シーマン

文戸玲

大貴の父親


 病院の待合室にやってきた男は,想像していたよりもずっと小ぎれいで,さわやかな格好をしていた。
 細身のスタイルがうかがえるグレーのスーツパンツは足の長さを演出し,七分袖のシャツは夏の暑さを感じさせない青いチェック柄を見事に着こなしている。
 とても問題のあるような人には見えなかった。


「おう,痛々しいな」


 電話越しに聞いた,だみ声が響いた。その見た目とはあまりにも不釣り合いな声に,圧倒されそうな威圧感を覚える。委縮しかけたことを悟られないように,いつもよりゆっくりと,浅く頭を下げた。


「大貴のお父様ですか? お忙しいところすみません」
「いやいや,こいつが迷惑をかけたみたいで。普段から仲良しなの? 苦労かけるね」


 いえいえ,と答えながら,驚いていることを悟られないように必死で目を細める。

 なんだこの人は。大貴の話を聞いてから,先入観に支配されていたのかもしれない。とても子どもに煙草を押し付けるような,金の工面が出来ないような大人には見えない。

 大貴との出会いや,学校での生活をいくらか話をしたが,何も問題がないように思えた。ただ,大貴は一言も発することもなく,不愛想な氷像を浮かべたまま我関せずと言った様子だった。にも関わらず,気まずい時間が訪れるわけでもなく穏やかに話が出来たのは,大貴の父親が話を繋いでくれたことも大きかった。

 話が落ち着くと,大貴の父親は辺りを見渡し,小声で尋ねた。


「バイクに乗っていた青年は,これからかな?」


 腕時計に目を落とすと,トイレに行ってくると言って足早に廊下を曲がっていった。
 約束の時間の三十分前。
 祐輔くんの今までの様子から,決められた時間よりもずいぶん早くやってきて律義に待ち続ける誠実さが感じ取られた。
 それを見越して早めに待っていたのだが,大貴の父親が先に来たのだから目を見張った。祐輔くんももうすぐ来そうな時間ではあるのだが・・・・・・。


 スマホを取り出し,時間を確認しようとすると同時に,着信を知らせるバイブ音が鳴った。
 ディスプレイに表示された名前は,祐輔くんだった。


「もしもし・・・・・・祐輔くん?」


 電話の向こうが何かおかしい。
 間違いなく受話器の向こうに人がいるのだが,なにやら不穏な雰囲気だけが感じられる。
 祐輔くん,ともう一度問いかけると,やっと声がした。


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