シーマン

文戸玲

酔っ払いたい夜


「大往生やったんちゃう? よくやったと思うねんけどなあ」


 第三者は他人事でいいよな,とぶっきらぼうに言って,ロックグラスに入ったジンを煽るようにのどの名がした。アルコールが食道から胃へと降りていくのが分かる。


「男は失恋してなんぼやで。そうやって大きく,優しくなんねん。ほら,サービスや」


 マスターがお皿に入った燻製のチーズや練り物が載った皿を差し出した。いいにおいがする。こんなおしゃれなものを置いていたなんて知らなかった。


「ありがとう。でも今は,あのくそまずい湿気たほくほくのポップコーンが食べたいな。おれにぴったりだ」


 そうか,と言ってマスターは皿をカウンターに置いて,厨房へと下がった。
 うめ,と大貴は燻製のチーズをつまみ,シーマンのためにも練り物を細かくして水槽に入れていた。 


「普通に飲みに来るより,清介を慰める会でバー・スリラーに来ることの方が多いやんな」
「ほっとけよ。プロ野球だって三割打てたらいい方だろ」
「バスケはフリースロー外したらブーイングやけどな」
「おれの恋はそんなに甘いもんじゃなかったんだよ。ツーストライクで急にピンチヒッターを告げられて打席に立ったようなもんだ」
「勝負強い男やったら,そこできっちり決められるんやけどな」
「お前はおれを慰めに来たんじゃないのか!」


 厨房から戻ってきたマスターにジンのお代わりを頼み,ポケットから煙草を取り出した。


「だいたいな,悪かったなとか思わないのかよ。オートロックをなぜか解除して部屋の前に現れたんだ。そりゃ誰だって気味悪がるさ。送りつけられた荷物の中に謎の魚が入っていた時ぐらい気味が悪い」
「おいおい,それが原因だと思ってるんやったら,煙草のせいでとうとう頭がやられたんやな」


 口にくわえ煙草に火をつけようとすると,手を伸ばした大貴にむしり取られた。


「返せよ。てか,正解は何だったんだよ」
「今回の件で気付かんにゃいけんことがある」


 シーマンが会話に割って入ってきた。もう大貴がシーマンを連れまわすことに何の抵抗もなくなってきたが,ほかの人が見たらどう思うだろう。そう思うと,バー・スリラーが人気のない穴場で助かった。マスターだからこそ何でもないようにしているけど,普通に人が見たら騒ぎ立てるに違いない。


「なんだよ,気付かないといけないことって」


 うまい,と言いながらシーマンは燻製されたちくわをパクパクと食べている。注意がそれるのが早すぎる。水槽をトントンと叩いて,話の続きを促すと,シーマンはやっと食べるのをやめた。


「世の中にはのぅ・・・・・・」


 話し始めたシーマンの目の前に,水面に浮かんでいた練り物がひらひらと落ちていった。シーマンはそれを追って水槽の底へと潜っていった。

 こんなやつに教えを請う自分が情けなくもあるが,辛抱強くシーマンに付き合うことにした。


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