箱庭の魔王様は最強無敵でバトル好きだけど配下の力で破滅の勇者を倒したい!

ヒィッツカラルド

48・内輪揉め

あれから三日が過ぎた。

いよいよキングが九名の志願者と共にリザードマンの集落に挑む日である。

俺は城下町ソドムの食堂で朝食を済ませると、キルルと一緒にキングたちが待っている広場を目指した。

町の中央広場に俺が到着すると、大勢の住人たちが既に待っていた。

中央広場にはキングと九名の志願兵たちが並んで待っている。

だが、その志願兵の顔ぶれは、すべてがコボルトたちであった。

ホブゴブリンどころかゴブリンすら混ざっていない。

オールコボルトなのだ。

そして、先頭に立っているキングに猪豚組の若頭であるアビゲイルがヒステリックに詰め寄っていた。

「これはどういうことだ、キング殿。説明を願う!!」

独眼の豚鼻美女のアビゲイルは露出度の高いプレートメイルを着込みカイトシールドを背負っていた。

腰には愛用のバトルアックスを下げている。

そして、スラリと延びた生足が健康的で美しい。

その怒鳴る様子のアビゲイルの背後には猪豚組の組長であるルートリッヒが凛々しくたっていた。

赤いマントで筋肉と体毛で覆われているだろう巨漢を隠している。

理由は分からないがコボルトとオークは言い争っているようだった。

俺は少し離れた場所からキングとアビゲイルの様子を伺う。

直立で立ち尽くすキングに対して激昂するアビゲイルが何やらクレームをつけている様子であった。

「何故に我々猪豚組が同行できぬのだ。答えよ、キング殿!」

怒鳴り迫るアビゲイルの気迫は相当だったが、キングは押されること無く冷静に対処していた。

「すまない、今回はエリク様が視察なされる作戦だ。なので今回ばかりは遠慮して頂きたい」

凛としたキングはアビゲイルの気迫に怯えるどころか押される素振りすらない。

凛々しく気迫を押し留めていた。

更にアビゲイルが怒鳴る。

「魔王様が視察なされる。だからこそ我々猪豚組も同行を求めているのだ。貴様らコボルトたちだけに戦果を取られてたまるか!!」

功績の奪い合いが喧嘩の理由のようだ。

キングが直立のまま言う。

「だからこそ今回は猪豚組には引いてもらいたい」

「ふざけるな、犬野郎が!!」

あらら、この豚娘ったら本音を口ばしったよ。

両者が言い争うなかで、組長のルートリッヒはアビゲイルの背後で黙って見ている。

どうやらこの場は若頭に任せているようだ。

だが、ルートリッヒも凄い眼光でキングを睨み付けていた。

その眼光は、今にも噛みつきそうな魔獣の相貌にも見て取れた。

かなり苛立っているのが分かる。

するとキルルが俺に話し掛けてきた。

『ま、魔王様……。お二方は何を揉めているのでしょうか……』

「知らん。でも、面白そうだから、もうしばらく見ていよう」

俺は野次馬たちに混ざりながら、ことの成り行きを見守った。

なんだか面白そうだからだ。

すると額に複数の血管を浮かべたアビゲイルがキングの襟首を掴もうと手を伸ばした。

暴力に訴えるつもりだ。

しかし、アビゲイルの手はキングの襟首を掴めない。

キングが内から外に小さく腕を回してアビゲイルの手を払いのけたのだ。

空手などで見られる廻し受けのように見えた。

腕を払われたアビゲイルの表情が更に赤く沸騰する。

怒りが頂点に達したのが分かった。

「きっ、貴様っ!!!」

激昂したアビゲイルがキングに殴り掛かったのだ。

大振りのフックだった。

だが、キングは顎を引きながら背を反らしてパンチを躱す。

アビゲイルのフックがキングの眼前で空振った。

「お、おのれ……!」

今度はストレートパンチを繰り出すアビゲイル。

だが、キングは頭を横に反らしてパンチを躱す。

アビゲイルは怒りに任せて拳を乱射した。

「おのれ、おのれ、おのれ!!」

フック、ストレート、アッパー、ボディーブローと連打が続く。

だが、撃てども撃てどもキングに拳は当たらない。

冷静なキングにすべてが弾かれたり躱されたりといなされる。

鮮血の契約で強化されたはずのアビゲイルが子供扱いされていた。

明らかにキングが以前より強くなっているのだろう。

「この犬野郎がぁぁあああ!!!」

ついにアビゲイルが腰のバトルアックスに手を延ばした。

喧嘩に武器を使うのか?

しかし、その刹那である。

「待て、アビゲイル!」

今まで黙って見ていたルートリッヒがアビゲイルを止めた。

「親分、止めないでください!!」

「違う、魔王様だ」

言うなりルートリッヒはしゃがみ込んで片膝をついた。

俺を見つけて畏まったのだ。

その様子を見ていたキングも畏まり片膝を落とす。

アビゲイルも慌てて片膝をついて頭を下げた。

すると俺の姿を隠していた人混みが割れて、彼らも俺に畏まる。

苦笑うキルルが言った。

『魔王様、バレちゃいましたね』

「ちっ」

俺は舌打ちの後に前に進み出る。

面白いところだったのに勿体無い。

「皆、面を上げてかまわんぞ。そう畏まるな」

「ははっ!」

キングとルートリッヒが頭を上げて立ち上がると、周りの者たちもそれを真似る。

「それで、何を揉めていたんだ、アビゲイルちゃん?」

「ちゃん付けで呼ぶのはやめてください、魔王様……」

俺が問うと俯いたままアビゲイルが憤怒が収まらない表情で述べる。

「キング殿がリザードマンの集落を攻略するのに精鋭の志願者を求めていると聞き及んだのでマチュピチュから組長と共に出向いてみれば、我々オークは連れて行けないと言い張りまして……」

「それは、本当か、キング?」

「偽りはございません、エリク様……」

「何故だ?」

キングが素直に答える。

「今回のリザードマン攻略は、我々コボルトの精鋭だけで成し遂げたいと考えているからです」

「それは何故だ?」

「それは、すべてがエリク様のためでございます!」

キングは凛々しくそう言った。

その瞳には迷いの色は微塵も見えない。

「意味が分からんな?」

そう俺が言うと、アビゲイルも激しく頷いていた。

同感なのだろう。

「今回のリザードマンの案件は、エリク様が私を計るための同行と察しました。ならば、私が取るべき行動は、より一層エリク様を楽しませること!」

「俺を楽しませる?」

何を言ってるの、こいつ?

「もしもアビゲイル殿やルートリッヒ殿の同行を許せばリザードマンたちの攻略は容易く達成できるでしょう!」

「俺もそう思うぞ」

そこでアビゲイルが割って入る。

「ならばこそ我らの同行は作戦を完了させるのに正解のはずだ!!」

そのアビゲイルの怒鳴り声以上の大声でキングが語る。

「それでは駄目なのです!!」

「なななっ!?」

そのキングの怒声にアビゲイルが黙った。

周囲のざわめきも消える。

その静寂の中でキングが語り続けた。

「エリク様を楽しませる。その課題を達成するのには、リスクを多く取るのが筋である。故に我はより困難な道を進む!」

なんかマゾいことを口ばしってますよ、キングさん!!

「本来なら志願者は十名も不必要。そもそも我が一人で十分なり!!」

それって無理ゲーじゃねえか!?

こいつ、マジで言ってるの!?

マゾプレーじゃんか!?

キングの話を黙って聞いていたルートリッヒが囁くように話し出す。

「なるほどのぉ。キング殿の言い分は理解できた」

うぬぬっ、理解しちゃうの!?

親分さんまで何を言い出しますか!?

「ならばこのルートリッヒが同行するのも無粋なり。我は黙ってここは引こうぞ」

ええっ、それでいいの!?

マジで引いちゃうの!?

「かたじけない、ルートリッヒ殿……」

キングが猪豚組の組長に深々と頭を下げた。

なんだか分からないけど、こいつらの心は通じ合ったらしい。

それならそれで、いいのかな……。

これが男らしいと言うのだろうか?

わ、分からない……。

静まり返った広場の中でルートリッヒが踵を返した。

「アビゲイル、マチュピチュに帰るぞ!」

「は、はい、ルートリッヒ親分……」

渋々ながら親分の後ろに続く独眼の若頭。

そのオークに多くのオークたちが続いて広場を出て行った。

オークたちが縦穴鉱山都市マチュピチュに帰って行く。

するとオークたちを見送ったキングが俺に言った。

「それでは向かいましょうか、エリク様。リザードマンの集落に」

そうキングは穏やかに言ったのだ。

めっちゃクールである。

だが、そのキングの尻尾は高速で左右に振るわれていた。

テンションが爆上がりなのを必死で隠しているのだろう。

犬って、これだよ。

本音を隠しても隠しきれないのだろうさ。


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