【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.15

「おはよ」
 私の朝は、挨拶から始まる。
「お、おはよっ…ございます」
 つっかえてぎこちない、微妙な返事は私のもの。返された由上ヨシカミさんは目を細め、柔らかい笑顔で「ん」と短くうなずいて、止まっていた歩みを再開する。
 私もそれに二、三歩遅れて着いていく。

 初冬になっても咲いている桜は、どこにいても埋没することはない。
 視界に入るとすぐにわかって、心臓がドキリと跳ねる。

 いつもタメ口で返そうと思ってるんだけど、いつも緊張してしまってできない。その度に由上さんは目を細め、猫みたいな顔で小さく笑う。その表情がとても可愛くて、また見たいと思ってしまう。
 もしかしたらそれを見るのが目当てで、いつまでも私の口は、由上さんに敬語を使うんじゃないかと思うほどだ。

 そういえば、いまはほぼ毎朝由上さんと顔を合わせて挨拶を交わしているけど、それってどんなキッカケだっけ? と考える。

* * *

 由上さんの地元駅は、私が使うそれより二駅分、学校に近いらしい。
 由上さんと立川くんの会話内で仕入れた情報だ。ちなみに、由上さんと立川くんが話していたのがたまたま・・・・聞こえただけで、決して盗み聞きしたわけではない。念のため。

 私とは逆方向の地域に住んでいるから電車内で会ったことはないけど、駅を出てから校舎まで続く並木道でいつのころからか顔を合わせるようになった。
 最初に挨拶をしてくれたとき、まさか自分に向けてだとは思わなくてスルーしそうになったけど、周りに人がいないことに気付いて「あ、え、あっ、おはよ、ごじゃ…ましゅ」と盛大につっかえながら間抜けな挨拶を返したのは、思い出すたびに恥ずかしくて、顔を赤らめてしまう記憶だ。
 その時の由上さんは満足そうにうなずいて「うん、おはよ」もう一度笑顔で挨拶して、校舎の中に消えていった。
 朝の最初の挨拶が由上さんで嬉しかったけど、それよりも驚きのほうが大きくてしばらくドギマギしていた。
 それまでにもお話したり一緒にお昼を過ごしていたりしてたのに、それを全部忘れてしまったかのような驚きだった。
 朝一に由上さんの姿を見るのは、私には刺激が強いみたい。多分、不意打ちみたいな感覚なんだろうけど……どうしてこうも慣れることができないのだろう。
 きっとたまたまだよね。私いつも制服だから目立ってるみたいだし、それでたまたま。
 そう思っていたのだけど、
「天椙さん、おはよ」
 昨日すぐに気付けなかった鈍い私を気遣ってか、今度は名前入りで挨拶してくれた。
「おっ、おはよぅござぃます」
 ぺこりと頭を下げてあげると、由上さんは“猫の笑顔”でうなずいて、小さく手を振って校舎内へ消えていった。
 ちょっと前までは朝に姿を見つけるのも難しかったのに、ここ数日間は示し合わせたように毎朝会えるし挨拶できてる。
 嬉しさに胸を躍らせながら靴を履き替え教室へ向かう。ドアを開けると室内は無人だった。
 出入口から一番遠い教室の奥の列、真ん中の窓際席に座る。
 新たにくじで引き当てたその席からは、校門から校舎へ入るまでの道のりを見ることができる。
 人影が少ないうちに登校してちらほら増える人通りを見るのが好きで、この席になってから早起きをするようになった。
 ここからなら毎朝ピンク色を気にしながら登校しなくても、上からすぐに見つけられそうだなっていう理由もあったんだけど……多分いまは、隣の教室にいるんじゃないかな。
 電車の到着時刻に多少の前後はあると思うけど、同じような時間に登校できるなんて、偶然とはいえ嬉しくて、おはようって言ってもらえるだけでその日一日に必要な元気や気力が湧いてくる。
 私にはそういう理由があるけど、由上さんはなんでこんな早くから来てるんだろう。部活に入ってるって話も聞かないし、誰かと待ち合わせしてる風でもない。
 私と同じように、この景色を見るため、だったらいいのになぁ、なんて思う。
 夏休み前みたいに一緒の時間を過ごすことはほとんどなくなったけど、少しの接点があるだけで嬉しい。由上さんは私の中で、そういう存在の人だ。

 ぼんやり校庭をながめていたら、教室のドアが開く音がした。
「おはよー」
「あっ、おはよう」
「今日も早いねぇ」
 笑いながら立川くんが声をかけてくれる。
「うん。もう習慣になっちゃった」
「いいじゃん。早起きすると気持ちいいよね」
「うん」
蒼和ソワもなんか、最近早起きしてるみたいでさー」
「えっ、そうなんだ」
「そー。ちょっと前まで待ち合わせして一緒に来てたんだけど、なんか急に電車早めるからって、先に来てるみたい」
「へぇ……」
 素知らぬ顔でなんとも思っていない風に相槌を打つ。でも心臓は激しく動いていて、そのドキドキの正体がなんだかよくわからないうちに……
「なんか、駅からずっと着いてきちゃうファンの人が現れたらしくてさ。それでちょっと困ってるみたくて、人があんまりいない時間なら誰かに紛れて着いてこれないだろうって……あっ、これ、みんなにはナイショね」
 立川くんが唇の前で人差し指を立てた。
「う、うん」
 あぁ、そういうこと……うっかりガッカリしてしまって、自意識過剰だと自分を戒める。それに、困っている由上さんにも失礼だし。
「人気があるのも大変なんだね……」
「ねー。あんまり過激になるようだったら先生に相談しなよーとは言ってるんだけどさー」
 少し離れた場所にある席に立川くんが座った。そのまま鞄の中身を机に移しだした。
 自分にもなにかできることはないかなって考えるけど、私が役立つことなんてきっとないだろうな。力があるわけでも説得力があるわけでもなし……。
 相談にだったらのれそうだけど……その役目はきっと立川くんが買って出てるはず。
 あれこれ考えるけど特に答えが出ないままクラスの人たちが集まってきて、いつもの学校生活が始まった。

* * *

 ■必ず挨拶してくれる

 四角を黒く塗りつぶして、チェックリストを指でなぞる。
 さっき作ったばかりのリストに、もう8個もマークが付いている。
 他にもなにかしてもらったこと、あるかなぁ……今度は逆からたどって、「あ」ある項目で指が止まった。

 あれっていつくらいのことだっけ、と毎日書いてる日記をさかのぼってみる。
(まだ学校に慣れてないころだったはずだから……)
 過去を思い返して時期を割り出し、ページをめくる。
(この日だ……)
 まだ入学したばかりのころ、由上さんとの接点があまりないころのことだ。
 その出来事は私にとっては青天の霹靂のようなことだったのを連鎖で思い出す。

* * *

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