【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.30

 なんだかチラチラ見られている気がする。
 いやいや、気のせいだよ、と思うけど、それでもやっぱりそんな気がする。
 へ、変だったかな……なんかおかしなとこあるかな……。
 どこか出てはいけない場所が出てしまっていないか、見えてはいけない場所が見えてしまっていないか、手探りで身体の色々なところを確認するけど、そういうことではないらしい。
 うぅ、誰か知り合い……いや、むしろ誰にも会わずに帰りたい……。
 慣れないことはするもんじゃなかったんだ、とうっすら後悔しながら校内に入る。
 新しい洋服とコスメを買って初めての月曜日。さっそく私服で登校したはいいけど、人の視線が気になってしまう。
 制服を着て登校していたときとは違う、なんとも言えないこの感覚はなんだろう。
 ドキドキしながら教室に入って、先に来ていたクラスメイトに挨拶をすると、挨拶のあとに二度見された。
「えっ、あますぎさん?!」驚く加賀見カガミくんと
「うっそ、どうしたの?! 制服は?!」小森くん。
「え、っと、き、気分転換に……」
 しどろもどろ答えていたら、ドアの近くから「おはよー」と聞きなれた声が聞こえた。初音ウブネちゃんだ。「なになに? 朝からどしたの?」
「あっ、枚方。見てよ、あますぎさん」
「え? わっ! どしたの!?」
 初音ちゃんが私の姿を見るや、目を丸くした。
「へ、へん……?」
「全然! めっちゃ可愛い! えー! あ、そっか。ママとお買い物行ったんだ!」
「う、うん。そう……」
「いいよいいよ、似合ってる! 誰だかわからなくてビックリしちゃった! リップも塗ってるの?!」
「て、ティント? ってやつ」
「うんうん、いーじゃんいーじゃん! あとでヘアセットさせてよ!」
「えっ、いいの?」聞いたら初音ちゃんはウンウンうなずいてくれた。「ありがとう!」
「いやぁ、女子は化けるなぁ」加賀見くんがあごに手を当てて感心した。
「な! そりゃ人気投票上位になるわ」
「え?」
「あ」
 私の疑問に、言った本人の小森くんが口をおさえた。
「えー、ミイナちゃん上位だったの? 女子わたしたち結果知らされないから知らなかった! すごいね、みんな見る目あるね!」
「え? え? なん??」
 意味が良くわからなくて、なんて聞き返していいかもわからなくなった私は、謎の単語を口から出すだけの人になってしまう。
「いや、聞かなかったことにして。女子に直接伝えちゃダメなんだよ。男子の結果ほうもそうなんでしょ?」
「えー、わたし参加してないからわかんないなー。ミイナちゃんは?」
「う、ん……そんなこと、書いてあった気がする」
 投票者に送られるメールの内容をおぼろげに思い出す。学校非公式だし、個人情報だったりなんだりするからなんとかかんとか……。
 人気投票それに、私が、ランクインしてるってこと? え、なんで?
 頭の中も、なんなら目の前もハテナマークでいっぱいの私に、小森くんは指を立てて見せた。
「ないしょ、ないしょね? これでルール違反したとか言われたらイヤだし」
「う、うん。ないしょ」
 同じ動作で確認すると、小森くんは安心したように笑った。「それはそうとして、ホントに似合ってるよ。いつもそういうので来たらいいじゃん」
「う、うん……慣れたら、するかも?」
「うんうん、せっかく私服オッケーの学校だしねー。今度わたしともお洋服見に行こうねー」
「うん、それはぜひ」
 談笑している間にもクラスメイトはやってくる。
「おっすー」言いながら入ってきた田町くんにみんな挨拶を返していたから
「お、おはよ」私もおずおず返答してみる。
「おう……えっ?! 天椙さん?!」田町くんが教科書に載りそうなくらいの二度見で私を確認した。
「う、うん」
「えー! すっげぇ! どしたの?!」
「き、気分、転換……」
「えー! ぜんっぜん気付かなかった。いいじゃんいいじゃん! 似合ってるよ!」
「そ、そうかな…ありがとう」
「へぇ~、天椙さんの私服初めて見たわ」
「そう、だね。学校には着てこなかったから」
「いつも私服で来たらいいのに~ってさっきも話してたんだよね」嬉しそうな声で初音ちゃんが言う。
「お洋服、増えてきたら……」
「あー。でもあと二着くらい買い足せば着回しできそうじゃない?」
「うん。実は、そういうの選んでもらって、おうちにはあるんだ」
「あ、自分で選んだんじゃないんだ」小森くんが言った。
「自分でも選んだけど、いくつかはママと店員さんに」
「そーなんだ。天椙ママ、センスいいな」小森くんは服の全体を見てうなる。
「昔、アパレルで働いてて」
「元プロか。だったら上手なはずだわ」
 ママも褒めてもらえて嬉しくて照れ笑いを浮かべる。
 それに、みんなに称賛してもらって登校時の不安は解消された。
 あとは、あのひと・・・・の感想だけ……と思っていたら、
「あっ! 由上! こっち来て! こっち!」田町くんがドアに向かって手を振った。
 その名前にビクリと身体がすくむ。
「えー? なに、挨拶もしないで」
「おはようおはよう! そんなんいいから!」
 田町くんは変わらず由上さんを手招きする。
 ちょ、ちょっと、心の準備できてない~!
 ビクビクとドキドキが混ざった感情をかかえながら、近付いてくる足音に耳をそばだてる。
「なに、みんな集まっ…て……」
 私と目が合って、由上さんの動きが止まった。口を開けて、ぽかんとした表情で私を見つめている。
 私の頭の中は真っ白で、見ているはずの由上さんの姿が認識できないくらい心臓がバクバクしている。
「どう? ミイナちゃん!」笑顔で紹介してくれた初音ちゃんに、
「どう……って……」
 由上さんが口ごもる。
「いい、んじゃない? 普段と、違ってて」
 決して否定はしないけど、肯定された感じもしないその感想に、心臓が締め付けられた。“期待していた言葉”と違っていたからだ。
 その場の空気もなんとなく冷えた気がする。
「え。それだけ?」
 田町くんが肩透かしをくらったような声で問い返した。
「う、ん…そうね……気分転換とか? かな?」
「そ、そう、です」言い訳のように使っていたその言葉が由上さんから出るとは思わなかったからビックリした。けど、その偶然の一致が素直に喜べない。
「うん、いいと思う。新鮮」
 ふと笑ったその表情はどこか硬くて、いつもと違っていた。
 そのあとすぐに続々とクラスメイトが登校してきて、始業の時間が近いことを知った私たちは、なんとなく微妙な雰囲気のまま自分の席について先生が来るのを待った。

 いままで優しくしてもらってたから、今日もきっと褒めてくれるだろうって勝手に思ってた。それはただの思い上がりで、実際は違ってて……。

 困らせちゃったな……。

 さっきまでの胸の鼓動が、痛みに変わって押し寄せる。
 褒めてくれたみんなの言葉は本当だと思う。けど、嬉しいという気持ちを押しのけて覆いかぶさってくるほどの悲しい気持ちが、私を沈めていた。
 半泣きになりながら今日最初の授業に入る。
 一年前だったら、お話できたことや自分について感想を抱いてくれたこと自体に喜んでいただろうに……本当に人間ってぜいたくだ。
 先生の話を聞きながらも考えてしまう。由上さんの言葉は、それだけ私の中で大きくて…重要みたい。
 これはあとで復習ちゃんとしないとヤバイってくらい集中できずに、一時間目の授業を終えた。そして短い休み時間に入る。
 教科書とノートを片付けて次の授業の、と思ったら「うわ、ほんとだ」教室のドア付近で聞き覚えのある声が聞こえた。
 顔をあげるとそこには津嶋くんがいた。
 えっ! なんで!?
 予想外の同級生の登場に、自分に関ることかもわからないのにあたふたしてしまう。
「おっす」
「お、おはよう」
 津嶋くんは満面の笑みで私に挨拶をしてくれた。
「立川から、今日天椙が私服で登校してるって聞いて」
「立川くんから?」
 なんで? って思ったけど、きっと初音ちゃんからの情報だとすぐにわかる。
 すぐあとに立川くんもやってきて、初音ちゃんと会話し始めた。
「いいね、いつもの私服とはちょっと違う雰囲気。あ、ショップが違うのか」
「う、うん、そうなの」
「髪型も変えれば良かったのに」
「う、うん。朝時間とれなくて」
「コンタクト……は苦手なんだっけ」
「うん…そもそも持ってないんだ」
 すぐそばで由上さんが聞いてると思うと落ち着かない。いや、聞こえているけど聞いてないかもしれないじゃん。
「そっか。いや、いんじゃん? メガネでも似合ってて可愛いし」
「あっ、ありがとう」
 褒めてもらえるのは嬉しいけど、この状況で言われても手放しに喜べない。朝のこともあるし、隣の席に由上さんいるし……。
「天椙さん、いいね、そういう服装」
 初音ちゃんと一緒にやってきた立川くんも褒めてくれた。
「ありがとう。知ってるの知らなくてビックリした」
「うん、初音から朝メッセ来て」
「ごめん、教えちゃった」
「ううん、大丈夫」
「話す時間あんまないよって言ったんだけど」苦笑しながら立川くんが津嶋くんを見た。
「だってソッコー見ときたかっ」津嶋くんの言葉をさえぎって、チャイムが鳴った。「あ。戻んなきゃ」
「ほら、だからすぐだよって」
「いいんだよ、言いたいこと言えたから」
 じゃーね、と言って、津嶋くんと立川くんは教室を出て行った。
「いまのがつしまくん?」
 小さな声で聞いてきた初音ちゃんにうなずいて答える。
「ふぅん。まぁ、ソワちゃんにはいい刺激だったんじゃん? わたしまだ朝の塩対応、許してないからね」
 小さい声でプンプンしながら言って、初音ちゃんが席に戻った。
 一瞬忘れていたのに、隣に座っていると思い出してしまう。
 でも考える間もなく先生がいらして、二時間目の授業が始まった。
 板書をノートに書き写しながら小さく息を吐く。あ、間違えた。
 机の傍らに置いてある消しゴムを取る……あ。
 コッと音を立てて床に落ちた消しゴムが、由上さんの足元まで跳ねた。
 う、どうしよう。
 対策を考える間もなく由上さんがそれに気付いて、拾い上げる。
 そのまま机に向かってしまった由上さんに、それ、私の消しゴムです、と話しかける勇気がいまはない。
 あぅ、仕方ない。授業が終わったら声かけて……いや、シャーペンの後ろに付いてる消しゴムで今日は乗り切って、また買う……? 家にストックあったかな……。
 ささいな声かけすらためらうほど傷ついたみたい。弱いなぁ、私。
 落ち込んだ気分のまま、また机に向かう。間違った字、消さなくちゃとシャーペンの後ろに付いたキャップを取ろうとしたら、こつ、と机が小さく鳴った。見るとそこには落とした消しゴムと、小さな紙片が一緒に置かれていた。紙は四つ折りにされていて、中になにか書かれているみたい。
 置いてくれたらしい由上さんを見たら、よんで、と口が動いた。
 よんで…読んで……?
 きっと紙の中身のことだだと気付いて、破かないように、周りに気付かれないようにそっと紙片を開く。そこには……

『朝はそっけない態度でごめん!
 服、すげー似合ってる!
             そわ』

 少し急いで、でも丁寧に書かれた字。
 破かれたノートの切れ端に書かれたそのメッセージに驚いて、でも授業中だからなにもできなくて。それでもじっとしていられなくて、ペンケースの中に入れてあるメモ帳から一枚とって、返事を書いた。

『ありがとうございます!
 嬉しいです!
         ミイナ』

 周囲を少しうかがって、みんながノートに集中しているのを確認して、小さく折り畳んだそのメモ用紙を由上さんの机の上に置く。
 ノートへの書き写しを再開しながら横目で見たら、由上さんはその内容を読んで、私に向かって親指を立てて、こっそりハンドサインをくれた。

 嬉しくて、嬉しすぎて、今度は違う意味で泣きそうになった。

 休み時間になって、やっと声がかけられると由上さんのほうを向いたら
「ねー、そわくんさー」
 クラスの女子に声をかけられた由上さんは、そのまま席を立ってしまった。
 うーん、そういうときもある!
 さきほどまでとは打って変わってポジティブになった私は、小さなお手紙を大事に生徒手帳に挟んで、次の授業の準備にとりかかった。

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