【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.26

「じゃあ、今年は早速席替えしようかな!」
 先生の提案に教室内がざわめく。


 それは今日のホームルームのこと。始業式から三日しか経ってないけど、もう二年だしみんな大体顔見知りだろうから、そろそろいいんじゃないか? というのは相良先生がみんなに伝えた理由。
 賛成派と反対派がほんのり違ったリアクションを見せる。
 反対派のほとんどが校庭側の窓際に座る人たち。そうだよね、春先は気候もいいから気持ちいいし。そう考える私は割と賛成派。
 昨日の今日で気まずいというか恥ずかしいというか、複雑な感情と共に登校した私が座る教卓に近いドアのすぐそばの席は、見つけやすいし挨拶しやすい場所で、絶対態度に出るだろうとわかっていたから朝から由上さんに遭遇するのがちょっと……と、いつもは時間を忘れてしまうからという理由で行ってなかった図書室で時間調整した。その甲斐あってか、クラスのほぼ全員が登校したあとで教室へ来ることができて、いつもの恒例になっている由上さんとの朝の挨拶をうやむやにすることができた。
 いつもなら挨拶できるのは嬉しいしありがたいんだけど……昨日の夜、寝て起きたら忘れているだろうと思っていた“よみがえった記憶”は、昨日よりも鮮明な記憶として刻み込まれていた。起きた瞬間思ったのは、『今日、どんな顔して会ったらいいの~!』だった。
 だから、今日の突然の席替えは私的には大賛成。
 挨拶しづらい席なんてあんまりないけど、最少人数に挨拶するだけで済むような、どこか入口からアクセスが良くない片隅の席に陣取れたら……って思っていた、のに。


「よろしくね」
 まぶしい笑顔が向けられて萎縮してしまう。
「よっ、よろしくお願い、します」
 先にくじを引いた私の席、その隣の番号を引いたのは、由上さんだった。
 嬉しい。けど、今日じゃなくて良かったんじゃないかな?!
 朝の挨拶を経てないぶん、緊張が際立ってしまう。早くおさまって欲しいと願えば願うほど鼓動が早くなって、緊張していることを自覚させる。
 いいよ~、わかってるよ~。これ以上は無理だよ~。
 机に顔を伏せてしまいたいくらい顔が固まってる。せっかく打ち解けてきてると思ってたのに、これじゃ最初のころと変わらない。
 授業を受けているときは大丈夫だろうけど、休み時間とか、これからどうしよう……。なるべく意識しないように…って思うことはすでに意識してるってことだし、あぁ、助けて初音ウブネちゃん……。
 と視線を動かすけど、初音ちゃんの席は二列ほど離れているし、私のほうが後方の席だから気付いてはもらえない。
 由上さんだって緊張させたいわけじゃないし、っていうか私のことなんてそんな、意識してくれてるわけないじゃん。だから、大丈夫。
 そう言い聞かせて、誰にもバレないように深呼吸した。

* * *

「はなしに来やすくていいねぇ」とは初音ちゃん談。
「ねー、まさか隣になるとはねー」
 由上さんの感想に私はうなずくだけ。由上さんを見ると昨日の出来事が思い返されて、自動で顔が赤くなってしまう。内側だけ熱くて表に出てなければいいけど……いまは確かめるすべがない。
「お昼一緒に食べるときとか、由上くん・・・の席借りられるし便利だなぁ」
「便利て。オレその場にいないの?」
「由上くんはほかの人の席借りればいいじゃん」
「なんでよ、おかしいでしょ」
 談笑する二人の近くで、私はただヘラヘラ笑ってるしかできなかった。
 由上さんもいつも通りだし、昨日のこと気にしてるのなんて私だけなんだよ。おかしいのは私なんだ。だから、いい加減ドキドキが静まってほしい……。
 左胸を押さえるわけにはいけないから、左の脇腹あたりに手を置いてみる。心なしか鼓動が伝わってくる気がして、余計に意識してしまった。
「そういえば昨日、横野ヨコノくんとサロン行ったの?」
「いや? 紹介して、場所教えたりしただけ」
「あ、そーなんだ」
 そういえば、今朝から自分のことばかりでクラスメイトのこととかあんまり見れてなかった。と思って教室を見回したら、ひときわ輝く金髪の男子が目に飛び込んできた。
 わ、すごい似合ってる。
 その男子は横野くんで、昨日見たアプリで加工された写真よりも実物のほうが派手な金髪が顔や雰囲気にしっくり馴染んでた。
「なんか俺の名前聞こえた」
 他の男子との会話を中断して、横野くんがこちらを振り向く。
「昨日の帰りにしてきたんでしょ?」初音ちゃんが自分の髪をつまんで見せる。今日のヘアスタイルはサイドを編み込みにして後ろでひとつに結び、あとはおろしている。くるんと弾む毛先じゃなくて、今日はストレート。いつもはヘアアイロンで巻いてたのかな?
「そー。天椙さんにも感想聞こうと思ってたのに、朝いなかった」
「ごめんなさい。朝、図書室行ってたので」
「へぇ、図書室って朝も開いてんだ」横野くんが意外そうに言った。
「うん。開門から朝のホームルームが始まるまでの間だけ」
「人、少なそうだね」初音ちゃんがあごに指を当てて言う。
「少ないねぇ」
「授業さぼり放題じゃね?」
「授業中はやってないんじゃない?」横野くんの言葉に、初音ちゃんが首をかしげた。
「うん、やってないねぇ」
「なんだー、残念。で、どう? これ」
 横野くんが自分の金髪を指でつまんで見せてくれる。
「うん、すごく似合ってます」
「やったー。これで俺もソワ様みたいにモテるかな」
「ねー、オレのことすぐ言うのやめてー?」
「ごめんごめん、比較対象にしやすくて」
 横野くんと由上さんが笑いあう。なんだか仲良しだぁ。
「きっとモテると思います」素直に思ったことを言ったら
「やさしーな、あますぎさん」
 横野くんは照れたように笑う。
「似合ってますもん」
「そう? 良かった。ありがとう」
 横野くんが嬉しそうに笑みを浮かべて髪に指を入れた。
 自分に似合うかっこうをすると自信がつくんだなって、横野くんを見てるとわかる。きっと由上さんも、初音ちゃんも、みんなも、自分に一番似合う姿を手に入れて、自信をつけていってるんだ。
 もしかして私も……。
 昨日ママと約束した“お買い物の日”までに“自分に似合うなにか”を模索しようと考えていたから、これはちょうどいいタイミングなのかも。
「オレもイメチェンしようかな」前髪をつまみながら言った由上さんに、
「またぁ?」初音ちゃんが眉根を寄せた。
「由上はそれで十分モテてんだからいいじゃん」
「モテてるモテてるって言うけどさぁ、横野とオレの“モテ”の定義、違うから、多分。あんま言わないで~?」
「え~? そういうもん~?」
「そういうもん」
 不満げな横野くんと同じ言葉を使って、由上さんがうなずいた。
「えっ、じゃあさ」近くで会話を聞いていたクラスメイトの冨谷トミヤくんが参加してきた。「由上的にはどういう状態が“モテ”なの?」
「えぇ? それはさぁ……」
 言葉を切った由上さんの周囲にいる数名の女子たちが聞き耳を立てているのがわかる。私にもわかるくらいだということは、由上さんにも伝わったみたい。
「……ないしょ」
 ふいと顔を逸らして、それきり黙ってしまった。
 聞いた冨谷くんも周りで聞いていた私たちもそれ以上は追及できない。
「内緒かー」
「そ、ないしょっ」
 冨谷くんと横野くんが顔を見合わせて肩をすくめた。私も初音ちゃんを見たら、初音ちゃんはなにか知っているような顔で少し笑ってた。
 ほどなくして予鈴が鳴って、その会話はそれきりになってしまった。
 由上さんの考える“モテ”の定義は気になるけど、きっといまの状況じゃないんだろうな、ということはわかる。たくさんの人に好かれることがそうじゃないのなら……なんだろう。
 モテたいと思ったことないからわかんないや。
 授業を受けてたらそんな話をしてたことも忘れてしまった。
 ただひとつ。もしいまの状況が好ましくないのだとしたら、それってけっこう、大変そう、って思ったことだけがずっと残った。

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