【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.34

 モヤモヤと集中を繰り返しながら勉強していたら、午前の授業が終わった。すぐ前の授業で配られたプリントをクリアファイルに挟みながら今日のお昼休みは屋上で一人になろうかな、と思っていたら、「天椙アマスギさん」由上さんが私を呼んだ。
「なんか、大丈夫?」
「えっ」
「困ってることあるなら、な」
「あますぎさん、さっきの……あ、蒼和くん」
美好ミヨシ……」
 由上さんは言葉を切って、呼ばれたほうを振り返る。
「あら、ごめんなさい。なにかお話し中だった?」
「え? あー……」
「だ、大丈夫、です」
 由上さんの言葉を区切って、私が答えた。クラスの人の大半は教室を出て行ったけど、どこで誰に見られているかわからないし、必要以上に由上さんと会話しないほうがいいのかもしれない、と考えたから。
「そう? ならいいんだけど。蒼和くん、席遠いままだね」
「ん? うん。そうだね」
「50音順のときは近くてラクなのにな~」
「ラクってなに」
「話すのに、席立たなくても声かけられるから」
「あぁ、まぁねぇ。そういや天椙さんとなんかあったの?」
「え? 別になにも? なんで?」
「いや、珍しく一緒に教室入ってきてたの見えたから」
「あぁ。廊下でたまたま会ったから少しおしゃべりしてただけだよ。ねぇ?」
「えっ、あっ、はい」
 事実とは少し違うけど、由上さんに本当のことを言えるわけもなく……。
「ね、お昼一緒にここで食べない? 良ければあますぎさんも」
「オレはいいけど……」
「は、はい、私も、大丈夫です」
「そ? ならお弁当持って来る」
 美好さんはいったん自分の席に戻った。
 どういうつもりだろう。またなにか言われないようにしてくれているのか、由上さんに色々及ばないようになのか……。
「いいの? 枚方とか」
 周囲に聞こえない声量で由上さんが聞いてくれる。
「初音ちゃん、今日のお昼は立川くんと約束してるって言ってたので」
「そう」
「よ、由上さんも、いいんですか? 私。お邪魔なのでは……」
「いや。いやいや。むしろいてくれたほうがい」
「お待たせ」
「いえ」
「おう」
 笑顔の美好さんが戻ってきて、謎の三人でお昼ご飯を食べることになってしまった。
 由上さんと美好さん、目立つ二人と制服姿の私の三人……はたから見たらどう見えるんだろう……。
「あぁ、机やるよ」
「えっ、ありがとう、嬉しい」
 由上さんは美好さんが座ろうとしていた由上さんの前の人の机と椅子を移動させて、こちらに向かせた。
 やっぱりみんなに優しくて、由上さんって素敵だなぁって思う。
 美好さんはすぐ近くで、由上さんを見つめていた。
 ……多分、きっと、美好さんって……。
「はい、どうぞ」
「ありがとー」
 自席に戻る由上さんを見ていたら、なんとなく、背中に視線を感じた。お昼ご飯が入ったサブバッグを探りながら後方を見たら、恵井さんと椎さんがなにか言いたげにこちらを見ていた。美好さんがいなかったら呼び出されたりしてただろうか。
 でもあんなこと言われたくらいで私から交流を絶つのはイヤ。ただ、由上さんに迷惑はかけたくない。
 ファンクラブの人彼女たちもそれは一緒だろうから、由上さんに直接なにか言うとかはないだろうけど……。
「じゃあ、食べようか」
 後方をうかがうことに気を取られていたら、由上さんに声をかけられた。
「あ、はい」
 バッグから取り出したコマゴメベーカリーの紙袋をあける。
 三人でそれぞれに「いただきます」と言って、お昼ご飯を食べ始める。
「蒼和くんとあますぎさんは親しいの?」
 えっ。
 さっき私が由上さんに聞こうとしていた質問が、登場人物を変えて投げられ、驚く。
 由上さん、なんて答えるんだろうって待っていたら
「枚方を通じて、交流っていうか……席も近いし」
「そ、そう。それだけ、です」
 なんとなく由上さんが困っている気がして、思わずいらぬ付け加えをしてしまった。これじゃ私が否定してるみたいだ。
「うん……そんな感じ」
 私の否定を肯定した由上さんに、そうじゃないんですとフォローもできずにそのまま話が流れてしまう。
「へぇ、そうなんだ」
 美好さんは特に気にしてる感じでもなく、ただ相槌をうった。
 …………。うっ、気まずい。
「み、美好さんと、由上さんは……?」
 沈黙に耐えられなくて、さっきまで気になっていたことを美好さんの質問に乗じて聞いてみる。
「私たち、中学が一緒だったのよ」
「え、じゃあ美好さんもお引越ししてきたんですか?」
「ううん? 地元から通ってるの」
「あ、そうなの? めっちゃ遠いじゃん」
「まぁでも、急行使えば電車で40分とかだし」
「急行で40分は遠いよ」
「そう? 音ノ羽楽しいからあんまり気にならないかな」
 美好さんは可愛らしいお弁当を可愛らしく食べながら首をかしげた。う、可愛い。
「最初おなじ高校だったの知らなかったんだよ」
「そうだよ。同じクラスなのに気付いてくれなかったのショックだったんだから」
「いや、中学のころ、そんなじゃなかったでしょ」
「うん。ここなら校則も縛りきつくないからオシャレできるじゃない」
「まぁね。それはわかるわ」
「どう? イメチェンできてる?」箸を置き、キレイに塗られたネイルを見せるように手を広げて顔の前に置いた。なんだか雑誌のモデルさんみたいで、なんでか胸がチクチク痛む。
「いいんじゃない? 大人っぽくて」
「蒼和くんも垢ぬけたよね」
「そ? 中学でこんなカッコできないからね」
「そうよね。私が音ノ羽選んだの、通える距離で校則自由なのここしかなかったからなんだけど、蒼和くんは?」
「オレはここの近くに引っ越してくるの決まってたから」
「そうだったんだ。中学のころに教えてくれれば良かったのに」
「卒業したら会わないだろうと思ってたから」
「えー、ひどぉい。ね、あますぎさんもそう思わない?」
「え? あ、そう、ですね。ちょっと、寂しいかも?」
「そっか。そりゃ悪かったね」
「今更だよ」美好さんがコロコロ笑う。「ま、いいんだけどね。二年続けて同じクラスになれたし」
「そういやそうだね」
 そうなんだ……。
「なにげに中学も三年間同じクラスで席も近かったし、高校もそうならないかなぁ」
「どうだろね」
 なんとなく、由上さんの熱量と美好さんのそれに差がある気がする……気のせいかな。私がそう思いたいだけなのかもしれない。
 ある程度ご飯を食べ進めたところで、由上さんが思い出したように言った。
「そういやさっき、天椙さんになんか用事があって来たんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。さっきの授業プリント、締切来週末だって」
「あ、はい」
 覚えてるけど、わかってますって言うのもどうかと思ってうなずいた。わざわざ教えに来てくれたのかな。
「その日の日直私だから、私が集めることになるの。よろしくね」
「はい、わかりました」
「蒼和くんもね」
「ん? うん」
 美好さんはしっかしりてるし、すごい、話題が尽きない人だなぁ、って印象。
 ご飯を食べながら喋っているのに不快感も与えないし、容姿に伴って所作もキレイ。由上さんと美好さん、並んでいたら絵になる二人。その間にいる私は、きっと場違いだ。
 ただ制服をかっちり着た黒髪メガネの女子なんて、本当にただのモブじゃん。
 二人の会話を聞きながら、ただパンを咀嚼して飲み込む。ため息も、言葉も一緒に。
「ごちそうさまでした」
 美好さんが手を合わせて小さく頭を下げた。
「き、キレイなお弁当でしたね」過去形で褒めるようなことじゃないけど、会話を遮ってまで言うことじゃなかったし、タイミングを逃してしまった。
「え? そう? ありがとう。昨日の夜の作り置きなんだけどね」
「ご自分で作られてるんですか?」
「そう。お料理好きなの。っていうか、なんでずっと敬語なの? 同級生なのに」
「す、すみません。このほうが話しやすいときがあるので、お気になさらず……」
「そう? ならいいけど」
「自分で作るのえらいね」会話に困りそうなのを察知してか、由上さんがすぐに続けてくれる。
「そうかな? 自分で食べるものくらい作るよ。作るの楽しいし」
 う。偉い。お料理なんて調理実習くらいでしか作らないよ……。
「そういや差し入れとか良くしてくれてたね」
「そうだね。野球部の人たちたくさん食べてくれるから楽しくて」
「みんな喜んでたよ」
「そうなの? 嬉しい」晴れやかに笑った顔がとても美しくて、胃のあたりがチクリと痛む。「高校ではやらないんだね、野球」
「うん、まぁ、色々ね」
 野球部だったんだ……。
 いままで色々お話してきたけど、それは初耳だった。
 音ノ羽にも野球部あるし、絶対似合うし、なんで入らないのか聞きたいけど、濁してるってことは言いたくないんだろうな。
「そっかー。高校も野球部入ってたら、差し入れできたのになー」
「いいよそんなの。そういうのしたいなら、いまからでも野球部のマネージャーになったらいいじゃん」
「えー? 蒼和くんいないのに、意味ないじゃん」
「そんなことないでしょ」
 意味ありげな美好さんのセリフを、由上さんがスルーした。
 それってそういう意味なんじゃないのって思うけど、私がフォローするのはおかしいし、正直、したくない。
 心狭いなって思うけど、イニシアチブは美好さんが握ってる感じあるし、私が出る幕ではない。

 ――なんで私、ここにいるんだろう。

 二人の楽しそうで仲よさそうな会話を聞いてるの、ちょっとつらいかも。
 いつもは奮発してごちそうだと思えるコマゴメベーカリーの新作パンも、なんだか味がしなかった。

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