シーマン

文戸玲

話の関係


「確かに,その女の行動は配慮ある行動や。でもな,優しさをはき違えてるんちゃうかなって思うねんけど。ほんまにそれは,優しいって言ってええんか?」
「ほう,詳しく聞かせてみい」


 シーマンは愉快そうに先を促した。
 大貴は何を言おうとしているのだろう。本当の優しさ? 半分酔っぱらっているとはいえ,こいつの口からそんな道徳的な言葉が出るとは。雪でも降っているのではと窓の外が見たくなる発言だ。


「間違いに配慮したっていうけど,その後そいつは知らんまま過ごすんか? そっちの方がよっぽど恥ずかしいやろ。伝えるタイミングを考えて後で二人の時にこそっと言うんならまだ分かるわ。でもな,その時,手を洗う水を一緒になって飲んだ事実は変わらんやろ? そんなことさせるなんて,おれやったら罪悪感で耐えられへんな。なんでその時言うくれへんかったんやって思うわ。しかもやで,ホストの女がその,なんや? ピンキーリングを飲んだ時,周りのやつはどう反応したらええねん。一緒になって飲まなあかんのか? まさか手を洗う訳にはいかへんし。そんなん,押しつけやろ」


 「フィンガーボウルな」とシーマンはすかさず訂正を入れたが,相変わらず楽しそうに話を聞いている。かと思うと,急にこっちを向いて顎でしゃくった。お前はどう思う? ということらしい。


「分かんねえよ。おれに意見を求められても」
「・・・・・・なんや,おもんな」


 話は終わりだ,というように大貴は席につき,ウイスキーをあおるように飲んだ。
 昼間っから酒を飲む男より,なぜか自分の方が何倍もくだらない人間に思えてきた。


「清介,お前には自分の軸がないんよ。じゃけえ,自信もないし女もよってこん。いい加減,気付かにゃいけん」


 諭すように,そして冷たい声でシーマンは言った。
 言われていることは,何となくわかる。正しいのだと肌で感じる。だからこそ,悔しくて腹立たしい。


「どうしろって言うんだよ。てか,その話が何の関係があったんだ?」


 そこから説明せんといけんのんか,とシーマンはうんざりしたように顔をしかめ,「じゃけえの」と続けた。


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