【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.19

 初日の最難関である自己紹介も無事 (?)こなして、ざわめくクラスメイトの声を聞きながら帰り支度を始める。授業は明日からで、今日はもう下校できる。
 いつもより全然早いし、帰りにどこかへ寄ろうか。でも図書室は開いてないからなぁ。地元の書店……あーでも今月読みたいシリーズものの新刊出るから節約しないと……。
 一人でウーンと悩んでいたら、少し遠くから枚方さんの声が聞こえた。雲ひとつない青空のように透明で良く通る声が、由上さんを呼ぶ。
「由上くーん」
「なにー?」
「今日このあと三咲と待ち合わせしてるんだけど、一緒に来ない?」
「いいの? 行く行く」
「おっけー、三咲に連絡する」
 わー、そういうふうにさりげなく誘える関係っていいなぁ、と思いながら帰る準備をしていると
「あますぎさーん」
 透き通る声が私を呼んだ。
「はっ、はいっ」
「良かったら今日これから、一緒にお茶とかどうかな?」
「えっ……! いいんですか?」
「もちろん! 良くなかったら誘わないよ〜」
 にこやかに言って、枚方さんが口を手で覆って耳打ちの動きになる。「むさい男二人も一緒で良ければ~だけど」
 でもその声の大きさは普通で、周りにも丸聞こえだ。
「おい」
 聞き逃さなかった由上さんがツッコミを入れる。
「まぁまぁ、いーじゃん別に」枚方さんがコロコロ笑って私に向きなおった。「大丈夫かな?」
「ぜ、ぜひ」
 枚方さんの問いに首を縦にカクカク振ってうなずく。
 多分きっと絶対緊張するけど、この誘いを断るなんてダメだってわかる。“もったいない”。日本人特有らしい言葉が頭の中を駆けた。
「やった〜。じゃあ三咲を拾いに行こ〜」
 グーにした右手を斜め上に挙げて、枚方さんが歩き出した。
 私は由上さんと並んで、それに着いていく。いつもだったら人目が気になるけど、い、いいよね今日は。枚方さんも一緒だし……。
 自分に言い聞かせるように考えながら廊下を進む。なにか喋らなきゃって思えば思うほど、言葉が出てこなくなる。雑踏に紛れて目立たない静寂。居心地が悪いわけじゃないけど、由上さんに“つまらないやつ”って思われるのは悲しいなって思ってる。
 ふと思い立ったように、由上さんが少し前かがみになってこちらを見た。「ごめんね? あいつ昔から強引でさ」
「いっ、いえ。誘ってもらえて嬉しいです」
「そう?」顔を覗き込む由上さんにウンウン頷いて見せる。「ならいいけど」
 前に向き直った由上さんは、どこか安心したような嬉しげな笑みを浮かべながら、通りかかる人たちの挨拶に応えている。
 由上さんと言葉のやりとりができてとても嬉しそうな女子がたくさんいる。みんな一様に目をキラキラさせて頬は上気して、その中には同級生だけじゃなく上級生もいて、更に下級生も通りかかる由上さんに目線を奪われていて……やっぱりすごく目立つし、人目を引くし、人気者なんだなぁって、一緒に歩いていると実感する。
 私なんかが隣にいていいのかなぁ、って、どうしても気になる。考えてしまう。や、やっぱり断るべきだった……? と考えていたら
「ね」枚方さんが振り返った。視線が私を捉えている。
「はいっ」
「あますぎさんは、ソワちゃんとどうやって知り合ったの?」
「えっ、えっと……」初めて聞かれたその質問に、はっきり答えることができない。「た、立川くんを介して……かな?」
 そもそも“知り合った”といえるタイミングがいつだったのか……。私はかなり早い段階から存在や名前を知っていたし、一方的に知っていた期間が長いからなにがどうなって“知り合えた”のかが判然としない。
「へぇ、三咲やるなぁ」
 私の頭の中には気付かず、枚方さんは言葉の通りに受け止めてくれた。
「ひ、枚方さんたちは、幼馴染、なんですよね」
「そー、幼稚園のころから」答えてくれたのは由上さんだった。「途中ブランクあるけどね」
「ブランク?」
「うん。ソワちゃん小学校の途中で引っ越してさ」
「高校入るちょっと前に戻ってきたの」
「そうなんですね」
 そういえば立川くんともそんな話をしていたような……そしてそれを書き留めてた日記を春休みに読んだような……。
 三人で喋っていたら立川くんとの待ち合わせ場所である玄関付近に着いた。でも立川くんの姿は見えない。
「で、オレがいない間に二人が付き合い始めたって報告されてさ」
「っていうか、ソワちゃんが知らないだけで、私たち親が決めた許嫁だったんだよ〜。だから、結婚する前に付き合っちゃおっか~って」
「へぇ、そうなんですね」
 小説や漫画で読んだことはあるけど現実でもそういうことがあるんだなぁって感心していたら、
「……一応言っとくけど、ウソだからね?」
 由上さんが困ったような笑顔を浮かべて教えてくれた。
「あ、え? あ、そうなんですか?」
「ウソじゃないよー、冗談だよ〜」
 枚方さんがキャラッと笑う。なんだか子供みたいに楽しそうで、思わずつられて笑顔になってしまう。
「天椙さん純粋なんだから、信じちゃうから。わかりづらいウソつかないでよ」
「ごめんごめん。センセーショナルかなって思って」
「マジ変わってねぇな、そういうとこ」
「人はそんなに簡単には変われないよ~。別に欠点だとも思ってないし」
 下駄箱の片隅に陣取ってお話を続ける。
 あぁ、そう。こういうのに憧れてたの。
 もう一人の自分がいまの自分を俯瞰で見ている。その光景は、入学前に憧れていた音ノ羽学園でのヒトコマ。
 男女関係なく仲良くなって、他愛もない話をして、きゃっきゃと笑ってる。“その人たち”の中に私も混ざれてる。
 由上さんや枚方さんにとっては“普通のこと”だろうそれが、私にとっては“特別なこと”。
 やっぱりずっと緊張してるけど、それ以上に楽しいから、誘いに乗って良かったと密かに思う。
「それにしても遅いな~」
 枚方さんがスマホの画面を見て言う。
「忘れてたりしない? 既読ついてんの?」
「うん、ついてるねぇ。忘れられてたら困るけど……」
 枚方さんは言葉を止めて、ちらりと由上さんを見た。
「なに」
「学校内でソワちゃんと一緒にいると目立つから、あんまり長い時間同じとこに滞在するのイヤなんだよね~」
「イヤって言われても……」
「もーさー、子供のころはただの悪ガキだったのにさー」
「ちょっと、やめてよそういうの」
 由上さんは口をとがらせて、枚方さんの言葉をさえぎる。初めて見る、少し幼い顔。すねてるようなバツが悪そうなその顔は、いつもの爽やかでかっこいい由上さんとはちょっと違ってとても可愛く見える。
 どっちが本当の由上さんだろうって思うけど、きっと私が知らないだけで、どっちも本当の由上さんなんだろうな。
「普通の校則の学校行ってたらいまみたいに注目されてなかったんだからさ」
「それはそうだろうけど、なんでオレ説教されてんの?」
「お説教じゃなくてさぁ」
 由上さんと枚方さんのやりとりをニコニコしながら聞いていたら、遠くから見覚えのある人が歩いてきた。右手を挙げて、ゆるやかに振っている。
「あっ、やっときた!」枚方さんは頬をふくらませて、大股で立川くんに近付いていく。「もー、遅いよ~」
 その口調とは裏腹に、声は嬉しそうに弾んでいて、今朝私が体験した“犬だったら尻尾ぶんぶん振ってる”状態なのが見てわかる。
 すっごい素直で可愛いな~。私もああいう性格だったら、由上さんとの関係性も変わってたのかなぁって見とれてしまう。
 こちらに振り返った枚方さんはやっぱりとびきり嬉しそう。
 壁にもたれかかっていた身体を起こして、「三咲来たから、行こうか」由上さんが声をかけてくれる。
「はい」
 外履きに履き替えて四人で合流した。先に立川くんと枚方さん。そのあとに由上さんと私で桜並木の中を歩く。
「今年はふたりと一緒なんだね」立川くんが振り向いて問いかけてくれる。
「うん、そうなの。立川くんは別になっちゃったね」
「ねー。まぁ距離的にそんなに離れてないからいいんだけどさ」
「去年のオレみたいに、今年は三咲が遊びに来れば?」
「あ、それいいかも。昼、そうしよっかな。そしたら四人で食えんじゃんね」
「そうね」
 立川くんの提案を由上さんはさらりと承諾した。その四人って私も込みで? と聞くのははばかられてできずに、
「クラスのお友達は大丈夫なの?」なんとはなしに話をそらしてしまう。
「うん、そっちもそれなりに仲良くするし。そういえば津嶋が残念がってたよ」
「あ、津嶋くん一緒なんだ」
「うん。天椙さんと離れちゃったってしょんぼりしてた」
「そ、そうなんだ……」
「“た”と“つ”で席が前後でさ、なんか色々聞かれた」
「そうなの?」
「うん。でもそんなさ、二人きりで遊んだりしないじゃない、俺ら」
「そうだね」
「だからそんな、良く知らないよって言ったんだけどね」
「う、うん」
 由上さんはどんな顔してるかなって盗み見たら、特になんの感情もないような表情で桜を眺めながら歩いている。まぁ、そりゃそうだよね。
「もしかしたら天椙さんとこに連絡行くかもだから、とりあえず報告」
「うん、ありがとう。なにか来たらそれなりに返事しておく」
 それなりに、とか随分偉そうだなって思ったけど、由上さんに変な誤解をされたくなくてそっけない雰囲気を出してしまった。
「にしても、天椙さん来てくれるとか意外」
「う、うん。せっかく誘ってもらったから……」
「そっか。じゃあこれからはこういう機会、増えるかもね」
「えっ」
 こういうって、四人でこういう……?
「初音、ガンガンいこうぜの人だからさ。どうせ今日も無理矢理誘ったんでしょ?」
「そっ、そんなことないよ」
 立川くんに手を振って、その言葉を否定する。
「そう? ならいいけど、ダメだよあんまり、天椙さん優しいから、つけ込むようなしたら」
「ちょっとー、わたしが悪者みたいに言わないでくれる~?」
 ふくれる枚方さんに同意するように、私もウンウンうなずく。
「ほらぁ。あますぎさんも私の味方だもん」
「あんまり甘やかさないでね? 昔からガキ大将気質だからさ」
「女の子に対して失礼なんですけど」
「いてっ」
 枚方さんが振った手が立川くんの腕を捉えた。ぼふん。ブレザーが衝撃を吸収して音を立てる。そのまま何度もぼふぼふ腕を叩きながら歩を進めている。立川くんはそれを受け止めながら、同じ歩調で歩み続ける。
 なんかカワイイカップルだなぁ。なんて微笑ましく見てしまう。
 校門をくぐり、学校の敷地を出たところで
「ねー。どこ行くか決めてんの?」
 私の隣で由上さんが前の二人を見ながら言う。
「どっかファミレスかファーストフードか~。あますぎさんっておうち、どっち方面?」
 聞かれて地元駅を答えると
「あ、じゃあうちらと逆かぁ。そしたらこのあたりのお店がいいね~」
 枚方さんが辺りを見回す。
「どこでも大丈夫、です」
「うん、ありがとう」度々出てしまう私の敬語には触れず、枚方さんがニカッと笑って振り向いた。「みんなおなか減ってる?」
「まぁまぁ?」
「オレ多分、帰ったらメシになると思う」
「そっか、わたしもだな。あますぎさんは?」
「そうですね、多分私も、このあと家でお昼ご飯になると思います」
「じゃあファミレスがいっか。お茶でもご飯でもデザートでもなんでもあるし」
 いこー、と言って、枚方さんが歩きだした。
「道わかんの?」立川くんの問いに
「んー? なんとなく」枚方さんは歩みを止めずに首をかしげる。
「三咲、先導してよ」
「うん、とりあえず方向逆だから」
「あれ? そうだっけ」
 あっち、と立川くんが指をさす方向は確かに枚方さんが身体を向けているのとは逆方向だ。
 私もそんなに地理に詳しいほうじゃないけど……
「方向音痴なのに確信もって歩くから、もし今後枚方と一緒に歩くときは気を付けて」
 由上さんの言葉に、私はゆっくりうなずいた。

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