シーマン

文戸玲

自信


「ええか? まず清介は,自分に自信が無さすぎるんじゃ」


 はい,と素直にうなずく。具体的にはどうすればいいのかを尋ねると,シーマンは口から泡をこぽぽ,と噴き出した。これはため息だろうか。


「清介,スタバで何を頼んだん?」
「スタバ? なんでおれが美緒ちゃんと一緒にスタバに行ったことまで知っているんだよ」


 シーマンの口から,息継ぎが心配になるほどの長い気泡がこぼれ出た。そりゃ気になるだろ。どれだけ落胆しているんだ。


「わしはあの時,水槽からずっと清介のこと見とったわ。あんなに情けないのは,清介か自分の匂いで気絶するカメムシぐらいやな」
「あの時いたのか? ・・・・・・あ」


 確かにいた。緊張ではっきりと覚えていないが,レジの前で並んでいると,初デートで一緒にいた美緒ちゃんが「あんな魚,初めて見た」と薄気味わるがっていたのを思い出す。おれは美緒ちゃんといることではじけ飛びそうな心臓を落ち着かせるので必死でよく覚えていないが,今言われてみるとあの時水槽にいたのがシーマンだったのかもしれない。

 「カメムシって自分の匂いで気絶するん?」「するで,箱にでも密閉してみ」などと,大貴とシーマンが半ば興奮気味に話をしているところに割って入った。


「教えてくれ! あの時のおれ,何がいけなかったんだ?」


 大貴が鬱陶しそうに「お前は常にだめだめやろ」と言うのを無視して,シーマンの言葉に耳を傾ける。シーマンはくだらなさそうに話し始めた。


「何って・・・・・・全部じゃろ」
「だから,具体的に何が」 
「例えば・・・・・・」


 シーマンは目を細めて,思い出すように言った。


「レジの前で何分メニューを睨んどんや。自分の後ろで,ユニバーサルスタジオジャパンばりの列が出来とったで。あんな列見るのは,ハリーポッターのアトラクションがリニューアルオープンした時以来じゃ。列に並んどる人らが口々に言よったわ。『あれ? うちらスタバに来たつもりやったのに,間違えてユニバに来てもうたわ』『どうせなら,年パス買うんやったのに』言うて,店中パニックじゃ」


 いくら何でも盛りすぎだろ,という嘆きは大貴の爆笑でかき消された。


「ほんでな,話はここで終わらんのんよ」


 シーマンはもはや大貴に向かって話し始めている。大貴は頷きながら,話の続きを楽しそうに待っている。


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