【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト
Chapter.12
放課後、日直の仕事を終え学級日誌を届けに職員室へ行く。ドアをノックしてスライドし、
「失礼します……」
入室して相良先生を探……す前に、ピンク色が視界に入って心臓が跳ねた。
由上さんが自クラスの担任・茅ヶ崎先生と談笑してる。
「お、天椙。日誌?」
「あっ、はい」
相良先生の声で我に返り、持っていた日誌を渡した。
「大丈夫そうか? 応援団」
「はい……多分」
今日このあと、駅前のファストフード店で団員全員が集まって打ち合わせをすることになってる。大丈夫かはまだわからないけど、大丈夫にするしかない。
「困ったことがあったらすぐ先生に相談な。どうしても無理だったり嫌だったりしたら、誰かと交代してもいいから」
「ありがとうございます。もう少し、自分で頑張ってみます。それで無理なら、お願いするかもしれません……」
「ん、そうか。わかった。日誌ありがとな。気を付けて下校して」
「はい、ありがとうございます」
先生に頭を下げて職員室を出る。ドアを閉めようと振り向いたら、由上さんがこちらを見ていた。
手を挙げて、大きく振る。その相手は私だ。
(わっ、わっ)
驚きつつ微笑みを浮かべて小さく手を振り返すと、由上さんがニコォと笑った。近くに座る茅ヶ崎先生がニヤニヤその光景をながめている。
お辞儀をしてドアを閉めて、顔が熱くなっているのに気付く。
由上さん、その動作と笑顔は反則です……。
ほこほこ上気する頬を手の甲で押さえながらバッグを取りに教室に戻ると
「おっ、来た」
津嶋くんをはじめとした、応援団のメンバーがそろって待っていた。
「えっ、先にモック行くって……」
「いやぁ、津嶋が一緒に行くってうるさくてさぁ」
「オマエそういうの言うのヤメロって」
「いいじゃん、いずれ言うんだろ」
「だからさぁ!」
主語がなくて謎の会話を聞きながら、急いで帰り支度をした。
「お、お待たせしました……?」
「うん。待ってる間にみんなで色々考えてたんだけどさ」
言いながら津嶋くんが先導して教室を出た。あとに続いて私、そしてほかのメンバー。
教室を出たところで、由上さんと遭遇する。きっと職員室から戻ってきたのだろう。
何故かとても気まずくなって、目線を外して会釈した。由上さんも小さく頭を下げて、ふと目線を外す。その表情に少し陰りが見えた。
でもそれは一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻って男子たちに挨拶をする。みんなも多少交流があるのか、親し気に二言三言会話して手を振りあう。
少し廊下を進んだところで、
「あー、そわやっと来た~!」
背後から女子たちの声がした。
「いや、待っててなんて言ってないけど」
「えー、シオなんだけど~」
きゃっきゃと盛り上がる声を背中に、階段をおりる。
なんだろう。私だって同じようなシチュエーションにおかれているのに、何故だか胸のあたりがモヤモヤする。
ヤキモチ……?
持っても仕方のない感情の名を思い浮かべる。
だから、そういうのじゃないんだって。浮かんだ四文字を打ち消していたら、
「ソワ様あいかわらず女子人気すげぇな」
後ろを歩く北条くんがぽつりとつぶやいた。
「なー、俺もあんなふうに女子に囲まれてぇ」
「わかるー。一生に一度はあのくらいモテたいよなー」
桐生くんと星野くんがそのつぶやきに賛同して、笑いながら言った。
「そういうものですか」
「男子はみんなそう思うんじゃね? なぁ」
三河くんが津嶋くんに同意を求めるけど、津嶋くんはつまらなさそうな顔をして「誰からでもいいってわけじゃないけどな」そっけなく答えた。
「なに、どしたのお前」普段から良く一緒にいる北条くんが津嶋くんをいぶかしがった。
「別に、なんもねーけど」
なんでもないにしては態度が違いすぎだけど……。
少し心配になって顔をのぞきこむと、津嶋くんは気まずそうに顔をそらし、口をとがらせた。
「いねーやつのことはいいじゃん。腹減ったし、早く行こうぜ」
みんなをうながして、足早に下駄箱に向かう。
男子四人はそれぞれ顔を見合わせて、首をかしげたり肩をすくめたりしている。
理由がわからない私も首をかしげるけど、津嶋くんはもう靴を履き替えて私たちを待っていた。
六人で雑談しているうちに津嶋くんの機嫌も戻ったみたいで、目的地に着くころには笑顔が戻っていた。
駅近くのファストフード店、二階の一角を陣取ってハンバーガーやサイドメニューを食べながら、応援団の演目や衣装について話し合った。
意見の食い違いもあったけど、全員集まったおかげで各々の考えややりたいことがわかった。それぞれのアイデアを組み込みながら、演目の内容を決める。
「応援団って言ったらやっぱ学ランっしょ」
漫画で読んで密かに憧れていたらしい三河くんの提案で、みんなで学ランを着ることになった。
男子たちは全員、中学のころの制服があるらしいけど、私は誰かに借りるあてもなく少し困る。
不安そうにしていた私に、予備があるからと津嶋くんが中学時代の制服を貸してくれることになった。
へーとかほーとか言いながら、ほかの四人がニヤニヤしだす。
「今度持ってくっから」
「うん、ありがとう」
四人は津嶋くんをニヤニヤ眺めながら指をさしたり冷やかすそぶりを見せた。それをいなすように津嶋くんは手元の紙ナプキンを丸めたものを投げつけたりしてる。
なんだか良くわからないけど、楽しそうだし、団結できたのはいいことだ。と思う。た、多分。
それから毎日、体育館や屋上の一角を借りて練習をした。
都度修正を加えながら出来上がっていく演目は、不安を自信に変えてくれる。
最初のころはすぐに喉が枯れていたけど、練習していくうちに発声の仕方もわかってきた。これならきっと、いい線いくんじゃないだろうか。
練習期間が終わりに近付くにつれ、みんなが同じ思いを抱くようになった。
最初はたどたどしかった私の指導も、津嶋くんのフォローのおかげでサマになってきたみたい。
練習をしていくうちについた自信は、日常生活にも影響を及ぼす。入学から半年近く経ってやっと。自分からクラスメイトに挨拶したり、話しかけたりできるようになったのは、その内のひとつ。
「天椙は最近、明るくなってきたな」
応援団の進捗を報告したら、相良先生が嬉しそうにしてくれた。入学当初からなにかと気にかけてくれていたらしい。
うん、そうだよね。仲のいいコもしばらくいなかったし……いや、いまも特にはいないんだけど……。
人付き合いに慣れていないせいでたまに空回りすることもあるけど、まぁそれは仕方ないと思って次回修正できるように気を付けた。
休日は津嶋くんに誘われて、遊びに行ったりもしてる。ママとおねーちゃんはデートだって言うけど、デートって、好きな人同士が遊びに行くことなんじゃないかな……。だからこれは、普通の“おでかけ”。
とはいえ、一応身なりには気を遣ってはいる。デートではないけどね。
初めてできた男子の友達とのお出かけは、自分にはない考え方とか遊び方とかが知れて面白い。
帰りには結局応援団の演目について話したりして、津嶋くんって思ってたより真面目だな~なんて、印象が変わったりもした。
くじを引いたときに恨んだ神様に、いまは感謝してるくらい、そのくらい毎日が楽しくて充実してて、自分でも実感するくらい明るくなれた。
やっぱり音ノ羽を選んで良かった。心の底からそう思えた。
そして、あっという間に本番当日――。
雲一つない晴天の中、体育祭が始まった。鼓動は早くて緊張もしてるけど、嫌な気持ちはない。
応援団のメンバーはもう“仲間”で、私はもう独りじゃない。練習もいっぱいしてきたし、だから絶対、大丈夫。
むしろ運動が得意でない私は競技のほうが心配だったから、その出番が終わってしまったいまはどちらかというと程よい緊張をいだいてるレベル。
「きゃー!」
自クラスのスペースで待機していたら、女子の歓声が聞こえた。
見れば由上さんがグラウンドに立っている。どうやらリレーのアンカーを務めるらしい。
(やっぱりすごい人気……)
本当は自分のクラスを応援すべきなんだろうけど、やっぱり由上さんに勝ってほしいと思ってしまう。
パァン!
スタートの合図が鳴って、一斉に走り出した。
第一走者がトラックを回る。最初は少しだった差が、第二走者、第三走者にバトンが渡るにつれ徐々に開きだした。
声には出せない声援を頭の中いっぱいにこだまさせながら、走者を目で追う。
由上さんのクラスは3位のまま、アンカーの由上さんにバトンが回った。どのクラスも速い人が集まっているから、そこから巻き返すのはさすがに難しいんじゃないかと……思ったのも束の間、女子たちの黄色い声援の中、由上さんはどんどん順位をあげて先頭で走っていたうちのクラスのアンカーを追い抜いた。
きゃー、と、おー、と、あぁー、が入り混じった声が周囲から聞こえる。
女子と男子の反応がほぼ真逆で、対比がすごい。
私は、どちらでもない「おー」派閥。憧れとか尊敬とか通り越して、感心してしまう。
由上さんはそのまま先頭でゴールテープを切った。
うちのクラスは惜しくも2位。バトン運びが悪かったとか誰かが足を引っ張ったとかじゃない。由上さんが強すぎた。
黄色い声援は同級生からも上級生からも飛んできていて、由上さんの人気度を目の当たりにしている気分。
当の由上さんは嬉しそうに笑って、一緒にリレーに出ていた生徒たちと談笑しつつ、一位の場所に佇んでいる。
やっぱりすごいなぁ、スターだなぁ……。
自分でもわかるくらい笑みを広げながらその光景を見ていたら、
「天椙、そろそろ」
津嶋くんに声をかけられた。
「あ、うん」
危ない危ない、一瞬忘れてた。
今回の私のメイン種目準備のために移動する。
(私も頑張ろう……)
よし、と小さくこぶしを握って、頭に鉢巻を巻いた。
放送委員が私たちの名前を読み上げる。
『団長、天椙、光依那さん』
私の名前が校内に響く。
大丈夫、みんな私のことなんて知らない。と思っていたんだけど、なんだか「あの地味な」とか「似合わねー」とか「大丈夫なのw」とか聞こえてくる。
入学式以来ずっと制服を着ているのが、かえって目立っていたらしい。
でもいい、気にしない。眼鏡がないから周りの人は見えないし、校庭の中央に行けばその声も聞こえなくなる。
頑張っていたからか、応援団のみんなのおかげか、クラスメイトにはだいぶ協力してもらえるようになった。先生もいつも気にかけてくれた。だから。
応援してくれた人たちに、期待してくれている人たちに感謝の気持ちを伝えるために、お腹に力を入れて、ありったけの声を吐きだした。
* * *
「失礼します……」
入室して相良先生を探……す前に、ピンク色が視界に入って心臓が跳ねた。
由上さんが自クラスの担任・茅ヶ崎先生と談笑してる。
「お、天椙。日誌?」
「あっ、はい」
相良先生の声で我に返り、持っていた日誌を渡した。
「大丈夫そうか? 応援団」
「はい……多分」
今日このあと、駅前のファストフード店で団員全員が集まって打ち合わせをすることになってる。大丈夫かはまだわからないけど、大丈夫にするしかない。
「困ったことがあったらすぐ先生に相談な。どうしても無理だったり嫌だったりしたら、誰かと交代してもいいから」
「ありがとうございます。もう少し、自分で頑張ってみます。それで無理なら、お願いするかもしれません……」
「ん、そうか。わかった。日誌ありがとな。気を付けて下校して」
「はい、ありがとうございます」
先生に頭を下げて職員室を出る。ドアを閉めようと振り向いたら、由上さんがこちらを見ていた。
手を挙げて、大きく振る。その相手は私だ。
(わっ、わっ)
驚きつつ微笑みを浮かべて小さく手を振り返すと、由上さんがニコォと笑った。近くに座る茅ヶ崎先生がニヤニヤその光景をながめている。
お辞儀をしてドアを閉めて、顔が熱くなっているのに気付く。
由上さん、その動作と笑顔は反則です……。
ほこほこ上気する頬を手の甲で押さえながらバッグを取りに教室に戻ると
「おっ、来た」
津嶋くんをはじめとした、応援団のメンバーがそろって待っていた。
「えっ、先にモック行くって……」
「いやぁ、津嶋が一緒に行くってうるさくてさぁ」
「オマエそういうの言うのヤメロって」
「いいじゃん、いずれ言うんだろ」
「だからさぁ!」
主語がなくて謎の会話を聞きながら、急いで帰り支度をした。
「お、お待たせしました……?」
「うん。待ってる間にみんなで色々考えてたんだけどさ」
言いながら津嶋くんが先導して教室を出た。あとに続いて私、そしてほかのメンバー。
教室を出たところで、由上さんと遭遇する。きっと職員室から戻ってきたのだろう。
何故かとても気まずくなって、目線を外して会釈した。由上さんも小さく頭を下げて、ふと目線を外す。その表情に少し陰りが見えた。
でもそれは一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻って男子たちに挨拶をする。みんなも多少交流があるのか、親し気に二言三言会話して手を振りあう。
少し廊下を進んだところで、
「あー、そわやっと来た~!」
背後から女子たちの声がした。
「いや、待っててなんて言ってないけど」
「えー、シオなんだけど~」
きゃっきゃと盛り上がる声を背中に、階段をおりる。
なんだろう。私だって同じようなシチュエーションにおかれているのに、何故だか胸のあたりがモヤモヤする。
ヤキモチ……?
持っても仕方のない感情の名を思い浮かべる。
だから、そういうのじゃないんだって。浮かんだ四文字を打ち消していたら、
「ソワ様あいかわらず女子人気すげぇな」
後ろを歩く北条くんがぽつりとつぶやいた。
「なー、俺もあんなふうに女子に囲まれてぇ」
「わかるー。一生に一度はあのくらいモテたいよなー」
桐生くんと星野くんがそのつぶやきに賛同して、笑いながら言った。
「そういうものですか」
「男子はみんなそう思うんじゃね? なぁ」
三河くんが津嶋くんに同意を求めるけど、津嶋くんはつまらなさそうな顔をして「誰からでもいいってわけじゃないけどな」そっけなく答えた。
「なに、どしたのお前」普段から良く一緒にいる北条くんが津嶋くんをいぶかしがった。
「別に、なんもねーけど」
なんでもないにしては態度が違いすぎだけど……。
少し心配になって顔をのぞきこむと、津嶋くんは気まずそうに顔をそらし、口をとがらせた。
「いねーやつのことはいいじゃん。腹減ったし、早く行こうぜ」
みんなをうながして、足早に下駄箱に向かう。
男子四人はそれぞれ顔を見合わせて、首をかしげたり肩をすくめたりしている。
理由がわからない私も首をかしげるけど、津嶋くんはもう靴を履き替えて私たちを待っていた。
六人で雑談しているうちに津嶋くんの機嫌も戻ったみたいで、目的地に着くころには笑顔が戻っていた。
駅近くのファストフード店、二階の一角を陣取ってハンバーガーやサイドメニューを食べながら、応援団の演目や衣装について話し合った。
意見の食い違いもあったけど、全員集まったおかげで各々の考えややりたいことがわかった。それぞれのアイデアを組み込みながら、演目の内容を決める。
「応援団って言ったらやっぱ学ランっしょ」
漫画で読んで密かに憧れていたらしい三河くんの提案で、みんなで学ランを着ることになった。
男子たちは全員、中学のころの制服があるらしいけど、私は誰かに借りるあてもなく少し困る。
不安そうにしていた私に、予備があるからと津嶋くんが中学時代の制服を貸してくれることになった。
へーとかほーとか言いながら、ほかの四人がニヤニヤしだす。
「今度持ってくっから」
「うん、ありがとう」
四人は津嶋くんをニヤニヤ眺めながら指をさしたり冷やかすそぶりを見せた。それをいなすように津嶋くんは手元の紙ナプキンを丸めたものを投げつけたりしてる。
なんだか良くわからないけど、楽しそうだし、団結できたのはいいことだ。と思う。た、多分。
それから毎日、体育館や屋上の一角を借りて練習をした。
都度修正を加えながら出来上がっていく演目は、不安を自信に変えてくれる。
最初のころはすぐに喉が枯れていたけど、練習していくうちに発声の仕方もわかってきた。これならきっと、いい線いくんじゃないだろうか。
練習期間が終わりに近付くにつれ、みんなが同じ思いを抱くようになった。
最初はたどたどしかった私の指導も、津嶋くんのフォローのおかげでサマになってきたみたい。
練習をしていくうちについた自信は、日常生活にも影響を及ぼす。入学から半年近く経ってやっと。自分からクラスメイトに挨拶したり、話しかけたりできるようになったのは、その内のひとつ。
「天椙は最近、明るくなってきたな」
応援団の進捗を報告したら、相良先生が嬉しそうにしてくれた。入学当初からなにかと気にかけてくれていたらしい。
うん、そうだよね。仲のいいコもしばらくいなかったし……いや、いまも特にはいないんだけど……。
人付き合いに慣れていないせいでたまに空回りすることもあるけど、まぁそれは仕方ないと思って次回修正できるように気を付けた。
休日は津嶋くんに誘われて、遊びに行ったりもしてる。ママとおねーちゃんはデートだって言うけど、デートって、好きな人同士が遊びに行くことなんじゃないかな……。だからこれは、普通の“おでかけ”。
とはいえ、一応身なりには気を遣ってはいる。デートではないけどね。
初めてできた男子の友達とのお出かけは、自分にはない考え方とか遊び方とかが知れて面白い。
帰りには結局応援団の演目について話したりして、津嶋くんって思ってたより真面目だな~なんて、印象が変わったりもした。
くじを引いたときに恨んだ神様に、いまは感謝してるくらい、そのくらい毎日が楽しくて充実してて、自分でも実感するくらい明るくなれた。
やっぱり音ノ羽を選んで良かった。心の底からそう思えた。
そして、あっという間に本番当日――。
雲一つない晴天の中、体育祭が始まった。鼓動は早くて緊張もしてるけど、嫌な気持ちはない。
応援団のメンバーはもう“仲間”で、私はもう独りじゃない。練習もいっぱいしてきたし、だから絶対、大丈夫。
むしろ運動が得意でない私は競技のほうが心配だったから、その出番が終わってしまったいまはどちらかというと程よい緊張をいだいてるレベル。
「きゃー!」
自クラスのスペースで待機していたら、女子の歓声が聞こえた。
見れば由上さんがグラウンドに立っている。どうやらリレーのアンカーを務めるらしい。
(やっぱりすごい人気……)
本当は自分のクラスを応援すべきなんだろうけど、やっぱり由上さんに勝ってほしいと思ってしまう。
パァン!
スタートの合図が鳴って、一斉に走り出した。
第一走者がトラックを回る。最初は少しだった差が、第二走者、第三走者にバトンが渡るにつれ徐々に開きだした。
声には出せない声援を頭の中いっぱいにこだまさせながら、走者を目で追う。
由上さんのクラスは3位のまま、アンカーの由上さんにバトンが回った。どのクラスも速い人が集まっているから、そこから巻き返すのはさすがに難しいんじゃないかと……思ったのも束の間、女子たちの黄色い声援の中、由上さんはどんどん順位をあげて先頭で走っていたうちのクラスのアンカーを追い抜いた。
きゃー、と、おー、と、あぁー、が入り混じった声が周囲から聞こえる。
女子と男子の反応がほぼ真逆で、対比がすごい。
私は、どちらでもない「おー」派閥。憧れとか尊敬とか通り越して、感心してしまう。
由上さんはそのまま先頭でゴールテープを切った。
うちのクラスは惜しくも2位。バトン運びが悪かったとか誰かが足を引っ張ったとかじゃない。由上さんが強すぎた。
黄色い声援は同級生からも上級生からも飛んできていて、由上さんの人気度を目の当たりにしている気分。
当の由上さんは嬉しそうに笑って、一緒にリレーに出ていた生徒たちと談笑しつつ、一位の場所に佇んでいる。
やっぱりすごいなぁ、スターだなぁ……。
自分でもわかるくらい笑みを広げながらその光景を見ていたら、
「天椙、そろそろ」
津嶋くんに声をかけられた。
「あ、うん」
危ない危ない、一瞬忘れてた。
今回の私のメイン種目準備のために移動する。
(私も頑張ろう……)
よし、と小さくこぶしを握って、頭に鉢巻を巻いた。
放送委員が私たちの名前を読み上げる。
『団長、天椙、光依那さん』
私の名前が校内に響く。
大丈夫、みんな私のことなんて知らない。と思っていたんだけど、なんだか「あの地味な」とか「似合わねー」とか「大丈夫なのw」とか聞こえてくる。
入学式以来ずっと制服を着ているのが、かえって目立っていたらしい。
でもいい、気にしない。眼鏡がないから周りの人は見えないし、校庭の中央に行けばその声も聞こえなくなる。
頑張っていたからか、応援団のみんなのおかげか、クラスメイトにはだいぶ協力してもらえるようになった。先生もいつも気にかけてくれた。だから。
応援してくれた人たちに、期待してくれている人たちに感謝の気持ちを伝えるために、お腹に力を入れて、ありったけの声を吐きだした。
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