【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.4

 入学して一か月後、待望の席替えがあった。
 白板に書かれた座席表、ランダムに振られた数字と、くじで引いた数字が合致してたらその席がしばらくの間自分の陣地になる。
 男女関係なく入り混じっているのは担任・相良サガラ先生の意向。
 各自が自分の名前を書いた紙を箱に入れる。その紙を先生が引いて、席決めの順番が決まる。ゲーム性の高い席替えルールに、クラスメイトは一喜一憂。それはまるで一大イベントのようだった。
 そういえば最初の自己紹介のとき、「俺は面白いことが大好きだから、よほど羽目を外さない限りは叱ったりしない。だからみんなそれぞれで自制するんだぞ。音ノ羽うちの校則がゆるいのは、生徒の自立心、自制心を養うためのもの。踏み外しそうになったら修正や手助けはするけど、最終的には自分でなんとかできるように育ってほしいと思ってる」なんて言ってた。
 ちょっとした出来事がイベントになるのは、そういう考えが根本にあるからみたい。
 そういう先生がいるのも音ノ羽っぽい、なんてぼんやり考えてたら、私の名前が呼ばれた。返事をして前に出て、番号抽選箱に手を入れる。できればいまと真逆の席がいいなぁ、と思いながらガサガサ探って一枚取り出した。
「はい、天椙アマスギは何番だ?」
 白板に向かう相良先生。すでに座る人が決まった席には名前が追加されている。お目当ての番号はまだ無人。
 そっと紙を開いて見て「わ」と思わず声が出る。番号を伝えると、教室の中から何人かの落胆の声が聞こえた。
「お、天椙くじ運いいな~」
 カツカツ音を立てて、相良先生が白板に名前を書き入れる。番号は【8】。
 教室奥の窓際、最後列。いわゆる【青春席】は、私が密かに望んでいた場所。誰だって一度はこの席に座りたいと思うはず。
「いいなー」「あますぎ、席変わってよ~」「狙ってたのに~」そんな声にエヘヘと照れ笑いを浮かべ、いまの席に戻る。

 かくして、私は念願の座席に着くことができた。のだけど――。

 昼休みの終わりを予告するチャイムが鳴るとホッとする。独りでいることが目立たなくなるからだ。
 サンドイッチの外装と紙パック飲料のゴミが入ったコンビニ袋の口を縛って、立ち上がる。

 ――こんなはずじゃなかった――

 五月晴さつきばれの空を見上げて苦笑する。
 そんな風に思うなら、もっと努力すればいい。思うだけは簡単だけど、行動に移すのは難しい。

 ただ歩くだけだったら簡単なのにな……。屋上から校舎内に入って移動しながら考える。

 高校生になったってだけで自動的に垢抜けたりなんてしない。中学のときと同じように過ごしてたら、同じような三年間が待ってるだけなんだ。
 自分を変えたくて選んだ学校とこなんだから、もっと活用しないと。
『だからフツーの公立校にしとけば良かったじゃん』
 ママとおねーちゃんの声が聞こえた気がした。
 自分の妄想に思わず顔をしかめ、幻聴はゴミと一緒にゴミ箱に捨てた。
 明るくて人に好かれる二人には私の気持ちなんてわかんないし、わかろうとしてくれたこともない。
 私がおねーちゃんみたいだったら由上ヨシカミさんとも仲良くなれてたのかな……。
 いつも何人かで会話している中に、空想で混ざってみる。
 おねーちゃんの容姿ならしっくりくるけど、私じゃ……。
 ウツウツと考えていたら教室に着いていた。
 はぁ。
 ため息をついて自分の席に座る。ん? なんだか暖かい……。不在の間に誰かが座ってたらしい。
 なんだか少しだけ気恥ずかしくなって、モゾモゾ動く。
「あ、ごめん。そこ、俺のツレがさっきまで座ってた」
 隣席の立川くんが教えてくれる。
「そうなんだ。全然。大丈夫だよ」
「ごめんね。その席が落ち着くらしくて」
「わかる」
 立川くんと二人でにやりと笑う。
 くじ引きで引き当てたこの席は、いまの私にとって“特等席”だった。
 右隣の席に座る立川くんは入学以来、なぜかずっと話しかけてきてくれて、人見知りな私でも緊張しないで会話ができる唯一の男子。ありがたや。
 さっきまで座っていたという立川くんの“ツレ”が誰だか気になったけど、授業開始のチャイムが鳴って聞けないまま五時間目になってしまった。
 だから(まぁいいや、きっと別のクラスにいるらしいカノジョさんだろう)と結論付けて、それですっかり忘れていた。

* * *

 座面の、残り香ならぬ残り体温を感じること数日。
 四時間目の科学の授業が終わるとクラスメイトたちは手早く教材を片付け、仲良し同士連れ立って移動教室を出て食堂や購買へ散って行った。
 私はといえば、誰かとどこかへ行くあてもなく、昼食も通学途中に寄ったパン屋さんで買ってきているしで、教室へ直帰する。
 窓の外を見ると、朝は晴れていたのに傘が必要なくらいの雨が降っていた。いつも行ってる屋上の選択肢が消える。食堂はきっと混んでいるし、ほかにどこかあるかなぁ……なんて考えながら、教材を抱えて教室に入る…と、そこには――
「!!」
(よ、よ、由上さん……!)
 思わず目を覆ってしまいそうになるほど神々しいオーラをまとった“ピンク髪の王子”だった。
 ファンの上級生が陰で呼び始めて女子の間に広がった通称を、きっと由上さん本人は知らないだろうけど、その“王子”様が私の席に座っている。
 えっ、えっ、どうしよう。
 戻る場所を失って少しオロオロしつつ、とりあえず教室後方にある荷物入れに教材を片付けていると
「ちょっと蒼和ソワ、そこ移動してよ。席主せきぬしさん帰ってきた」
「ん? あ、ごめんね?」
 由上さんは立ち上がり、喋っていた立川くんの前の席に移る。
「あっ、すっ、すみません……」ありがとうございます、を口の中でごにょごにょ唱えながら席に着く。いつもの残り体温がスカート越しに伝わってくる。
 由上さんの温度だったんだ、とわかった瞬間、座面に付いた部分からブワワーッと熱が沸き上がってくる。
(あぁ……いまきっと、私カオ真っ赤だ……)
 気にしてるのは自分だけだろうけど、やっぱり恥ずかしい……。
 はわはわしつつ腕時計を見る。早くお昼ご飯を食べないと休み時間が終わってしまうと、また別の意味ではわはわする。
 さっきまで空腹を感じていたのにあまり食欲がなくなってしまったのは、きっと緊張のせい。
 美術の授業のとき、隣同士で座れたのは初回の一回だけで、その時は隣だったし横を向くわけにもいかなくて、ただ気配を感じていただけだった。
 その後も週一回は一緒になるけど、こんなに近くで対峙したのは初めて。つい横目でチラチラ見てしまう。
 うわぁ、やっぱりかっこいいなぁ……。自分の席にこそこそ戻る私とはすごい違い。なんだか自信に満ち溢れているというか、キラキラ輝いて見える。
 由上さんと立川くんはお喋りしながら昼ご飯を食べている。あとから教室に戻ってきた数人のクラスメイトも、同じように誰かと会話しながら昼食をとっている。
 私もやっと動き出して、机の横にかけていたカバンから紙袋を取り出して、一緒に出したウェットティッシュで手を拭いた。
 いただきます。小さく言いつつ手を合わせて頭をさげる。
 紙袋から総菜パンを出して、包み紙のフィルムをはがして一口かじる。
 んん、美味おいし。
 大好きなパン屋さん・コマゴメベーカリーの今月の新作“オニオングラタンスープパン”は、噛んでいくとゼリー状のスープが口の中で溶けて、バゲットに沁みこむ。口の中にも液体がじゅわ~と広がって、うっかりしたらこぼれてしまいそう。
 これはまたリピートしようと決める。
 ふと見た窓の外は、まだシトシトと雨が降り続けている。
 ありがとう雨。残り体温の謎が解けたうえに、大きな喜びになりました。
 パンと一緒に幸せを噛みしめながら校庭を眺めていると、
「旨そうに食べるね」
 右斜め前の席から声が飛んできた。
「んぅっ」
 声の方向を見ると、そこにいるのはもちろん由上さんで。
「ふぁい。おいひいでふ」
 バゲッド生地が入ったままの口で返答したら、なんともまぬけな口語になった。
 由上さんは目を細めて微笑んで
「どこのやつ? 今度オレも買ってみようかな」
 なんて優しい言葉をかけてくださる。
「こ、こちらの、パン屋さんでござ…です」
 丁寧語を使いそうになって慌てて直したら、またも変な日本語になってしまった。話し慣れてる立川くんは可笑おかしそうに声を殺して笑ってる。
 あぁもうサイアク、恥ずかしい。
 顔から火が出る思いでいると、
「へぇ。どの辺にあるの?」
 差し出した紙袋を見つめて、由上さんが再質問してくれた。
「えと……」もぐもぐごくん。口の中をカラにして、学校の最寄り駅名を口にする。今度はきちんと喋れてる。「東口の改札を出たすぐのところに、コンビニがあるのわかりますか?」
「うん、信号のとこ」
「はい。そことファミレスの間にある道に入って5分くらい歩くと、左手にあるんです」
「へぇ~、学校とは反対方向だ」
「はい。ちょっと裏道なので、見つけにくいんですけど」
「穴場だね。袋の写真撮っていい?」
「もちろん」
 小さく何度もうなずく私を、立川くんがニコニコ眺めているのに気付く。
 …なんか色々バレてそうでイヤだけど、立川くんにならまぁいいか…。
「いま食べてるのはなんてやつ?」
「これは今月の新作の」オニオングラタンパンです、と答えようとした私の声を
「あー! ソワじゃん! なんでいんのー?!」
 クラスカースト高めの女子がさえぎった。ヘアスタイルもメイクもバッチリ。女子度高くて可愛いな~。
「え。三咲ミサキとメシ食ってたからだけど」
 笑顔のトーンを少し落として、由上さんが答える。“三咲”というのは、立川くんのファーストネーム。下の名前で呼び合ってるんだって、ちょっぴりほっこりする。
「なにソレ、ウケるんだけど」
 女子はクスクス笑いながら、オトモダチの女子と由上さんを見つめている。
 由上さんはちらりと私を見て口を開くけど
「ねー、ウチらと一緒にゲームしよ!」
 オトモダチのほうの女子に腕を引っ張られ、無理矢理移動させられてしまった。
 空いた手を顔の前にかざして、顔をしかめながら“ごめん”と口を動かしてくれる。それが嬉しくて笑顔になって“大丈夫です”と口パクして、首を横に振る。
 廊下側の窓際の席に連れられて行った由上さんは、少し苦笑めいた表情を浮かべながら女子たちとカードゲームを始めた。
「ごめんね? 食べるの邪魔したり急にどっか行ったり」
「ううん? 由上さんは人気者だから、仕方ないよ」
 気を使ってくれた立川くんに笑いかけると、
「そっか、ありがと」
 立川くんも少し困ったように笑う。女子たちは立川くんの名前も呼んで呼び寄せたから
「また今度、ゆっくりね」
 言い残して立川くんも廊下側の席に移動した。
 見送ってから、手の中に残ったパンをかじる。
 さっきより美味しく感じるのは、きっと由上さんが気にしてくれたから。
 窓の外はまだ雨だけど、とても幸せな気持ち。
 だから、もう少しお話ししたかったな、なんて贅沢なことは思っちゃダメなんだ。少しでも気にかけてくれて、声をかけてくれただけで、それだけでもう充分。
 今日の出来事はつぶさに日記に書き留めておこう。
 一人でうんうんうなずきながら、オニオングラタンパンをたいらげた。

* * *

 そうだそうだ。
 約一年前の日記を読み返して、鮮明に思い出した。面倒くさがらずに日記を書き続けてくれてありがとう、過去の私。

 早速、さっき追加したばかりのチェックリストを開いた。

 ■気遣ってくれる

 行に書かれた項目の□を黒く塗りつぶす。
(えへへ)
 初めての黒い四角がなんだかまぶしい。

 新学期まではもう少し。
 新たな目標を立てるために、過去の日記をもう少し読み返してみることにした。

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