メリーさんのお仕事

黒うさぎ

メリーさんのお仕事

「もしもし、私メリー。
 今◯✕駅の前にいるの」


『は?
 なにいって……』


 ブチッ


(さて、それじゃあ行きますか)


 既に夜の帳は下り、ひんやりとした外気に身を縮こまらせる。
 冷たくなった指先でスマホを操作すると、位置情報アプリを起動した。


(ターゲットはちゃんと家に居るみたいね)


 事前に調べておいたターゲットの住所の位置に、彼のスマホが存在することを確認する。
 こんな小さな板で相手がどこにいるかわかるなんて、世の中便利になったものだ。


 ターゲットの家は駅から少し離れている。
 歩いて行けないこともないが、少し面倒だ。


 暫しの逡巡の末、メリーはタクシー乗り場へと向かった。


 ◇


「△◇丁目のコンビニまでお願いします」


 タクシーに乗り込むと、冷えきった両手を擦り合わせた。


「承知しました。
 お姉さん、遊びに行った帰りかい?」


「いえ、これから仕事なんです」


「おや、これは失礼。
 お若いのに夜勤だなんて大変だねぇ」


「あはは。
 まあ、もう慣れちゃいましたから」


「お姉さんみたいな働き者の若者が居るなら、この国も安泰だねぇ」


 タクシーの運転手と他愛のない会話に花を咲かせながらも、視線はスマホを見つめていた。
 今のところターゲットが移動する気配はなさそうだ。


(今日は帰ったら鍋にしようかしら)


 メリーはタクシーに揺られながら、そんなことを考えていた。


 ◇


「領収書下さい」


「わかりました。
 お仕事頑張って下さいね」


「ありがとうございます」


 走り去るタクシーを見送ると、再びスマホを取り出しターゲットへと発信する。


「もしもし、私メリー。
 今△◇丁目のコンビニにいるの」


『だからお前はいったい誰な……』


 ブチッ


(ターゲットのお家へ向かいますか。
 おっと、その前に)


 折角だからあれを買っていこう。
 メアリーはターゲットの家へと踏み出した足を翻すと、コンビニへと入っていった。


 ◇


「ありがとうございました~」


 閉まる自動ドアを背にして、メアリーはビニール袋から目的のものを取り出し包みを開けると、おもむろにかぶりついた。


(んん~~っ!
 やっぱり寒い日に食べる肉まんは最高ね!)


 口一杯に広がる肉汁を味わいながら幸せに包まれる。
 奮発して180円のプレミアム肉まんを買ったのは正解だった。


 はむはむと小さな口でついばむように食べる姿は、小動物を彷彿とさせる愛くるしさを周囲に振り撒いていた。


(ふぅ~、おいしかった)


 あっという間に完食してしまい、少し物足りなくはあったが今は仕事中だ。
 これ以上の寄り道は止めておくとしよう。


 ゴミをコンビニに設置されているゴミ箱へと捨てると、改めてターゲットの家へと歩き出した。


 ◇


(ここよね)


 スマホと目の前にあるアパートを見比べる。
 築数十年はたっているであろうアパートは、所々外壁の塗装が剥がれてしまっている。
 この辺りの相場からいって、家賃は月2~3万といったところか。
 相変わらずターゲットが移動した様子はない。


 ターゲットの番号を呼び出すと再度電話をかけた。


「もしもし、私メリー。
 今あなたのアパートの前にいるの」


『いい加減にしろ!
 イタズラ電話なら他所でや……』


 ブチッ


(まったく、最近の若者は怒りっぽいわね。
 カルシウムが足りていないんじゃないかしら)


 ギシギシと軋む金属製の階段を上って目的の部屋へと向かう。
 ターゲットが住んでいるのは2階の204号室だ。


(ここね)


 扉に取り付けられている部屋の番号を確認すると、スマホで電話をかける。


「もしもし、私メリー。
 今あなたの部屋の扉の前にいるの」


 ガタン


 中から大きな物音がした。


(腰でも抜かしたのかしら?)


『お、おい……。
 もう止めてくれよ!
 頼むか……』


 ブチッ


 メリーはおもむろにポシェットから工具を取り出すと、鍵穴を見つめた。


(今時ディスクシリンダー錠を使っているなんて、不用心ね。
 防犯意識が低いんじゃないかしら)


 鍵穴の前にしゃがみこむと手慣れた手付きで鍵穴をいじり、数分とかからず解錠してしまう。


 ドアノブに手を掛け静かに捻ると、ゆっくりと扉を開けた。


(チェーンすらかかってないし……。
 こっちとしてはありがたいけど)


 玄関で靴を脱ぐと、人の家だというのに堂々とした足取りで歩みを進める。


 事前調査では、ターゲットはかなりの臆病者だったはずだ。
 今頃布団の中で震えているのではないだろうか。


 室内扉を開けると案の定、部屋の中にはこんもりと膨らんだ布団があった。


 メリーはスマホを耳にあてると最後の発信をした。


 布団の中から着信音が聞こえてくる。
 先まではすぐに出ていたターゲットだったが、今回はなかなか着信音が止まなかった。
 さすがに迷っているのだろう。


(まあ、出るまで止めないけど)


 それから数分、とうとう諦めたターゲットが電話に出た。


「もしもし、私メリー」


 メリーはすっと身を屈めると、ターゲットの耳元へ顔を近づけ、透き通った声でこう囁いた。


「今あなたの後ろにいるの」


 ◇


「もしもし、メリーです。
 今終わりました。
 ターゲットは黒で間違いないと思います」


 メリーは足下で伸びている男を見下ろしながらそういった。


 今回の仕事は浮気調査だった。
 依頼主はターゲットの彼女であり、このところ男の周りに別の女の気配を感じていたらしい。


 今時のスマホにはデフォルトでロックがかかっているものだが、通話中の相手から奪ってしまえばそんなものは関係ない。
 男の通話履歴やメッセージアプリを確認したところ、彼女以外の女性と頻繁に連絡を取り合っている形跡が残っていた。
 それも一人ではなく三人もだ。


(電話一つで失神するこんな男のどこがいいのかしら?)


 それなりに長生きで人生経験も豊富なメリーだが、目の前の男からはなんの魅力も感じなかった。


「それでは詳しい報告はまた後日に。
 失礼します」


 上司との通話を終えると、メリーはターゲットの家を後にした。


 現代は何をするにもお金が必要だ。
 お金がなければ、コンビニで肉まんを買うことすらできない。
 それはメリーとて同じことだった。


(スーパーによって鍋の具材を買わなくちゃ)


 お金を稼ぐため、今日もメリーは電話をかける。













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