【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト
Chapter.54
図書室を出て渡り廊下を歩く。冷房で冷えた肌に外気が心地よい。
「お邪魔しちゃってませんでしたか?」
「全然? 来てくれなかったらあのまま寝てたかもだから助かった」
「気持ちいいですよね、あの席」
「いい感じに静かだしね」
「はい」
と、返事をしたら会話が途切れてしまった。でも別に気まずいわけじゃなくて、少し前だったら緊張していたけどいまは無言でも不安にはならない。
「来たときに連絡すればよかったんだけど」由上さんが前を向いたまま言った。「スマホ家に忘れて来てさ。連絡しようにもできなくて」
「そうだったんですね。あ、だからノート」
「そう。喋るには距離あったし、あれしか方法なかったの」
「秘密のお手紙みたいで楽しかったですよ?」
「じゃあ戻ってからもそれにしようか。っていうか、戻る? 図書室」
「はい。本の続きが気になるので」
「オレもなんか読もうかな。おすすめとかある?」
「えっ……ありすぎて難しいです」
「そんなに?」
「はい。でも由上さんの読書の趣味を知らないと、お薦めするの難しいかもしれません」
「普段あんまり読まないから、天椙さんが面白いと思ったのが知りたいな」
「でしたら……図書室にあるはずなので、戻ったらお渡しします」
「うん」
由上さんが猫の笑顔でうなずいた。昨日見返した【お気に入り】の写真を思い出して、急に心臓が激しく動き出す。
そんな変化と同時に、バッグの中でスマホが震えた。どうやら電話を着信しているらしい。ママかも。
「ご、ごめんなさい」
「ん? あ、電話? どうぞ?」
由上さんは言って、少し先に進んだ壁際で立ち止まった。
「ありがとうございます」
バッグの中からスマホを取り出し画面を見たら、そこには津嶋くんのメッセの登録名が表示されている。
えっ、なんでいま……!
由上さんを待たせてしまっているけど、このまま出ないのも不自然だし……。
意を決して画面下に表示された通話のアイコンをタップする。
「はい……天椙です」
『お、良かった。津嶋だけど、いまいい?』
「はい、少しなら……」
『あ、出先?』
「そう、ですね」
チラッと由上さんを見たら、由上さんは窓から校庭を眺めていた。こちらの声は聞こえていない、と思う。
『じゃあ手短に言うわ。明後日って空いてる?』
「明後日……一応、空いてはいる、かな」
『なんか予定あるならちゃんと言ってほしいんだけどね?』
「予定はないよ、大丈夫」
『そ? 親から美術館のチケット二枚もらったんだけどさ、一緒にどうかなと思って』
「美術館……」
『なんか新聞契約したののおまけらしくて。おれの周りでそういうの興味ありそうなの天椙しか思いつかなくて、っていうのは言い訳で、夏休み中に一回くらいは会えないかなと思って』
「興味、あるけど、内容によるかも?」
美術系ならなんでも楽しめる自信はあるけど、本当に興味のない内容だったら一緒に行っても気まずいだけかもしれない。
『なんだっけな、ちょっと待って』
津嶋くんは言って、手元にあるらしいチケットの展覧会名を言った。それは、つい先日開始されたばかりの、有名画家の作品を集めた催事だった。
「えっ、それは、行きたいかも」
『お、興味ある? 良かった。じゃあまた待ち合わせとかメッセするから、そんな感じでいい?』
「うん、それでお願いします」
『じゃあ、また明後日』
「うん。じゃあ」
通話を終えてバッグにスマホを入れたら、由上さんがこちらを見ていた。
「お、お待たせ、しました」
「ううん? いいんだけど……」
歯切れの悪い回答に首をかしげたら、由上さんが苦笑した。
「もしかして、津嶋?」
ドキリとギクリが混ざって心臓が跳ねる。嘘をついてもきっとバレてしまうから、小さくうなずく。「明後日、美術館、行かない? って、言われて」
「行く、の?」
寂し気な表情の由上さんに、胸がしめつけられる。うまく息ができなくて、苦しくなる。鼻の奥がツンと痛くなって、何故だか涙が出てきそうだ。
だってそんな顔、見たことない。
由上さんはすぐにその表情を崩して、口の端をあげた。
「いや、ごめん。忘れて。付き合ってもないのに言うセリフじゃないわ。キモイね、オレ」
「…………」
私はなにも言えなくて、その場に立ちすくみ、うつむいてしまう。
――断ったほうがいいですか?
その質問はきっと、由上さんを困らせる。決めるのは由上さんじゃなくて、私だ。
津嶋くんとはお友達で、津嶋くんはどう思っているのかわからないけど、でも誘ってもらって無下に断るのは申しわけないし、一度了承したことを翻すのもイヤだし。でも……あんな顔されたら、気持ちが揺らぐ。
由上さんは、どういう意図で言ったんだろう。
私と津嶋くんが一緒にどこかに行くのがイヤってこと、だよね。それって……
「こないださ」
由上さんは口角をあげたまま、うつむいて言葉をつむぐ。
「見たでしょ? 写真」
きっと、フルーツサンドの写真のことだとわかって、無言でうなずいた。
「あれ、写りこんじゃったわけじゃ、ないから」
由上さんの声色に緊張が混ざっていく。気づいた私の心臓も、激しく動いていく。
なんで、ですか。
聞きたかったけど、答えを知るのが怖くて聞けなかったその一言を、いまなら言えるだろうか。口を開いてみるけど、声がのどに詰まったかのようになにも言葉が出てこない。
「……なんでか、わかる?」
「…………」
私は黙ったまま、首を横に振る。
想像している“理由”は、自分に都合がいいだけの妄想かもしれない。それを言葉にして、由上さんに伝えるほどの勇気が、いまの私にはない。
「そっか……」
由上さんはまた寂しそうな顔になって、そしてすぐに笑顔になった。
「じゃあ、自分で気づくまで教えない」
「えっ」
予想外のいじわるに、ビックリして声が出た。
私の反応を見た由上さんはニヤリと笑って、こちらを向いた。
「も、もし、ずっと、気づけなかったら……?」
慌てて返した質問に、由上さんは「んー」と視線を上に移動させて。
「あまりにも気付かなかったら、そのときまた考えるわ」
いたずらっ子の笑みを向けた。
真正面から見たその笑顔に、心臓がドキリと跳ねる。
そういうこと言われると、勘違いしちゃいます……なんて言えるわけもなく。
「き、気づけるように、善処します……」
視線から逃れるようにうつむくしかできなかった。
* * *
■こっそり撮った写真を持ってる
チェックボックスを黒く塗りつぶして、息を吐いた。
ホントにどういう意味だったんだろう。期待していいのかな。
その場で聞けるくらいの勇気と自信が欲しい。
結局あのあと、二人で一緒に食堂へ行ってご飯を食べた。正確には、私は緊張して喉を通りそうにもなくて、ケーキセットにしたからご飯は食べてないんだけど。
食堂に着いたときにはもういつもの由上さんで、津嶋くんとのおでかけのこともなにも言われなかった。
図書室に戻ってお薦めの本を渡したら、由上さんは黙々と読んで、
【マジで面白いね、この本】
ノートの片隅に書いたメッセージで喜んでくれた。けっこうな厚さの本だからその場で読み切れずに、借りて帰っていた。
「図書室で本借りるの初めてだわ」
帰りしな楽しそうに言っていたその笑顔は、子供のようで可愛らしかった。
はぁ。
溜まってしまった“聞きたいこと”をごまかすために息を吐く。
本当は気付いているのかもしれないけど、それが正解かわからなくて、間違いだったら恥ずかしいし勘違いはなはだしいしあぁー!
耐えきれなくなって、ベッドに移動して寝転がりながらバタバタもがく。
好きな人がいるって、その人と時間を共有するって、みんなこういう感じなのかなぁ。
もこもこの枕を抱きしめてみる。
由上さんはもっとゴツゴツしてそう……ふと考えて、脳内でワーワー騒ぐ。なしなし! いまのなし!
ママもおねーちゃんも、初音ちゃんも……みんなこんな気持ちを抱えながら過ごしてるの? それってすごいバイタリティー。
由上さんのことを気にしていたり好きだったりする人たちも、きっと……。
そこまで考えて、浮かんだのは美好さんの顔だった。
私が美好さんだったら、いまのこの状況でも上手に立ち回って、由上さんにあんな顔させたりしてないだろうな……。
やっぱり私じゃ、釣り合わない……。
思った瞬間、鼻の奥がツンとして、視界がぼやけた。
もう、憧れなんかじゃないのかな……。
ぼんやりと浮かんだその考えを、否定することができなかった。
「お邪魔しちゃってませんでしたか?」
「全然? 来てくれなかったらあのまま寝てたかもだから助かった」
「気持ちいいですよね、あの席」
「いい感じに静かだしね」
「はい」
と、返事をしたら会話が途切れてしまった。でも別に気まずいわけじゃなくて、少し前だったら緊張していたけどいまは無言でも不安にはならない。
「来たときに連絡すればよかったんだけど」由上さんが前を向いたまま言った。「スマホ家に忘れて来てさ。連絡しようにもできなくて」
「そうだったんですね。あ、だからノート」
「そう。喋るには距離あったし、あれしか方法なかったの」
「秘密のお手紙みたいで楽しかったですよ?」
「じゃあ戻ってからもそれにしようか。っていうか、戻る? 図書室」
「はい。本の続きが気になるので」
「オレもなんか読もうかな。おすすめとかある?」
「えっ……ありすぎて難しいです」
「そんなに?」
「はい。でも由上さんの読書の趣味を知らないと、お薦めするの難しいかもしれません」
「普段あんまり読まないから、天椙さんが面白いと思ったのが知りたいな」
「でしたら……図書室にあるはずなので、戻ったらお渡しします」
「うん」
由上さんが猫の笑顔でうなずいた。昨日見返した【お気に入り】の写真を思い出して、急に心臓が激しく動き出す。
そんな変化と同時に、バッグの中でスマホが震えた。どうやら電話を着信しているらしい。ママかも。
「ご、ごめんなさい」
「ん? あ、電話? どうぞ?」
由上さんは言って、少し先に進んだ壁際で立ち止まった。
「ありがとうございます」
バッグの中からスマホを取り出し画面を見たら、そこには津嶋くんのメッセの登録名が表示されている。
えっ、なんでいま……!
由上さんを待たせてしまっているけど、このまま出ないのも不自然だし……。
意を決して画面下に表示された通話のアイコンをタップする。
「はい……天椙です」
『お、良かった。津嶋だけど、いまいい?』
「はい、少しなら……」
『あ、出先?』
「そう、ですね」
チラッと由上さんを見たら、由上さんは窓から校庭を眺めていた。こちらの声は聞こえていない、と思う。
『じゃあ手短に言うわ。明後日って空いてる?』
「明後日……一応、空いてはいる、かな」
『なんか予定あるならちゃんと言ってほしいんだけどね?』
「予定はないよ、大丈夫」
『そ? 親から美術館のチケット二枚もらったんだけどさ、一緒にどうかなと思って』
「美術館……」
『なんか新聞契約したののおまけらしくて。おれの周りでそういうの興味ありそうなの天椙しか思いつかなくて、っていうのは言い訳で、夏休み中に一回くらいは会えないかなと思って』
「興味、あるけど、内容によるかも?」
美術系ならなんでも楽しめる自信はあるけど、本当に興味のない内容だったら一緒に行っても気まずいだけかもしれない。
『なんだっけな、ちょっと待って』
津嶋くんは言って、手元にあるらしいチケットの展覧会名を言った。それは、つい先日開始されたばかりの、有名画家の作品を集めた催事だった。
「えっ、それは、行きたいかも」
『お、興味ある? 良かった。じゃあまた待ち合わせとかメッセするから、そんな感じでいい?』
「うん、それでお願いします」
『じゃあ、また明後日』
「うん。じゃあ」
通話を終えてバッグにスマホを入れたら、由上さんがこちらを見ていた。
「お、お待たせ、しました」
「ううん? いいんだけど……」
歯切れの悪い回答に首をかしげたら、由上さんが苦笑した。
「もしかして、津嶋?」
ドキリとギクリが混ざって心臓が跳ねる。嘘をついてもきっとバレてしまうから、小さくうなずく。「明後日、美術館、行かない? って、言われて」
「行く、の?」
寂し気な表情の由上さんに、胸がしめつけられる。うまく息ができなくて、苦しくなる。鼻の奥がツンと痛くなって、何故だか涙が出てきそうだ。
だってそんな顔、見たことない。
由上さんはすぐにその表情を崩して、口の端をあげた。
「いや、ごめん。忘れて。付き合ってもないのに言うセリフじゃないわ。キモイね、オレ」
「…………」
私はなにも言えなくて、その場に立ちすくみ、うつむいてしまう。
――断ったほうがいいですか?
その質問はきっと、由上さんを困らせる。決めるのは由上さんじゃなくて、私だ。
津嶋くんとはお友達で、津嶋くんはどう思っているのかわからないけど、でも誘ってもらって無下に断るのは申しわけないし、一度了承したことを翻すのもイヤだし。でも……あんな顔されたら、気持ちが揺らぐ。
由上さんは、どういう意図で言ったんだろう。
私と津嶋くんが一緒にどこかに行くのがイヤってこと、だよね。それって……
「こないださ」
由上さんは口角をあげたまま、うつむいて言葉をつむぐ。
「見たでしょ? 写真」
きっと、フルーツサンドの写真のことだとわかって、無言でうなずいた。
「あれ、写りこんじゃったわけじゃ、ないから」
由上さんの声色に緊張が混ざっていく。気づいた私の心臓も、激しく動いていく。
なんで、ですか。
聞きたかったけど、答えを知るのが怖くて聞けなかったその一言を、いまなら言えるだろうか。口を開いてみるけど、声がのどに詰まったかのようになにも言葉が出てこない。
「……なんでか、わかる?」
「…………」
私は黙ったまま、首を横に振る。
想像している“理由”は、自分に都合がいいだけの妄想かもしれない。それを言葉にして、由上さんに伝えるほどの勇気が、いまの私にはない。
「そっか……」
由上さんはまた寂しそうな顔になって、そしてすぐに笑顔になった。
「じゃあ、自分で気づくまで教えない」
「えっ」
予想外のいじわるに、ビックリして声が出た。
私の反応を見た由上さんはニヤリと笑って、こちらを向いた。
「も、もし、ずっと、気づけなかったら……?」
慌てて返した質問に、由上さんは「んー」と視線を上に移動させて。
「あまりにも気付かなかったら、そのときまた考えるわ」
いたずらっ子の笑みを向けた。
真正面から見たその笑顔に、心臓がドキリと跳ねる。
そういうこと言われると、勘違いしちゃいます……なんて言えるわけもなく。
「き、気づけるように、善処します……」
視線から逃れるようにうつむくしかできなかった。
* * *
■こっそり撮った写真を持ってる
チェックボックスを黒く塗りつぶして、息を吐いた。
ホントにどういう意味だったんだろう。期待していいのかな。
その場で聞けるくらいの勇気と自信が欲しい。
結局あのあと、二人で一緒に食堂へ行ってご飯を食べた。正確には、私は緊張して喉を通りそうにもなくて、ケーキセットにしたからご飯は食べてないんだけど。
食堂に着いたときにはもういつもの由上さんで、津嶋くんとのおでかけのこともなにも言われなかった。
図書室に戻ってお薦めの本を渡したら、由上さんは黙々と読んで、
【マジで面白いね、この本】
ノートの片隅に書いたメッセージで喜んでくれた。けっこうな厚さの本だからその場で読み切れずに、借りて帰っていた。
「図書室で本借りるの初めてだわ」
帰りしな楽しそうに言っていたその笑顔は、子供のようで可愛らしかった。
はぁ。
溜まってしまった“聞きたいこと”をごまかすために息を吐く。
本当は気付いているのかもしれないけど、それが正解かわからなくて、間違いだったら恥ずかしいし勘違いはなはだしいしあぁー!
耐えきれなくなって、ベッドに移動して寝転がりながらバタバタもがく。
好きな人がいるって、その人と時間を共有するって、みんなこういう感じなのかなぁ。
もこもこの枕を抱きしめてみる。
由上さんはもっとゴツゴツしてそう……ふと考えて、脳内でワーワー騒ぐ。なしなし! いまのなし!
ママもおねーちゃんも、初音ちゃんも……みんなこんな気持ちを抱えながら過ごしてるの? それってすごいバイタリティー。
由上さんのことを気にしていたり好きだったりする人たちも、きっと……。
そこまで考えて、浮かんだのは美好さんの顔だった。
私が美好さんだったら、いまのこの状況でも上手に立ち回って、由上さんにあんな顔させたりしてないだろうな……。
やっぱり私じゃ、釣り合わない……。
思った瞬間、鼻の奥がツンとして、視界がぼやけた。
もう、憧れなんかじゃないのかな……。
ぼんやりと浮かんだその考えを、否定することができなかった。
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