【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.92

「? ふしぎ?」
「うん。こうやって、光依那と一緒にいるのが」
「蒼和くんも?」
「うん。ほら……少しの間だけど、避けられてたとき、あったでしょ? あのとき……もう諦めないとダメなのかなって思ってたから」
 言われて、一連の出来事を思い出す。電車内から見た蒼和くんの表情は、きっと一生忘れない……。思い出しても胸が詰まる。
「す、すみません……」
「うん。マジで振られたと思ってたから」
「ごめんなさい。あのころ、色々わからなくなって」
「色々?」
「そのー……」
 説明するにはチェックリストの存在を伝えないとならなくて……。意を決して言ってみる。
「チェックリストって、わかりますか」
「えっと?」
「ToDoリストというか、これはやれた、これはできてない、みたいな」
「あぁ、うん」
「それをですね、作ったんです」
「うん」蒼和くんがうなずいてしばらく考えて「ごめん、関連性がわかんない」申し訳なさそうに言った。
「ですよね……。見てもらったほうが早いかも」
 立ち上がって、机の上からルーズリーフを取り出す。けど、いざ見せるとなると、ちょっとだけ勇気が足らない。
「……退かないで、くれますか?」
「ん? うん。なに? そんな大変なもの?」
「見る人が見たら気持ち悪いかも……」
 言いながらおずおずとノートを差し出した。これで嫌われたら、それはそれでしょうがない。だって、私こういうのやる人なんだもん。隠していてもいつかバレる。
「え、これ全部見ていいの?」
「だっ、だめ! だめです。ここだけ……」
 指したのは、インデックスで区切られたページ。
 そこ以外の、蒼和くんのことばっかり書いてる日記なんて、見られたら恥ずかしくてもう、正気でいられなくなる。
 蒼和くんはインデックスをつまんで、ページを開いた。
「……すご。これ全部手書き?」
「はい……きもちわるいですよね……」
「いや、オレこういうマメなことできないから、感心するわ」
 へぇ~、すげー、などと言いながら、見開きのページを眺めている。
「黒い四角が、できたこと?」
「はい」
「……オレと、だよね?」
「はい……」
 うなずいた瞬間、蒼和くんの顔が耳までブワーっと赤くなった。
「えっ」
 予想外の反応に驚く。
「いや、めっちゃ気にかけられてんじゃんって思ったら、ちょっと」
 左手で頬を押さえつつ、また見開きに視線を戻す。思っていた以上の食いつきに、今度は私が恥ずかしくなってきた。
「な、なんか恥ずかしいので、もう、いいですか?」
「えー? うん、まぁ、そういうことなら……」
 そう言って、蒼和くんはページを開いたままノートを返してくれた。自分以外に見せるのは初めてで、っていうかなんで見せたんだろうって自分の行動に疑問が浮かぶ。嫌がられなかったからよかったけど、気持ち悪がられてたら私、どうしてたんだろう。
 足の上に乗せた、開いたままのルーズリーフを眺めていたら
「それさぁ」
 蒼和くんの声が聞こえた。
「はいっ」
「全部達成できたら、なんかご褒美あるの?」
「ご褒美……」そんなこと考えたこともなくて、改めて考えてみるけど……「特には……思い出が増えた、的な……自己満足?」思い浮かばなかった。
「そっか……で? それがあることで、わかんなくなっちゃったの?」
「そうです……由上さんのことを想って、っていうのじゃなくて、この項目を全部埋めたいから、由上さんと交流を持ちたいんじゃないか、って……」
「え、だって、そのリストって【好きな人】としたいことなんでしょ?」
「はい」
「それを、オレとしたかったんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、イコールオレが【好きな人】なんだよね」
「……はい」
「じゃあいいじゃん、それで。オレとおんなじじゃん」
「え……」
「オレだって光依那としたいこと色々あったし、いまもあるよ。だからまだ顔見知りくらいのときから話しかけたり、色々こうさぁ……今度はこうしよう、ああしようっていう、目標? があったわけ。オレはマメじゃないからそういうリスト? みたいなのは作らなかっただけで、やってることは光依那と一緒だったんじゃないのかな。紙に書いたか、頭の中にしかないか、だけの違いでしょ」
「あ……」
「どうでもいいやつに、ここまで手間かけないでしょ? そんな熱意があったなんていままで知らなかったけど、当時のオレが知ってたら、飛び跳ねちゃうくらい嬉しかっただろうし、いまも、なんだろ。嬉しいよ、すげー」
 蒼和くんのその言葉で、一人で悶々と考えていた日々が報われた気がした。
「それっていつ作ったの?」
「去年の、春休み」
「じゃあ一年前か」
「うん」
「え、もっかい見せてよ」
「い、いいけど……」
 開いたままのルーズリーフを、もう一度蒼和くんに渡した。
「まだけっこう白い四角あるね」
「難しいのも中にはあるから」
「そうね、いまはね。【家事してくれる】とか、一緒に住むとかしてないと難しいもんね」
「そうですね」
「じゃあ、いまから言うのは、これからの二人の目標ね?」蒼和くんは猫の笑顔で優しく続ける。「このチェックリストの項目、全部埋めよう」
「え、でも……」
「できるだけね? 今年は受験勉強しなきゃだし、残念だけど同じ大学には行かないだろうから、一緒にいられる時間が多いうちにさ。それでも無理なら、大人になったとき、改めて?」
 その言葉はこの先の時間も一緒にいてくれる、という約束のように思えて……。
「うん……嬉しい……」
「オレも。こんな風に頑張ってくれてたなんて、嬉しい。教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、受け入れてくれて、ありがとうございます」
 お互いに頭を下げて、笑い合う。ようやく安心できて、ずっと置いたままになっていたピーチティーを一口飲んだ。うん、美味しい。
 机の向こうでは蒼和くんがチェックリストを興味津々で眺めている。確かに私も、SNSで公開されてる人の手帳とかカバンの中身見るの好きだけど……実際に目の前で見られるのって恥ずかしいし変な感じ。
「ねぇ」
「ん?」
「これ、ひとつ書き足してもいい?」
「えっ……いいけど、なにを……?」
「ないしょ。見るならオレが帰ったあとにね」
「えー……いいけどー……」
 気になりつつも、数時間後には確認できるからって我慢して、いつも使っているペンを渡した。
 蒼和くんは私から隠すようにして、めくったページになにかを書いて、閉じた。
「いつもどこに入れてあるの?」
「えっと、そこの机の」
隙間ここ?」
「そう」
 蒼和くんが元あった場所にルーズリーフを戻した。それもすごく不思議な光景。自分以外の人があのノートを持つなんて、想像もしなかった。
 蒼和くんは私の向かいに正座して、頭をさげる。
「見せてくれてありがとう」
「こちらこそ……見てくれてありがとうございます」
 私も同じように正座に座りなおして頭をさげた。
「なんでまた急に敬語になっちゃうの」
 蒼和くんは笑うけど、私の気分はいま、蒼和くんに恭しくしたい感じ。見る人が見たら拒絶されてもおかしくないようなものを受け入れてくれるなんて、なんて心が広い人なんだろう。
「尊敬、できるので」
「なにそれ。そんなのオレもしてるけど」
「……私に?」
「うん。優しくて、可愛くて、勉強できて、人当たりも良くて、オレなんかのためにたくさん頑張ってくれる、オレの自慢のカノジョ」
 蒼和くんはテーブルの上に手を置いた。上向きにした手のひら、指で“おいでおいで”と招く。私はその手に自分の手を乗せた。
 さっきの言葉も、きゅっと握った手の温度もくすぐったくて、温かくて、嬉しくて……蒼和くんを好きになれて、蒼和くんに好きになってもらえてよかった、って心の底から思った。
「よーし、じゃあ、春休み中の計画立てよう」
 笑顔で足を崩した蒼和くんは、自分のスマホを取り出した。

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