野良猫は、溺愛する

つきおか晶

Act 8: 野良猫なんかじゃない(2)

取材中、私はどこか上の空だったのかもしれない。

公私の区別をつけてしっかりやっていたつもりが、金岡編集長に取材の甘さを厳しく指摘されてしまった。こんなことは異動してから初めてに近い。幸い、イベントなど取り返しのつかない取材ではなかったため、先方に謝罪して電話での追加取材を受けてもらえることにはなったけれど、自分には激しく失望した。

プライベートのことが仕事にまで影響してしまうのは、社会人として失格だと思っていた。特に人とかかわる仕事で気が緩むなんてありえない、と。

もちろん今までだって、プライベートが気にかかる状況がなかったわけではない。それでも仕事に支障をきたしたことは一度もなかった。だから、自分のことはしっかりした人間だと思っていた……驕りだったけれど。

私は誰もいないエレベータの中で、大きくため息をついた。グーンと音を立てながら、大きな箱は私を下の階へと運んでいく。まるで、奈落の底に沈んでいくみたいに。

今、里見君はどうしているのかな。
こんなぐちゃぐちゃな時でも、思い浮かべてしまうのはやっぱり里見君のことなんだなと思ったら、なんだか笑えてきてしまった。

「――ご苦労さん」

会社の正面口から出ると、真横から声をかけられて驚く。
声の主は金岡編集長だった。
さっきの状況を思い出すと居た堪れなくなるけれど、仮にも上司に失礼な態度は取れないと無理やり背筋を伸ばす。

「お疲れ様です……って、あの、結構前に帰宅されたんじゃ……?」

「編集部は出たよ。でも、見てのとおり帰宅はしてない」

「まあ、そう、ですよね」

頭を下げながらもう一度「お疲れ様でした」と言って金岡編集長の横を通り過ぎようとすると、「待て待て」と腕を引かれた。

「伊吹、これからの予定は?」

「え……?」

思ってもみなかった展開で、言葉を失ってしまった。

「伊吹の、これからの予定」

私が聞こえなかったと思ったのか、金岡編集長はゆっくり言い直すと柔らかく微笑んだ。

「……特には、ないですけど」

「だったらつき合え」

「はい?」

「今日ばかりは業務命令だ。逃げるなよ?」

そう言って金岡編集長はどんどん先を歩いていってしまう。
業務命令と言われてしまったら仕方がないと、私は重い足取りで金岡編集長のあとを追いかけた。


「……業務命令っていうから、仕事なのかと思いました」

私と金岡編集長は、こじゃれた個室居酒屋の前に立っていた。今私は、金岡編集長とさしで飲めるほど、元気な状態じゃない。
私が不服そうに言ったからか少し苦笑いのような笑みを浮かべたものの、すぐにいつもの顔へと戻る。

「これも、仕事の延長だから」

どんな仕事だというのだろう。
とはいえ、ここまで来て今さら断れるはずもなく、私は促されるまま店へと入った。

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