野良猫は、溺愛する

つきおか晶

Act 7: 野良猫は腕からするりと逃げていく(1)


『恋コロ』第二話の世帯視聴率は十・三パーセントと微増ながらも、ダウンしていないことにドラマ班は喜びの声を上げていると、雑誌の企画でお世話になったテレビ局の方が電話で教えてくれた。初回視聴率がよくても二話目は下がることが多いらしく、「下がらなかったってだけで、もう大成功ですよ」と興奮気味に話していた。

どうやら里見君の人気も高まっているようで、ドラマのホームページにあるファンメッセージの投稿も、里見君に関するものが増えているらしい。
その一方でニュースサイトのコメント欄には、ごく少数だけれど、里見君を誹謗するものも見受けられるようになってきた。おそらく妬みや嫉みのたぐいだろうと思うけれど、どうか本人の目に触れていませんようにと祈る毎日だった。

ところでなぜテレビ局の方が電話をくれたかと言えば、視聴率の報告はあくまでついでのことで、ドラマの特集ページ掲載についてのお礼だった。

ありがたいことに、Men’s Fort九月号はこの特集のせいか売れ行きがよく、書店によっては早々と売り切れたところも出てきた。どうやらいつもより女性の購入者が多いらしい。通販事業のほうから、そういうデータも上がってきていた。当然、お礼はこちらからもテレビ局の方に伝えておいた。

Men’s Fort編集部もこの状況にお祭り騒ぎで、金岡編集長の一声で、今夜は打ち上げをすることになった。せっかくだからとBijoux編集部の人たちも誘ってみたのだけれど、今日は大型のファッションイベントがあるらしく、残念ながら叶わなかった。


「金岡編集長って、二十代の頃はティーン誌にいたらしいよ」

「ええ!? そうなんですか。なんか、違和感しかないです」

「だよなー」

本人が聞いていないことをいいことに、その場でひとしきり笑いが起きる。
この編集部に移ってから編集者全員で最後に飲み会をしたのはいつだっけ、と記憶を辿ってみれば、私の歓迎会以来だった。それだけ、全員が揃うことはなかなか難しい。
今日はたまたま誰も取材も出張もなく、奇跡的なタイミングでこの飲み会は開かれている。

ほぼ仕事の顔しか見ていない人たちの意外な面が見られるので、私自身、会社の飲み会は結構好きだったりする。酔って陽気になっている人がいたり、長々語っている人がいたりして、観察しているとなかなかに面白い。
この編集部で外注以外女性は私ひとりだけれど、無理にお酌させたりセクハラまがいに絡んできたりする人がひとりもいないことで、純粋に楽しめているということもある。

「……このあと、ちょっとつき合えるか」

……ただ、この人の扱いだけは難しい。
仮にもボスに対して“扱い”などと言うのは失礼かもしれないけれど、ボスだからこそ無下にできなくて困ってしまう。

この状況で誘ってくるなんて卑怯だ、絶対に断れないじゃないか、と私は金岡編集長のあとについて歩きながら、心の中でぶつぶつと不平を漏らしていた。

金岡編集長に連れてこられたのは、さっきの居酒屋からほど近いバル。みんな各々勝手にどこかへ流れていったので、誰かと鉢合わせしたらどう言い訳するんだ。そう思ったけれど、この店には奥に個室席があって、どうやら編集長はわかっていてここに私を連れて来たようだ。

「急に誘って悪かったな」

「……いえ」

不平が表に滲んでしまっていたのだろうか。金岡編集長は少々、ばつが悪そうにしている。
場を取り繕おうと「なにを飲みますか?」と、私はメニューを広げてみせた。
一件目のお店で、ふたりともだいぶお腹は満たされている。とりあえず軽いおつまみと、飲み物を頼むことにした。

「今日、社長に呼び出されて売り上げを褒められたって、さっきの飲み会で話したろ。こうして個別に伊吹を誘ったのは、今回の企画の功労者だったからだ」

「いえ、私はそんな……編集長にお力添えいただいたおかげです」

「……なんだ、ゴマすりか?」

「違いますよ! 心の底からそう思ってます」

金岡編集長はクックッと楽しそうに笑っている。
本当に、私ひとりでは今回の企画を無事にこなせたかわからない。実際、金岡編集長が私の仕事がスムーズに回るように陰で手を回してくれていたことを、すべてが終わってからBijoux経由で知ることになった。

「池尻ありさの件もあったから一時はどうなることかと思ったが、なんとか無事成功してよかったな」

「はい……」

カリカリに焼いたチーズを齧りながら、あの時の出来事をしみじみ思い出す。金岡編集長には撮影のあと、編集部に帰ってから改めて経緯を説明していた。

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