シーマン

文戸玲

正しい主張

「フィンガーボウルを口に含んだのに気付いたホストの女の人は,驚くべき行動を取ったんよ。何か言うたら,ホストやで? 要するに接待する側なんじゃけ,文化を理解しとらんはずはないんよ。それなのに,その人は同じようにフィンガーボウルを手に取って,美味しそうに口に含んだんじゃけ,周りも仰天よの」


 なるほどな,と感心した。
 招かれた客は,目の前に置かれた水が手を清めるものと知らなかったのだから,間違いを犯したことにすら気付いていないだろう。おれがその場にいても,まったく同じように飲み水と勘違いしていたはずだ。

 問題は周りの人間だ。
 
気分を害する者。
嘲笑する者。
 人前で指摘する者。

 その時にどのような行動を取るかで,人間性が現れるに違いない。おれは,その場で唖然としてあたふたしている自分を思い浮かべ,情けない気持ちになった。


「この行動を清介はどう思うんや?」
「配慮ある行動だと思う」
「どうしてや?」
「正しい主張って,それだけで刃物のように人を傷つけることがあると思う。だから,人の間違いに気づいたときに,相手の気持ちを考えてどのように振る舞うかを考えることってとても大切だと思うんだ。だから,その女の人のような行動を取るべきなんだ」


 椅子が勢いよく動く音がしたと同時に,大貴が立ち上がる。ウイスキーを一口含み,「おれは違うと思うねんけど」とグラスを置いた。


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