眼に苦しめられ続けるんど。その覚悟があるんじゃの?」


 祐輔くんは今,何を思っているのだろう。
 シーマンの言葉に心動かされて前向きになっているのか,それとも・・・・・・

 「あ」という間抜けな声が思わず漏れた。
 ツー,ツーと無機質な音が,通話の終わりを機械的に示す。
 くそ,と心の中でじだんだを踏んでいたが,シーマンはなぜかギラギラと力強い目をしていた。



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