【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.83

「「二日間、お疲れ様でした~!」」
 委員長と間野さんの号令に一同で沸き、お互いに拍手喝采で讃えあった。
 【耳喫茶】は本当に大盛況で、作り置きしていた提供品が全部なくなってしまって、追加が作れず予定より早く閉店した。撮影会用のお菓子は時間ごとに割り振られた人数分プラスアルファ作られていたけど、それも完売。予定していた売り上げを大幅に上回ったとか。
 失敗したときのことも考えて多めに買っていたらしいチュキのフィルムが少し余ったそうで、せっかくだからと耳を付けた状態で由上さんと写真を撮ってもらった。他のクラスメイトとも記念にスマホで写真を撮ったりして、“青春!”って感じの時間を過ごした。

 教室内の片づけも無事終えて、三々五々教室をあとにする。みんなは後夜祭のお手伝いとか、他のクラスへ行ったりとかするみたいだけど、私はなんだか疲れてしまって、ひとりでそっと教室を抜け出して屋上へ出た。校庭では後夜祭の準備をしている人がそれぞれの持ち場で作業をしている。
 サアッと冷たい風が流れて頬に触れて、始めて上気していることに気づく。気持ちも少し高揚しているから、それに連動しているらしい。
 夕暮れの中、ファイヤーストーム用の木々が組まれていく。暗くなったら点火式があって、その周りで自由に過ごすことができる。
 一年前は、こんなに心穏やかに後夜祭を迎えられなかった。なんなら少し前までは、高校生活が真っ暗闇の中にあるとまで思ってたくらい。
 それらを乗り越えることができて、少しは成長できたと思う。それもぜんぶ、由上さんのおかげ。
 突然お礼を言ったらどういう反応するだろう。驚くかな。喜んでくれるかな。謙遜しちゃうかな。
 いろんな由上さんのことを想像していたら、ポケットの中でスマホが震えた。

sowa{いまどこ?〕

 いつかと同じ文面。でも今回はそのときより、穏やかな印象。

〔屋上です。}みーな

 私ももう、嘘なんてつかなくていいから素直に居場所を送信した。

Sowa{いまから行くから待ってて〕

 メッセが届いてからほどなくして、由上さんが屋上に現れた
「好きだね、ここ」
「はい。なんというか、拠り所なんです」
「休息の地、みたいな?」
「はい」
 二人で手すりに寄りかかって、校庭を眺めた。秋の日が落ちるのは早くて、あっという間に暗くなる。
『それではこれより、後夜祭を開始します。』
 校内に響くアナウンスと同時に、数名が組まれた木を取り囲み、火のついたたいまつを入れた。火はやがて全体に広がって、周囲をオレンジ色の明かりが照らす。
「始まったね。行かないの?」
「うーん、見てるだけで充分というか……」
 屋上の手すりに手をかけ、校庭の中心でゴウゴウと燃えるファイヤーストームを眺める。
 去年は参加しないで、文化祭終わったらすぐに帰っちゃったんだよね。一緒に楽しめる人もいなかったし、一人で参加して、寂しさ増長しちゃうのが嫌だったから。
「由上さんは、いいんですか?」
「天椙さんがいないと、意味ないから」
「そう、ですか……?」
 言葉の意味がつかめなくて、首をかしげた。由上さんはそんな私を見て、優しい笑みを浮かべる。
 小さく口を開くと同時に、どこからか音楽が聞こえた。
「ん」
 由上さんが言って、ジャケットのポケットからスマホを取り出す。画面を確認し、
「ちょっとごめん」
 と私に告げる。
「はい、どうぞ」
 私が答えると、由上さんは少し離れた場所で「もしもし?」スマホを耳に当て、話し始めた。
「うん、そう。……え? 教えないよ。……なんでって……大事な人と一緒だから」
 由上さんが私を見て、言った。だいじ……大事? な、ひと……?
「そうだけど……え? いいよ、そっちも枚方と一緒なんでしょ?」
 その一言で、電話の相手が立川くんだとわかる。
「えー? そうだけどさー」
 由上さんは後頭部を手でさすりながら、鼻にしわを寄せた。なにか難色を示している。
「……ねー、そういうこと言う?」
 立川くんになにやら言われたらしいけど、由上さんの応答だけではなにを言われたのかがわからない。私は極力気にしないように、校庭を眺めている。けど、どうしても由上さんの声は聞こえてしまう。
「いや、それはオレもわかってるけど……いやいや、オレだけの問題じゃないじゃん」
 なにか言い合っているような、促されているような。少し渋っているけど、あと一押しで決心しそう、という雰囲気。一体なにを言われてるんだろう。
「まぁ、それはそう考えてはいるけど、もしさぁ……」
 こちらを見て、急に声をひそめた。しばらくそのままの声量で話し続けて、
「えー? マジで? ……わかった。そうするわ」
 じゃーね、と言って、通話を終えた由上さんはスマホをポケットに入れて、そのままその手を私に差し出した。
「行こう、校庭」
 なにかの予感が私にささやく。ちゃんと誠実に応えなさいって。
「……はい」
 差し出された手にそっと右手を乗せて、私たちは屋上をあとにした。

* * *

『はーい、ではそろそろ最後かな~と思いますが、飛び入りでなにか告白したい人、いますか~?』
 舞台両脇のスピーカーから、文化祭実行委員会の人が舞台上で呼びかける声が聞こえた。人前に出るのが得意そうな、快活な男子。多分、三年生の先輩だ。
 周りにいる生徒たちがザワザワと探りを入れる。
「お前行けよ」
「いやだよ、お前こそ行けよ」
「なんでだよ」
 うーん、青春って感じ。なんて聞き耳を立てていたら、隣で気配がした。
「はーい!」
 挙手して歩を進めたのは、由上さんだ。
「えっ」
「うそっ」
「なになに」
「由上、誰かに告んの?!」
「えっやだ!」
 男子と女子の声が入り混じって、ざわめきが増した。
『おぉー! 音ノ羽男子人気ナンバーワンの呼び声高い由上くん!』
 実行委員会の先輩がステージ上にあがる由上さんを見て色めき立った。遠くからも「えー!」とか「きゃー!」とか声が聞こえる。
『いいねいいね、人気者の告白、盛り上がるね! どうぞどうぞ!』
 うながされて、由上さんがステージの上にあがった。
 ステージの下から人の手が伸びて、由上さんにマイクを差し出している。先輩の視線でそれに気づいた由上さんが、腰をかがめてマイクを受け取った。
『じゃあ一応、自己紹介よろしく!』
『えー……二年の、由上蒼和です』
『まぁみんな知ってるよねー』
 知ってるー!
 校庭のあちこちから男女問わず声が飛んできた。
『で? 由上くんはなにを告白したいのかな?』
『えーっと……大事な人に、自分の気持ちを』
 えー! きゃー! やだー!
 様々な感情が入り乱れて、声になって飛び交う。
 すぐ近くで、悲鳴に似た声。うそ、先輩、好きな人いたんだ! ショック!
 そして、泣き出してしまう女の子の声も。

 由上さんには届いているだろうか。私には、届いてしまった。聞こえてしまった。でも……だから。

『じゃ、思いのたけをぶつけちゃってください!』
 先輩にうながされて、由上さんはマイクをおろし、めいっぱい息を吸い込み、口を開いた。
「天椙光依那さん! ずっと好きでした! オレと! お付き合いしてください!」
 静かになった校庭に、由上さんの肉声が響く。
 パチパチと木が焼ける音が聞こえるほどの静寂。
 由上さんはステージ上から、こちらを見つめている。それに気づいた周囲の人の視線も飛んでくる。でもそんなの気にならない。もう、由上さんしか見えない。
 私もさっきの由上さんと同じように、めいっぱい、肺の容量の限界まで息を吸い込んだ。
「よろしくおねがいします!」
 ぺこりと頭を下げたら、周囲でワッ! と声があがる。
「あますぎってあの?」
「ずっと制服の地味な人?」
「えっ、意外!」
 一年の体育祭のときみたいな言葉が飛んでくるけど、もう気にしない。だって、ステージ上の由上さんがあんなに嬉しそうに笑っていて、私も、涙があふれそうなくらいすごく嬉しくて、幸せで。だからもう、周りの目なんて気にしない!
 ステージを降りて駆けてくる由上さんに向かって、私も走り出した。
 弾む息以上に弾む心が、由上さんへの気持ちを再確認させる。
「オレで、いい?」
「私こそ……私なんかで、いいんですか?」
「天椙さんじゃなきゃ、ダメなんだけど」
「それは、私も同じです。由上さんじゃなきゃ、いやです」
 お互いの気持ちを伝えあって、笑顔を渡しあって……やっと、両想いなんだって確信がもてた。
『というわけなので』
 由上さんは持ったままだったマイクを通して、周囲に言葉を発信する。
『天椙さんはオレのカノジョだから、もう誰も、彼女に手、出さないでね?』
 冷やかす声と、悲しむ声と、祝福と失望と……様々な正反対の感情を受け止めながら、私は誓った。
 由上さんを、誰よりも一番、大切にしよう、って。

* * *

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