【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.55


 私は由上さんを、好きなのではないだろうか。

 気づいてしまって、更に否定もできなくなったら、途端に会うのが恥ずかしくなった。いままでも平常心ってわけじゃなかったけど、せっかく慣れてきた会話もきっと、またたどたどしくなってしまう。
 会いたい気持ちはあるけど、それより恥ずかしさが上回って、今日は家にいることにした。連絡もないし、由上さんが今日も図書室に行くかわからない。
 窓の外は晴れていて、エアコンをつけていても陽が当たる場所は暖かい。
 会っていなくても考えてしまうし、会いたいなって思うし、だったら図書室行けばいいじゃんって思うんだけど……どうしても決心がつかなかった。
 気を紛らわす、じゃないけど、明日の美術館に着ていく用の服を決めることにした。
 思い出してしまうので、なるべくなら由上さんと会うときに着ていない服にしたいなって考えて、無難なワンピースとカーディガンを選んだ。
 とはいえ、美術展は単純に楽しみで、スマホで下調べなんかしてみたり。
 チケットもらうってことは、お礼とかしたほうがいいのかなぁ、って考えて、もし行きしなにお店寄れたら焼き菓子とか買って渡そうかな、と思う。
 お昼ご飯を食べて部屋に戻ったら、津嶋くんからメッセが来ていた。明日の待ち合わせ場所と時間が書かれている。
 美術館は電車に乗って行く距離にあって、私の地元駅の改札が待ち合わせ場所になっていた。
 ちょこっと距離あるけど、大丈夫かな。話すことあるかな。なんて不安になってしまう。
 津嶋くんは気にしてないみたいだけど、無言の時間、つまらなくさせてないだろうかと心配になるのだ。
 由上さんとだったらそんなこと思わないんだけど、なんでなんだろう。津嶋くんには悪いけど、緊張度で言ったら由上さんと一緒にいるときのが高いのに。
 きっと、明日になって会ってみれば、この不安も消えるだろうな。なんて考えながら、お出かけの準備を進めた。

* * *

「行ってきまーす」
 ママに声をかけて家を出た。歩いて駅に向かう。
 改札を通った少し先で、津嶋くんが待っていた。
「お待たせしました」
「いや、おれもいま来たとこだから大丈夫」
 津嶋くんはいつもより少しフォーマルな服装で、なんだか大人っぽく見える。隣にいておかしくない恰好かなって思わず自分のことを見てしまった。
「今日、なんか大人っぽいね」
「え、ありがとう。つ、津嶋くんも、大人っぽく見える、ね」
「ありがとう。美術館だから、ちょっとね」
「わかる」
 二人でふふっと笑ったら、少し空気が緩んだ。
「じゃ、行こう」
 言って、津嶋くんが私の足元をチラッと見てから歩き出した。歩きやすい靴かどうか、確認してくれたみたい。確かに今日は、少しヒールのある靴を履いている。
 隣を歩く津嶋くんの歩みは大股だけどゆっくりで、慌てて着いていかなくても大丈夫で。
 ポツポツと話す近況報告も心地よくて、ちょっとの間会ってなかっただけなのに、なんだか中身も大人びて見えた。
 学校へ行くのとは逆方向の電車に乗って、途中で別の路線に乗り換えて都心に近い駅で降りる。駅から少し歩いたところに、大きな広場があった。中央に大きな噴水が設置されていて、その奥に大きな建物が見える。
「あそこ」
 津嶋くんが指したその大きな建物の屋上から、これから私たちが入る展覧会の垂れ幕がさがっていた。
 夜になると閉まるのであろう鉄柵の門は開いていて、左右と中央に受付所のような建物が設置されている。
 行きかう人を警備員さんが見守っていて、横を通りかかるときに小さく頭をさげたら、警備員さんも応じてくれた。
「リチギだね」
 隣で見ていた津嶋くんが笑う。
「夏で暑いのに、大変だなって思って」
「確かに」
 建物に近付くにつれ、美術館の大きさがわかる。
「すごい大きいね」
「な。常設展もやってるみたいだから、興味ありそうだったら寄ってみようか」
「そうだね」
 建物内に入ってすぐ、津嶋くんからチケットを渡してもらった。
 あ、いま……?
 と思ったけど、津嶋くんはそのまま受付へ行ってしまった。これから飲食禁止の室内に入るのだし、お菓子お礼はもっとあとのほうがいいか、と考え直して津嶋くんのあとを追った。

* * *

 わぁ……!

 室内に入ってから、脳内は感動詞で満たされていた。
 ずっと肉眼で見てみたいと思っていた絵画が壁面に並んでいる。
 無言で鑑賞してるけど内心は大興奮。思わず荒くなりそうな鼻息を抑えるために、ゆっくり呼吸するのを心がける。
 なかでもメインと言われる世界的名画の迫力には圧倒された。いままで教科書や本でしか見たことなかったけど、実物は思っていたより小さくて、でもオーラというか迫力というか、とにかくなにかを訴える力がすごくて、良いものに大きさは関係ないんだって実感した。
 隣に立つ津嶋くんも同じようで、絵画を眺めては近くに置かれた解説のプレートを読み込んだりしている。
 出口に近い展示スペースの一角で、津嶋くんが立ち止まる。遠くから全体像を眺めたり、近くに行って細部を見つめたり……どうやらお気に入りの作品のようだ。
 私も津嶋くんに倣って、距離を変えて色々見てみる。
 遠くからだと全体の構図が、近くから見ると絵具の流れや筆跡がわかっておもしろい。
 ほう、と息を吐いて、津嶋くんがこちらを見た。顔の前で手を立てて、少し顔をしかめる。口が『ごめん』と動いた。
 長くなっちゃったからってことかな? と解釈して、笑顔でゆっくり首を振った。
 順路に従って進んでいたら、出口の表示が見えた。私は満足できたけど津嶋くん大丈夫? の意味で首をかしげながら出口を指したら、津嶋くんも満足したようにうなずいて、歩を進めた。
 見て回るペースが同じで、焦ることなく名画の数々を堪能できた。

「すっごく良かった……!」
 展示スペースから出て、ため息とともに声を漏らす。
「な。写真で見るのとは迫力が全然違うわ」
「まだ見たいとかあった? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。ずいぶん待たせたとこもあったと思うけど……」
「全然? いろんな見方ができて楽しかった」
「そう。なら良かったわ」
「美術、好きなんだね」
「見るのはね。描くのは得意じゃないけど」
「そうなんだ」
 ロビーへ出て、会話しながらミュージアムショップへ移動する。展示品をモチーフにしたグッズは、眺めるだけでも楽しい。
 図録欲しいけど、さすがに高いや。図書室に置いてあるかな。明日行ったら見てみよう。そう考えたら、ロフトの席で眠っていた由上さんの姿がフラッシュバックした。
 鑑賞している間は忘れていたのに、思い出したらもう消すことができない。
 陳列されたグッズを見ながらも上の空になってしまう。いやいや、それはさすがにないよ、私。せっかく誘ってもらったのに失礼だよ。
「なんか買う?」
「うーん、どうしよ……」
 ブックマーカーやマステだったらお手頃かな。可愛いし、お礼のお菓子に添えて渡すとか? でも男子ってそういうの使うのかな。
 なんて悩んでいたら、隣で津嶋くんが陳列品を手に取った。
「ちょっと待ってて」
「あ、うん」
 言い残して津嶋くんはレジに向かう。
 いまなに持ってたかな。できれば違う物を渡したいけど……趣味に合わなかったら困るし、お菓子だけでいいかなぁ……。
 お土産……は、いいか。家族は特に気にしないだろうし、由上さんには……渡しづらいし……。
 少しの間、とめどなく考えながら色々見ていたら、会計を済ませた津嶋くんが戻ってきた。
「お待たせ」
「全然」
「昼過ぎくらいだけど、メシどうする?」
「うーん、近くになにかあるかな」
「調べるか」
 言って、津嶋くんがスマホで検索を始めた。
「ファミレスかファストフードか、おしゃれなカフェもあるっぽいけど」
「カフェ、は、敷居が高いかも」
「言うと思った」
 私の回答に津嶋くんが笑う。
「どういう意味?」
「天椙は、“初めて”のことがちょっと苦手なイメージ」
「う、まぁ……確かにそうかも」
「そういうのでいいんだけどね」
「そう、なのかなぁ」
 本人としては色々チャレンジしてスキルアップしたいんだけど。
「じゃあ、せっかくだし地元にないファミレス行くか」
「うん」
 津嶋くんの案内で、初めて入る系列のファミレスに落ち着いた。

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