シーマン

文戸玲

少年時代

 
「これ,親父につけられてん」


 乾いた笑みを浮かべて,大貴は前髪をかき上げて額を露わにした。
 それを見て,息をのんだ。
 気付いてはいた。でも,ここまでひどいとは思いもよらなかった。
 大貴の額には,無数の痣や皮膚が膨れたまま固まった後が残っている。やけどの跡だ。


「これを大貴の親父が?」
「ああ,煙草の火を消す灰皿代わりやって。なかなかぶっ飛んでるやろ?」


 弾むような声とは裏腹に,大貴は苦虫を潰したような顔をした。


「でも,なんで?」
「理由何かないねん。ゴキブリがいたら殺虫剤を撒くか,新聞紙で叩き潰すかするやろ? それと同じように,猫が歩いてたら蹴飛ばすし,子供がいたら煙草の火を押し付けんねん。誰かを助けるのに理由はいるのかい? って言ってたキャラクターがいたねんな。あれを見て思ったわ。誰かを気付付けるのに理由なんかいらへんやろ,ってうちの親父なら言うやろなって」


 前髪を下ろして,その上から額をさする大貴を見つめた。ちゃらんぽらんに見えるだけだった大貴には,語るに足りない凄惨な過去があるのだ。


「ほんまに殺されるって思ったから,死ぬ気で媚び売りながら生きたで。ほんま何するか分からへんからな。高校は絶対に寮のあるところって思っててんけど,許してもらわれへんかった。そんな金どこにあるねんって。まあ,その頃には身体もでこうなって,けんかしても簡単にはやられへんかったやろうけどな」


 相槌の打ち方も分からなかった。
 それでも,堰を切ったように大貴は話し続けた。今思えば,一人で抱えるには重たすぎるそれを,吐き出せる相手が必要だったのかもしれない。




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