骸街SS

垂直二等分線

4話 目覚


 『キュルルルルルゥ……』
 赫く血走った2つの眼玉がぎょろりと俺を向く。
 俺は敵を睨み返し、カチャッと音を立てて右手に持つ拳銃の安全装置を外す。





骸街SS


1時間前

 反政府組織拠点アジトに潜伏した日の次の朝、俺はある選択・・・・をしていた。
 「……最後のチャンスだ。生きて俺等と共に戦うか、はたまた死んで人生に区切りを付けるか。」
 拓男が俺にそう問う。
 「…………」
 俺は答えない。決して選択に迷っているわけでは無い。選択を決めるか迷っているのだ。
 「……俺をこの組織に加入させる事でお前等はどんな利益を得るんだ?」
 俺は最後に拓男にそう聞く。すると、拓男はやはり予想通りの返答をする。
 「いや、単なる人員増加そのものが俺等反政府組織には直接の利益に繋がる。」
 「そうか……」
 どうやら俺は誰にも必要とされない人間らしい。じゃあ、死んでも誰にも文句は言われないだろう。
 しかし、他人の文句と俺の選択は直結するものでは無い。選択。そんなものは試験テスト中に考えれば良い。
 「小袋の中身」を見る限り、どうやら俺が受けるそれは俺の命そのものの未来を決めるものである可能性がかなり高い。もしそうで無いとしてもその「小袋の中身」で自殺すれば良いだけだ。選択を急ぐ必要は無い。
 「分かった、テストを受ける事にする。」
 俺がそう答えると、拓男はその表情をぴくりとも変えずに受答の意を示す。
 「そうか、了解だ。」
 そして拓男は俺を連れて談話室から出、階段を降りて行く。

 地下3階ぐらいの所で拓男が廊下に出る。
 俺も拓男に付いて行くと、拓男はある扉の前で立ち止まり、扉の鍵穴に鍵を差し込みながら指紋認証装置か何かを使って扉を開ける。そんなにも厳重にすべきものが中にあるのか?
 「さあ、入れ。」
 拓男の言葉の通りに俺は扉の奥へと入る。その直後、部屋に入った俺が目にしたのは「扉」だった。
 しかし、それは今までの「扉」とは違う、まるで収容室のそれを連想させるものだった。いや、そもそも収容室のそれそのものなのかも知れない。
 すると、拓男は「扉」の近くの監視モニターを確認した後に、近くに置いてあったバールを片手に取り、モニターの真下に設置されている机のPCをいじり始める。
 その隙に俺がモニターを少し覗き見たが、画質が悪すぎる上に白黒だったので、室内の詳細は・・・分からなかった。
 「……なぁ、拓男。このモニター、何でこんなに画質悪いんだ?」
 「どこでどう動いているかが分かれば画質なんて要らないだろう?」
 「確かにな……。」
 俺が拓男に質問すると、拓男はやはり予想通りの答えを返す。
 すると、次の瞬間、「扉」の方からガチャッと音がした。拓男がそのPCでロックを解除したのだろう。
 「さあ、入れ。」
 拓男は一言そう言うと扉を開け、俺を収容室へと押し込んだ。
 そして、件の小袋を俺の後に投げ入れると扉を閉め、再度ロックを掛けた。
 「……仕方ないな……。」
 俺は小袋の中から拳銃を取り出し・・・・・・・、弾を装填する。





 電灯1つもない収容部屋の床を俺が1歩歩く度に、手に持つ拳銃がカチャッと音を立てる。
 少し遠くで生物と思われる「何か」が鼻息を立てているのが分かる。俺はゆっくりと歩きつつ、その「何か」に隙を見せぬ様に、他方向も警戒しながら常に気配のする方向を向く。
 「……さあ、出て来い。」
 俺が「何か」に向けて放った言葉が、真っ暗な収容室の中でこだまする。
 その次の瞬間だった。
 『キュルルルルルッ……』
 気配のする方向から動物の鳴き声の様な、ある種の「声」が聞こえた。
 どうやらその「何か」は人で無い・・・・存在の様だ。
 次の瞬間、暗闇から何か太い物が視界に迫って来る。
 ドゴォッ!!!
 俺はそれをすんでの所で避け、拳銃を構えて敵の姿を確認する。
 今俺を攻撃したのは間違いなく「人型」の何かだった。しかし、「人型」と言っても、その要素は胴体から頭と腕と足が人と同じ配置で生えている点しか見当たらない。
 「何か」の用紙を細かく説明すると、まず身長は約2m、体型は肥満体で身体中に毛の1本も生えていない緑白い胴体からは、やけに短い脚と、本来手がある筈の場所が二の腕と同じ位の長さとそれ以上の厚さの「鎌」の様になっており、腕全体を見るとまるで蟷螂のそれに見える。そして、極め付けはその頭部。横から見たら鳥や蜥蜴の様に三角型をしているその頭部には、その側面に赤く光る眼があり、鼻や口は少なくとも「本来位置すべき位置」には無く、脳はどこにあるのか、代わりに頭がぱっくりと割れて中には沢山の牙とカメレオンの様な舌が覗いていた。
 要するにこれは化物ばけものだ。拓男の言っていた「テスト」とはこれのことだろう。
 『キュルルルルルゥ……』
 赫く血走った2つの眼玉がぎょろりと俺を向く。
 俺は敵を睨み返し、カチャッと音を立てて右手に持つ拳銃の安全装置を外す。
 パァンッ!
 しかし、化物が次の攻撃体制に移る前に俺は拳銃の引き金を引いていた。
 『ギィアアアッッッ!!!』
 銃弾を頭部に喰らった化物は劈く様な悲鳴を上げ、すぐに床へと崩れ落ちる。
 「……死んだか。」
 いや、死んだ振りなのかも知れない。念の為に化物の頭に残りの拳銃弾を全て喰らわそうと俺は拳銃を構える。
 「……恨みは無いが、一緒に死んでくれ。」
 パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ!
 俺は何を感じたのか、最後の銃声が一際大きく響いた様に感じた。
 「…………」
 そして、俺は拳銃に弾を1つだけ装填し・・・・・・・、自身の頭に突きつける。
 「……ごめんな……。」
 指が引き金に触れる。これに力を加えれば、俺はまた・・会う事ができる。その為には一瞬の苦痛などは無視もできよう。俺は生きてはいけない人間だ。俺は生きる事を拒んだ人間だ。さっさと死のう。
 ーー お前が死んでも誰にも会えないぞ ーー
 その瞬間、俺の中である男の言葉が過った。
 「……はは……戯言を……俺がどれだけ……」
 頭ではそれが所詮は他人の価値観であるとは分かっている。しかし、分かっているのなら、なぜ俺は引き金を引けない?その答えは簡単かつ難解だ。最期の決断を突き通し、戯言を振り払って俺は指に力を込める。その瞬間だった。
 『キュルルルルル……』
 聞き覚えのある声が収容室に響き渡る。それと同時に目の前で起きてはいけないものが起き上がる・・・・・・・・・・・・・・・・様子が視界に入る。
 「い……生きて……!?」
 チッ……化物らしい再生能力だな!しかし、そう何度も耐えられないだろう。そんな思惑の元に俺は拳銃の装填を急ぐ。
 『ギィアッ!!!』
 しかし、突然化物がそのずんぐりとした体型からは想像もつかない速度で俺に向かって走って来る。
 そして、俺は反応する間も無く、大きく振られた化物の腕を腹でもろに受ける。
 「がはっ……!?」
 次の瞬間、突然背中に衝撃が走る。化物に吹き飛ばされた俺は、ハードランディングせずに収容室の硬い壁に叩き付けられたのだ。喉から血反吐がこみ上がるが、骨折は肋骨数本で・・・・・済んだみたいだ。
 『キュルルルルルルル……』
 「ぐぅ…………」
 身体中に走る激痛のせいでその場から動けないでいる俺を嘲笑うかの様に、化物は2つの赤い眼球をぎょろりぎょろりと蠢かせる。
 そして俺の視界は、迫り来る化物を映したのを最後に暗転した。






 「………な…いの……?」
 何も無い空間で薄らと残る意識の中、俺は聞き覚えのある声を聞いた。
 「………なないの……?」
 何度も聞こえるその声は、どこか温かい気持ちを作り出してくれた。
 「……しなないの……?」
 そうだ、俺は死のう。いい機会だった、拓男に感謝しなければ。
 「……早く死のうよ、孤白。」
 「……分かってる、これから死ぬよ。瞳……。」
 俺は懐かしいその声に喜びを感じた。ああ……これで死ねる……。
 「……でも、孤白は本当に死ぬの?」
 「……は?」
 俺は一瞬思考が停止した。一体瞳は……俺が死ぬのか生きるのか、どっちを望んでいるんだ?
 「……中田瞳はもう死んだ。本物・・が存在するのかは知らないけど、私は本物じゃない。ただ君の選択を助けているだけ。」
 ああ……そういう事か……。俺は瞳を夢にまで見る程になっていたのか……。
 「……俺は死ぬ。お前の本物がそう望んだ訳では無いだろうが、俺は……おまえ無しでは生きていけないんだ。」
 俺は擬似瞳にそう告げる。何がどうあれ俺は生きる意味を失った。死ぬしか無いのだ。しかし、擬似瞳は予想外の言葉を返す。
 「……生きる意味を失った……そんな事で死ぬ程孤白はバカだったっけ?」
 「……は?」
 ……こいつは何を言っているんだ……?
 「生きる意味が何なのか、それは死ぬまで分からない。それに、それを減らす事が出来るなら増やす事も出来るに違い無い。1回分の人生全てから得られる最終結果を途中で求め様とする程、隅川孤白は愚かだったかな?」
 その瞬間、薄らとした意識の中に突然光が差し込んだ様に感じられた。
 そうだ、何を言っていたんだ俺は……。奴等に復讐するんだ……。ここで死んだら奴等の思う壺だ……。俺はこのまま塵にはならない……!
 「…………俺は……俺は……俺はァ……!!!」
 光が差し込む「穴」を必死になって素手で広げる様に、俺は1つの答えを出そうとする。
 「……そうだよ、孤白。君は……」
 「……そうだ、俺は……俺は……」
 そして、意識中の無の空間すら吹き飛ばす程の感情と共に俺は「眠り」から醒める。
 「君は!」
 「俺は!」
 遠のく意識の中、俺は叫ぶ。

  「「生きる復讐するんだよ!」」






 『キュルルルルル……』
 化物は目の前の獲物を凝視する。もう動かないかどうか確かめる為、腕を思い切り打ち付けるが、獲物は何の反応も見せない。
 グパァッと口を開け、化物は長い舌を獲物の顔へと向け、伸ばして行く。
 次の瞬間だった。
 ザンッ
 突然化物は眼の前に伸びていたはずの自身の舌を見失う。しかし、次の瞬間、その赫く光る眼に何も映らない程の激痛が化物の舌に走った。
 『ギェェェアアアェァアァェェェッッッ!!!』
 のたうち回りつつも舌を再生する化物の目前で獲物・・は立ち上がる。
 「近くに小袋があって良かったぞ……。さあ、反撃の時間だ。」





 『ギィエエエァァァ……』
 憤怒の色に染められ、より一層赫くなった眼が俺を睨む。
 俺は意識が戻った瞬間、化物の意識の隙を見て偶然近くにあった小袋から、"もう1つの中身"であるナイフを取り出した。そして、化物の舌をナイフで斬った訳だ。
 『ギィィィッッッ!』
 化物が俺へと突進するが、俺はそれを横に避ける。俺へと向き変えるより先に化物は素早く腕を振ったので、瞬時に低姿勢になって避ける。
 それにしても随分怒るな……。舌斬られたらそりゃ痛いか。まあ、そんな事は今はどうでも良い。
 「うらぁッ!」
 チンピラみたいな声と共に俺は化物の左腕の鎌に蹴りを入れる。すると、一瞬だけ左腕の攻撃が止まるので、今度は右腕を掴み、それを全力で捻る。
 『ギァアアアァッッッ!』
 右腕の肘関節を破壊された化物は大声で泣き叫ぶ。次の瞬間化物が闇雲に左腕を振り回し始めたので、俺はすかさずその場を素早く離れ、化物と距離を取る。
 「……ふぅ。殺せない相手では無いのか……。」
 そう呟きつつ俺はすぐに拳銃を広い、装填を済ませる。そして、それを化物へと向ける。
 パァンッ!
 ガキィンッ!
 『ギェェアアアッッッ!!!』
 拳銃弾が化物の左腕の鎌部分に命中し・・・、金属の様な音を立てる。それを自分への挑発と捉えたのか、化物が怒る様に声を上げる。しかし、これで奴の鎌がどれだけ「硬い」のかが分かった。
 『ギィッ!』
 化物がまた突っ込んで来たので、俺はそれを何とか躱し、拳銃を化物の後ろ姿に向けて発射する。
 パァンッ! ビチュッ
 拳銃弾が命中した化物の背中からは血が吹き出すが、すぐにそれは止まり、傷口が塞がってゆく。拳銃弾一発の再生時間は大体5秒程度か。
 「……まあ良いさ。銃弾だったら・・・・・・の話だろう?俺も死ぬ気で殺りに行くさ。」
 俺は化物をじっと見据えてそう言い、右手に拳銃、左手にナイフを逆手に構える。
 『ギァッ!』
 化物が駆け出し、その勢いのまま左腕を俺の方へと突き出す。俺がそれを右側に避けると、化物は急停止し、身体を回転させる形で腕を振り回す。
 パァンッ! ビチュッ
 『ギィィィ!』
 俺は化物が身体を回転させた後の一瞬の隙を突き、その頭を拳銃で撃ち抜く。
 『ギィエエエァァァ!』
 化物は怒りを示す声を上げ、俺へと体当たりを試みる。人間同様頭への攻撃は有効らしい。
 ドゴォッ!
 前方に振られた化物の左腕に鈍い衝撃が走る。腕が獲物孤白を捉えたのだろうか。
 いや、何でも良い。化物は力一杯鎌部分に触れている物を吹き飛ばし、先程同様壁に打ち付けようとする。しかし、その直後、化物は目を疑った。
 『……ギィッ?』
 "本来吹き飛ぶ筈の物"がいつまで経っても化物の眼に映らない。化物がその理由に気が付いた時には、もう遅かった。
 「………捕まえた……ッ」
 俺は「死ぬ気で」化物の鎌にしがみ付き、手に持つ拳銃を捨てる。
 ……さっきの骨折も相まって滅茶苦茶痛い。だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
 そして、化物が状況を理解して追撃を行う前に鎌の上に・・素早く跳び乗り、最後の力を振り絞って化物の左腕の上を走る。
 俺は走りながら左手に持つナイフを右手へと放り投げる形で渡し、順手に握る。
 『ギィィィエエエェェェッッッ!!!』
 化物が何とか俺を腕から落とそうと再生した右腕で俺へ攻撃しつつ左腕を上下左右に振り回すが、問題は無い。
 振り落とされる前に俺は全力で化物の左腕を蹴り、右手のナイフを突き出して前方へ跳ぶ。そう、この一撃で全てが決まる!
 『ギェェアアアッッッ!!!』
 「刺されぇッッッ!!!」
 その瞬間、俺の身体中に鋭い痛みが走る。走っている途中に化物が必死に振り回した右腕が俺の脇腹を抉ったらしい。戦闘に夢中で気付かなかったのか。
 「……しかしな……。」
 『ギィッ!?……キュルルルルルルル…………』
 化物は呻き声を上げながら、先程よりゆっくりと床へ崩れた。
 化物が俺の身体を抉った時、俺もまたナイフの一撃で化物の口内を貫いたのだった。
 「はぁ……はぁ……はぁ……流石に疲れたな……。」
 横になっている化物の口からは、刺してから数十秒経っても血がどくどくと流れ出ている。
 「……俺は……生きるぞ……。」
 誰も居ない空間に向けてそう告げた後、俺は床に大の字になって眠りに就いた。

【5話へ続く】

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