【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト
Chapter.66
美好さんのあとについて歩いていたら屋上に出た。肌寒い季節のせいか、私たち以外には誰もいない。
あの、と声をかけようとしたら、美好さんが口を開いた。
「三丁目の夏祭り」
「へっ?」
あまりに唐突で、変な声が出る。
「いたわよね、一緒に。蒼和くんと」
「あ……」
思い浮かんだのは由上さんと一緒にいた夜の公園、そのときの視線……やっぱりあれ、美好さんだったんだ……。
「…………」
肯定していいものか……由上さん的には隠しておきたいことなんじゃないか……。どう答えようか逡巡していたら、美好さんはさらに言葉を続ける。
「付き合ってるの?」
「いっ、いえっ! そんな! めっそうもない……」
私なんかが。
浮かんだ言葉はさすがに飲み込んだ。だって私、由上さんの隣にいてもおかしくないように努力して……
「なんであなたなの」
美好さんの声が震える。怒りというより悲しみの色を帯びていて……。
「私はね、蒼和くんに好きになってもらえるように頑張ってきたの。なんの努力もしてないようなヒトに取られたくない」
努力――彼女の言うそれは、私が考えているものとは違う。『好きになってもらうための努力』と『隣にいてもおかしくないように見えるための努力』。
似ているようで全く違うその“努力”は、向けられている人物だけが一緒だ。
この人は、本当に、私なんかの淡い想いよりも強く、由上さんのことが、好き……なんだ――。
なにも言えずにただ立ち尽くす私を見て、美好さんは大きく息を吐いた。
「とにかく、蒼和くんに迷惑かけるのだけはやめて。それだけ」
そう言って、美好さんは足早に屋上をあとにした。
迷惑……かけてるんだ、きっと……私が知らないどこかで……。
言われて初めてその可能性に気づいて、景色から色が消えた。
立っていられなくて、塔屋の壁にもたれかかった。外気にさらされた冷たいコンクリートが、服越しに身体を冷やす。
膝に抱えたバッグの中にスマホが見えた。
由上さん……待たせてるな……でも……。
もう立ち上がる気力もなくて、そのまま座り込む。
私はただ、由上さんとお話できたら嬉しくて……なにか交流を、って……。
そう考えて思い出したのは、今年の春休みに作った“好きな人にされたら嬉しい50のコト”のチェックリストだった。
あのリストに書かれた項目で達成できたチェックボックスを黒く塗りつぶせるのが嬉しかった。そうすることで、自信が持てた。由上さんとの思い出が、こんなにたくさんあるんだって。
嬉しいことしてもらって、その記録が増えてくうちに、あー、これ、前にもしてもらってたなぁ、って、少し残念に思うこともあった。
してもらうばっかりで、なにもお返しできてないくせに……。
記録が増えるのが嬉しくて、その量の多さがつながりの強さだなんて思ってた。でもきっとそれは、勘違いだ。
由上さんから好かれたくて、じゃない。由上さんの隣にいても見劣りしないように……誰かから蔑まれないように、自分が恥ずかしくないように……。
好きになってほしいなんて、思ったこともなかった。
立川くんや初音ちゃんの恩恵で、学校イチの人気で注目されてる由上さんに近づくことができた。
学校内でモブの存在の私を、優しい由上さんが気にかけてくれた。私はただ、その気持ちに甘えていただけ。みんなが憧れる存在の由上さんにかまってもらうことで、優越感をいだいていた……と思う。
なにかしてもらって、それがチェックリストの項目と合致したら、ほかのことでは得難い高揚感が体中を駆け巡った
最低だな。
私は由上さんを、ドーパミンを得るための道具として利用していたんだ。
「好き……」
言葉に出してみても実感が湧かない。
好意が芽生えたかも、なんて、ただの言い訳だ。
初音ちゃんにそう言ってもらえるのが嬉しかっただけ。ただ“特別感”を味わいたかっただけ。そう思うことで、名前がつけられない感情の置き場所を見つけたかっただけ――。
心の中の小さな点が、どんどん穴になっていく。
広がっていくのと一緒に、身体の芯が冷えていくのがわかる。
またあの頃に戻るのか……。
ふと浮かんだ言葉と同時に、過去の記憶がよみがえった。
休み時間は図書室に逃げていた。お昼は屋上か食堂の端っこで独り、パンをかじっていた。
人と接するのが苦手だった。
だから誰とでも分け隔てなく接することができる由上さんが羨ましかった。眩しかった。だから好きになった――つもりだった。
頬を伝う涙は冷たくて、冷えた気持ちを表しているよう。
次々に流れる涙も裂けるほどにきしむ胸の痛みも、きっと全部、偽物だ。
好きだなんて嘘の気持ち。私はただ、恋をしたつもりでいた。それだけ。
明日はちょうど休日だし、そこで全部リセットしよう。月曜になったらまた、独りで過ごせばいい。また元通りの生活に戻る。ただそれだけの話だ。
動けないまま、校内に響く予鈴を聞いた。
戻らなきゃ。
重たい身体を無理矢理動かして、教室へ戻ろうと試みる。サボるなんて選択肢、選べなくて。でもどうしても足が動かなくて、なんなら吐き気まで感じて……足が自然と保健室へ向かっていた。
存在は知っていたけど初めて入るその室内は、学校内の喧騒とはまた違う空気を漂わせていた。
「あら、どうしたの?」
「少し、気分が、悪くて……」
「あらあら。顔色悪いわね。とりあえずベッドに横になって」
保険医の先生に促されて横になる。
由上さんとの約束、無視しちゃったな……。
鳴らないスマホを気にしながら、保険医の先生の質問にポツポツと答えていく。
午後の授業が始まってしまって、でも私の身体は動かなくて……。
「動けるようになったら早退しなさいね。先生には言っておくし、荷物は持ってきちゃうから」
「はい……すみません」
「気にせず休んでね。ここはそういう場所だから」
ふと笑ったその笑顔に、由上さんの笑顔が重なる。
もしまた誘っていただけたとしても、お断りしよう。じゃないと、また今回みたいになにも言わずに約束を破ってしまう。
そしたらいつか、嫌われてしまうかもしれない。それだけはイヤだ。
好きになってもらえなくても、かまってもらえなくなってもいい。嫌われるのだけは――耐えられない。
カーテンに仕切られたベッドに横たわり白い天井を眺めながら、また胸の痛みを感じた。
あの、と声をかけようとしたら、美好さんが口を開いた。
「三丁目の夏祭り」
「へっ?」
あまりに唐突で、変な声が出る。
「いたわよね、一緒に。蒼和くんと」
「あ……」
思い浮かんだのは由上さんと一緒にいた夜の公園、そのときの視線……やっぱりあれ、美好さんだったんだ……。
「…………」
肯定していいものか……由上さん的には隠しておきたいことなんじゃないか……。どう答えようか逡巡していたら、美好さんはさらに言葉を続ける。
「付き合ってるの?」
「いっ、いえっ! そんな! めっそうもない……」
私なんかが。
浮かんだ言葉はさすがに飲み込んだ。だって私、由上さんの隣にいてもおかしくないように努力して……
「なんであなたなの」
美好さんの声が震える。怒りというより悲しみの色を帯びていて……。
「私はね、蒼和くんに好きになってもらえるように頑張ってきたの。なんの努力もしてないようなヒトに取られたくない」
努力――彼女の言うそれは、私が考えているものとは違う。『好きになってもらうための努力』と『隣にいてもおかしくないように見えるための努力』。
似ているようで全く違うその“努力”は、向けられている人物だけが一緒だ。
この人は、本当に、私なんかの淡い想いよりも強く、由上さんのことが、好き……なんだ――。
なにも言えずにただ立ち尽くす私を見て、美好さんは大きく息を吐いた。
「とにかく、蒼和くんに迷惑かけるのだけはやめて。それだけ」
そう言って、美好さんは足早に屋上をあとにした。
迷惑……かけてるんだ、きっと……私が知らないどこかで……。
言われて初めてその可能性に気づいて、景色から色が消えた。
立っていられなくて、塔屋の壁にもたれかかった。外気にさらされた冷たいコンクリートが、服越しに身体を冷やす。
膝に抱えたバッグの中にスマホが見えた。
由上さん……待たせてるな……でも……。
もう立ち上がる気力もなくて、そのまま座り込む。
私はただ、由上さんとお話できたら嬉しくて……なにか交流を、って……。
そう考えて思い出したのは、今年の春休みに作った“好きな人にされたら嬉しい50のコト”のチェックリストだった。
あのリストに書かれた項目で達成できたチェックボックスを黒く塗りつぶせるのが嬉しかった。そうすることで、自信が持てた。由上さんとの思い出が、こんなにたくさんあるんだって。
嬉しいことしてもらって、その記録が増えてくうちに、あー、これ、前にもしてもらってたなぁ、って、少し残念に思うこともあった。
してもらうばっかりで、なにもお返しできてないくせに……。
記録が増えるのが嬉しくて、その量の多さがつながりの強さだなんて思ってた。でもきっとそれは、勘違いだ。
由上さんから好かれたくて、じゃない。由上さんの隣にいても見劣りしないように……誰かから蔑まれないように、自分が恥ずかしくないように……。
好きになってほしいなんて、思ったこともなかった。
立川くんや初音ちゃんの恩恵で、学校イチの人気で注目されてる由上さんに近づくことができた。
学校内でモブの存在の私を、優しい由上さんが気にかけてくれた。私はただ、その気持ちに甘えていただけ。みんなが憧れる存在の由上さんにかまってもらうことで、優越感をいだいていた……と思う。
なにかしてもらって、それがチェックリストの項目と合致したら、ほかのことでは得難い高揚感が体中を駆け巡った
最低だな。
私は由上さんを、ドーパミンを得るための道具として利用していたんだ。
「好き……」
言葉に出してみても実感が湧かない。
好意が芽生えたかも、なんて、ただの言い訳だ。
初音ちゃんにそう言ってもらえるのが嬉しかっただけ。ただ“特別感”を味わいたかっただけ。そう思うことで、名前がつけられない感情の置き場所を見つけたかっただけ――。
心の中の小さな点が、どんどん穴になっていく。
広がっていくのと一緒に、身体の芯が冷えていくのがわかる。
またあの頃に戻るのか……。
ふと浮かんだ言葉と同時に、過去の記憶がよみがえった。
休み時間は図書室に逃げていた。お昼は屋上か食堂の端っこで独り、パンをかじっていた。
人と接するのが苦手だった。
だから誰とでも分け隔てなく接することができる由上さんが羨ましかった。眩しかった。だから好きになった――つもりだった。
頬を伝う涙は冷たくて、冷えた気持ちを表しているよう。
次々に流れる涙も裂けるほどにきしむ胸の痛みも、きっと全部、偽物だ。
好きだなんて嘘の気持ち。私はただ、恋をしたつもりでいた。それだけ。
明日はちょうど休日だし、そこで全部リセットしよう。月曜になったらまた、独りで過ごせばいい。また元通りの生活に戻る。ただそれだけの話だ。
動けないまま、校内に響く予鈴を聞いた。
戻らなきゃ。
重たい身体を無理矢理動かして、教室へ戻ろうと試みる。サボるなんて選択肢、選べなくて。でもどうしても足が動かなくて、なんなら吐き気まで感じて……足が自然と保健室へ向かっていた。
存在は知っていたけど初めて入るその室内は、学校内の喧騒とはまた違う空気を漂わせていた。
「あら、どうしたの?」
「少し、気分が、悪くて……」
「あらあら。顔色悪いわね。とりあえずベッドに横になって」
保険医の先生に促されて横になる。
由上さんとの約束、無視しちゃったな……。
鳴らないスマホを気にしながら、保険医の先生の質問にポツポツと答えていく。
午後の授業が始まってしまって、でも私の身体は動かなくて……。
「動けるようになったら早退しなさいね。先生には言っておくし、荷物は持ってきちゃうから」
「はい……すみません」
「気にせず休んでね。ここはそういう場所だから」
ふと笑ったその笑顔に、由上さんの笑顔が重なる。
もしまた誘っていただけたとしても、お断りしよう。じゃないと、また今回みたいになにも言わずに約束を破ってしまう。
そしたらいつか、嫌われてしまうかもしれない。それだけはイヤだ。
好きになってもらえなくても、かまってもらえなくなってもいい。嫌われるのだけは――耐えられない。
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