【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト
Chapter.68
目が覚めたら気分もスッキリ……なんてことはなく、照明を点けていない部屋と同じように暗い気分だった。
手探りでリモコンを見つけて部屋の電気を点ける。
まぶし……。
手で影を作って明かりに慣らしてから身体を起こした。気持ちとは別に、体力は少し回復しているみたい。そのままベッドからおりて、バッグの中に入れっぱなしだったスマホを取り出す。
明るくなった画面に表示されたのは、初音ちゃん、立川くん、津嶋くんからのメッセ通知だった。みんな心配してくれていて、ありがたい。違うクラスの津嶋くんは、立川くんから聞いたみたい。なんで知ってるんだろうって気にするのわかってて、誰から聞いたか書いてくれてるの、優しいな。
でも、由上さんからはなにもなくて……やっぱり、お昼なにも言わずに約束破ったの、怒ってるのかな……。謝ったほうがいいよね……でもメッセでっていうのもな……でももう、電話する気力はないや……。
「けほっ」
咳をして初めて、喉が渇いていることに気づいた。飲み物を取りに階下へ行ったら、パパとママがリビングでくつろいでいた。
「お。調子どうだ?」
ソファに身を預けていたパパが背もたれから身体を離し、聞いてくれる。
「うーん、ぼちぼち」
「そうか。季節の変わり目だから、あまり無理しないようにな」
「うん、ありがとう」
「なにか食べる?」
首をかしげるママに
「ううん、大丈夫」
ちいさく首を振った。
「喉、乾いただけ」
そう喋る私の声は、いつもよりかすれている。
「そう。そういえば、夕方、お友達? が来てくれたわよ」
「おともだち……?」
誰だろう。うちの住所知ってる人なんていない……。
そう考えたすぐあとに思い浮かんだのは……
「髪がピンク色の男の子。お名前……あら、なんだったかしら」
「ヨシカミくんか」
「あぁ、そうそう。あら、パパ知ってるの?」
「前に、な」
「よ、由上さんが、どうして……」
「あら、センパイのコ? みぃちゃんが出られなかった午後の授業のノートと、配られたプリントを持ってきてくれたみたい」
「そ、そうなんだ……」
「ずいぶん美形のコよねー。すらっとしてて、モデルさんみたいだった」
そうなの。由上さんは学校中の人たちから大人気で、明るくて、楽しくて、勉強も運動もできて、優しくて……頭に浮かんだ賛辞の数々は口に出さずに、うなずくだけにした。
「持ってきてくれたもの、テーブルの上ね」
「うん、ありがとう……」
見るとA4サイズのクリアファイルが置かれている。中に課題と思しきプリントが入っていた。
パパとママの前で開ける気分ではなくて、とりあえず冷蔵庫を開けた。
「パパは名前覚えるの得意よね~」
「東京の有名な洋食店と同じ名前だったから、憶えてたんだよ」
「どこで会ったの?」
「前に、光依那を家まで送ってくれたときに偶然。そのとき挨拶してくれて」
「あらぁ、なんだ、ボーイフレンドだったのね」
ママの言葉に、飲んでいる麦茶をこぼしそうになる。
確かに直訳したら正しいんだけど、ママが言うその言葉にはきっと違う意味が含まれているはずで……。
「だったら無理にでもあがってもらえば良かったわ~。誘ってみたんだけど、遠慮されちゃったのよね」
「そこで簡単にあがるようなやつ、パパは信用できないなぁ」
「えー、いいんじゃない? いまどきそんな」
麦茶を飲みながら、パパとママの会話を聞く。なんか勘違いしてるみたいだけど、否定する気力もない。
「あ、コップ置いといてくれればいいわよ。今日はゆっくりしてなさい」
「ありがとう」
お言葉に甘えて、使い終わったコップをテーブルに置いて、代わりにクリアファイルを取った。
由上さんが……わざわざ来てくださった……。
少し前までだったらすごく嬉しいことなのに、なぜだか私の心は沈んでしまう。
ご迷惑、かけてしまった……。
しょんぼりしながら部屋に戻って、クリアファイルの中身を取り出す。
中には課題用のプリントとノートのコピー、そして……
「お手紙……?」
ノートの1ページを切り取ったらしい四つ折りの紙を開く。図書室での会話で見慣れた由上さんの字が並んでいる。
『体調悪いの気づかなくてごめん
ノート、ザツだから、わからないとこあったら聞いてね
おだいじに
由上』
ぎゅう……と胸が苦しくなる。
もう、いいのに……。
頭に浮かぶのは由上さんの猫の笑顔。でもそれは、うまく形を作れずに消えてしまう。
なにも言わずに約束破るような人、放っておけばいいのに。
授業内容だって、付いていけないならそれまでなのに。わざわざコピーとってくれなくても、先生に聞くとか、いろいろできるのに。
どうしてこんなに……。
気づかないうちに流れていた涙をぬぐって、机の上にプリントとノートのコピーを置く。手紙はまた四つ折りに畳んで……宝物を入れている缶を開けようとして、やめた。
この中に入っているものも、全部“思い出作り”のためのもの……? 戦利品とか、そういうのみたいな……好きって、思いたかったから……。
とりとめのない言葉が次々浮かぶ。思考とは別に、誰かが言葉を流し込んでいるように、脈絡のない言葉が。
美好さんはきっと、私なんかよりもっとずっと前から由上さんのことを想っていて、私なんかよりずっと由上さんのことが好きで、私なんかより絶対、由上さんとお似合いで……。
自分の容姿が嫌いなわけじゃないけど、誰かと比べたら見劣りすることくらいわかってる。だから頑張ってたんだけど……足りなかったんだな。自分に自信がないのもそのせいだ。
ただただ気持ちが落ち込んでいく。こんな思いをするのはもう嫌だ。だから……。
大きく息を吐いて、涙を止める。
重い腰を上げて、課題をやるために机に向かった。
どんなに落ち込んでてもつらくても“日常”は巡る。それが何重にも重なれば、つらかったことも忘れる。だからいまのこのつらさだって、いつか忘れる。由上さんのことも、いつか“いい思い出”になるんだ。
いまは一年後のことすらわからないけど、ぜんぶが過ぎて過去のことになるんだ。だから、大丈夫……。
課題を進めながら考える。
一年のときみたいに、なにもなかったように、由上さんとのこともなかったように。そうしてリセットすればいい。なにもなかったことにすれば、失うことが怖くない。
ノートのお礼もなにもしなければきっと、いい加減かまうのやめようって思ってくれるはず。そうすれば、由上さんが悪く思われることはない。悪いのは全部私。嫌われるのも、嫌がらせされるのも、誰とも交流がもてなくても……。
またぼやけた視界をクリアにするため、ティッシュで目を押さえた。じわりとにじむ水分が、あふれた自分の感情みたいに思える。
ふぅ、と息を吐いて、また課題にとりかかる。
月曜日に学校に行ったら、もう由上さんはただのクラスメイト。
私は“その他大勢”のひとりで、教室のモブで、ピンク色の髪で学校の人気者な由上さんのことを遠巻きに眺めて焦がれているだけ。
会話は必要最低限で……いつも人に囲まれている由上さんのことを、すごいなぁって眺めてるだけの人。
それがいい。それが一番平和だ。誰からもなにも思われない、ただいるだけの人。そうなれば、私ももうなにも思わなくていい。
課題を終えて、ペンを置く。
休みが明けに学校へ行くシミュレーションをしてみる。
家で着替えて駅まで行って、電車を降りて学校まで歩いて、靴を履き替えて教室に入って、クラスメイトに挨拶して……初音ちゃんには、言っておかないと、かな……。私はもう、由上さんのこと、なんとも思ってないよって。
そしたら「なんで?」って聞かれるだろうな。なんでかわかんないけど、じゃ、ダメかな……そうだ、メッセの返事……。
初音ちゃんたちにお礼を、とスマホを手に取って、時間を確認したらもう23時を過ぎていた。
けっこう寝ちゃってたんだ……。
さすがに夜遅いし、もし寝てたら起こしちゃうかも、と思って、返信は明日することにした。
ベッドに横になって電気を消したら、またすぐに眠気が襲ってくる。けっこう寝たはずなのに、思っている以上に色々消耗しているみたいだ。
どうしていても思い浮かんでしまう由上さんの顔を消せるように別のことを考えながら、眠りに就いた。
真っ暗な視界の先に、光なんて見えなかった。
手探りでリモコンを見つけて部屋の電気を点ける。
まぶし……。
手で影を作って明かりに慣らしてから身体を起こした。気持ちとは別に、体力は少し回復しているみたい。そのままベッドからおりて、バッグの中に入れっぱなしだったスマホを取り出す。
明るくなった画面に表示されたのは、初音ちゃん、立川くん、津嶋くんからのメッセ通知だった。みんな心配してくれていて、ありがたい。違うクラスの津嶋くんは、立川くんから聞いたみたい。なんで知ってるんだろうって気にするのわかってて、誰から聞いたか書いてくれてるの、優しいな。
でも、由上さんからはなにもなくて……やっぱり、お昼なにも言わずに約束破ったの、怒ってるのかな……。謝ったほうがいいよね……でもメッセでっていうのもな……でももう、電話する気力はないや……。
「けほっ」
咳をして初めて、喉が渇いていることに気づいた。飲み物を取りに階下へ行ったら、パパとママがリビングでくつろいでいた。
「お。調子どうだ?」
ソファに身を預けていたパパが背もたれから身体を離し、聞いてくれる。
「うーん、ぼちぼち」
「そうか。季節の変わり目だから、あまり無理しないようにな」
「うん、ありがとう」
「なにか食べる?」
首をかしげるママに
「ううん、大丈夫」
ちいさく首を振った。
「喉、乾いただけ」
そう喋る私の声は、いつもよりかすれている。
「そう。そういえば、夕方、お友達? が来てくれたわよ」
「おともだち……?」
誰だろう。うちの住所知ってる人なんていない……。
そう考えたすぐあとに思い浮かんだのは……
「髪がピンク色の男の子。お名前……あら、なんだったかしら」
「ヨシカミくんか」
「あぁ、そうそう。あら、パパ知ってるの?」
「前に、な」
「よ、由上さんが、どうして……」
「あら、センパイのコ? みぃちゃんが出られなかった午後の授業のノートと、配られたプリントを持ってきてくれたみたい」
「そ、そうなんだ……」
「ずいぶん美形のコよねー。すらっとしてて、モデルさんみたいだった」
そうなの。由上さんは学校中の人たちから大人気で、明るくて、楽しくて、勉強も運動もできて、優しくて……頭に浮かんだ賛辞の数々は口に出さずに、うなずくだけにした。
「持ってきてくれたもの、テーブルの上ね」
「うん、ありがとう……」
見るとA4サイズのクリアファイルが置かれている。中に課題と思しきプリントが入っていた。
パパとママの前で開ける気分ではなくて、とりあえず冷蔵庫を開けた。
「パパは名前覚えるの得意よね~」
「東京の有名な洋食店と同じ名前だったから、憶えてたんだよ」
「どこで会ったの?」
「前に、光依那を家まで送ってくれたときに偶然。そのとき挨拶してくれて」
「あらぁ、なんだ、ボーイフレンドだったのね」
ママの言葉に、飲んでいる麦茶をこぼしそうになる。
確かに直訳したら正しいんだけど、ママが言うその言葉にはきっと違う意味が含まれているはずで……。
「だったら無理にでもあがってもらえば良かったわ~。誘ってみたんだけど、遠慮されちゃったのよね」
「そこで簡単にあがるようなやつ、パパは信用できないなぁ」
「えー、いいんじゃない? いまどきそんな」
麦茶を飲みながら、パパとママの会話を聞く。なんか勘違いしてるみたいだけど、否定する気力もない。
「あ、コップ置いといてくれればいいわよ。今日はゆっくりしてなさい」
「ありがとう」
お言葉に甘えて、使い終わったコップをテーブルに置いて、代わりにクリアファイルを取った。
由上さんが……わざわざ来てくださった……。
少し前までだったらすごく嬉しいことなのに、なぜだか私の心は沈んでしまう。
ご迷惑、かけてしまった……。
しょんぼりしながら部屋に戻って、クリアファイルの中身を取り出す。
中には課題用のプリントとノートのコピー、そして……
「お手紙……?」
ノートの1ページを切り取ったらしい四つ折りの紙を開く。図書室での会話で見慣れた由上さんの字が並んでいる。
『体調悪いの気づかなくてごめん
ノート、ザツだから、わからないとこあったら聞いてね
おだいじに
由上』
ぎゅう……と胸が苦しくなる。
もう、いいのに……。
頭に浮かぶのは由上さんの猫の笑顔。でもそれは、うまく形を作れずに消えてしまう。
なにも言わずに約束破るような人、放っておけばいいのに。
授業内容だって、付いていけないならそれまでなのに。わざわざコピーとってくれなくても、先生に聞くとか、いろいろできるのに。
どうしてこんなに……。
気づかないうちに流れていた涙をぬぐって、机の上にプリントとノートのコピーを置く。手紙はまた四つ折りに畳んで……宝物を入れている缶を開けようとして、やめた。
この中に入っているものも、全部“思い出作り”のためのもの……? 戦利品とか、そういうのみたいな……好きって、思いたかったから……。
とりとめのない言葉が次々浮かぶ。思考とは別に、誰かが言葉を流し込んでいるように、脈絡のない言葉が。
美好さんはきっと、私なんかよりもっとずっと前から由上さんのことを想っていて、私なんかよりずっと由上さんのことが好きで、私なんかより絶対、由上さんとお似合いで……。
自分の容姿が嫌いなわけじゃないけど、誰かと比べたら見劣りすることくらいわかってる。だから頑張ってたんだけど……足りなかったんだな。自分に自信がないのもそのせいだ。
ただただ気持ちが落ち込んでいく。こんな思いをするのはもう嫌だ。だから……。
大きく息を吐いて、涙を止める。
重い腰を上げて、課題をやるために机に向かった。
どんなに落ち込んでてもつらくても“日常”は巡る。それが何重にも重なれば、つらかったことも忘れる。だからいまのこのつらさだって、いつか忘れる。由上さんのことも、いつか“いい思い出”になるんだ。
いまは一年後のことすらわからないけど、ぜんぶが過ぎて過去のことになるんだ。だから、大丈夫……。
課題を進めながら考える。
一年のときみたいに、なにもなかったように、由上さんとのこともなかったように。そうしてリセットすればいい。なにもなかったことにすれば、失うことが怖くない。
ノートのお礼もなにもしなければきっと、いい加減かまうのやめようって思ってくれるはず。そうすれば、由上さんが悪く思われることはない。悪いのは全部私。嫌われるのも、嫌がらせされるのも、誰とも交流がもてなくても……。
またぼやけた視界をクリアにするため、ティッシュで目を押さえた。じわりとにじむ水分が、あふれた自分の感情みたいに思える。
ふぅ、と息を吐いて、また課題にとりかかる。
月曜日に学校に行ったら、もう由上さんはただのクラスメイト。
私は“その他大勢”のひとりで、教室のモブで、ピンク色の髪で学校の人気者な由上さんのことを遠巻きに眺めて焦がれているだけ。
会話は必要最低限で……いつも人に囲まれている由上さんのことを、すごいなぁって眺めてるだけの人。
それがいい。それが一番平和だ。誰からもなにも思われない、ただいるだけの人。そうなれば、私ももうなにも思わなくていい。
課題を終えて、ペンを置く。
休みが明けに学校へ行くシミュレーションをしてみる。
家で着替えて駅まで行って、電車を降りて学校まで歩いて、靴を履き替えて教室に入って、クラスメイトに挨拶して……初音ちゃんには、言っておかないと、かな……。私はもう、由上さんのこと、なんとも思ってないよって。
そしたら「なんで?」って聞かれるだろうな。なんでかわかんないけど、じゃ、ダメかな……そうだ、メッセの返事……。
初音ちゃんたちにお礼を、とスマホを手に取って、時間を確認したらもう23時を過ぎていた。
けっこう寝ちゃってたんだ……。
さすがに夜遅いし、もし寝てたら起こしちゃうかも、と思って、返信は明日することにした。
ベッドに横になって電気を消したら、またすぐに眠気が襲ってくる。けっこう寝たはずなのに、思っている以上に色々消耗しているみたいだ。
どうしていても思い浮かんでしまう由上さんの顔を消せるように別のことを考えながら、眠りに就いた。
真っ暗な視界の先に、光なんて見えなかった。
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