野良猫は、溺愛する
Act 3:野良猫は鈴をつける(5)
「――編集長と一緒だったの?」
後ろから声が聞こえて、心臓が飛び出そうなほどに驚いた。
振り返ると、そこには里見君の姿があった。
「びっ、くりした……そこにいたの、気がつかなかったよ」
マンションの敷地内には街灯もあるのに、まったく人の気配がしなかった。
「いたらまずかった?」
鋭さを帯びた眼差しがこちらを射貫く。
まずいことなど、微塵もない。むしろ、忙しいのに今日も来てくれたのかと嬉しくて仕方がないくらいだ。
「……そんなこと、ないよ」
思いのまま言いかけて、私はぐっと言葉を喉の奥に押しとどめる。
……危ない。酔いに任せて、本心をさらけ出してしまうところだった。
思いの丈を迂闊に晒せば、この野良猫は私の脇をすり抜けていなくなってしまうかもしれない。そのことを忘れてはいけないと、心が警鐘を鳴らす。
里見君の気持ちを確かめる勇気も持てず、かといって自分から気持ちを打ち明けることもできない私は、どこまで情けないのだろう。
「ずいぶん、仲良さそうだったね」
声は、静かな暗闇に低く響いた。
「同じ職場で働いている人となら、あのぐらいは普通だと思う、けど」
「……ふうん」
「それを言うなら里見君だってこの間、山岸蘭ちゃんと仲良さそうだったじゃない」
撮影現場に陣中見舞いに行った時、里見君が彼女と自撮りし合ったりして、楽しそうにしていたところを何度か目撃した。それと私が金岡編集長と話していた雰囲気と、なにか違うと言うのだろうか。
「……もしかして、やきもち焼いてくれてた?」
「えっ」
里見君の傾げた顔がそのまま近づき、唇を塞がれる。
私は慌てて、里見君の胸を押した。
「ちょっ……誰かに見られたら……!」
「見られなければいいの?」
戸惑っているうちに、里見君は私の腕を掴んだ。腕を引っ張られながら、私たちはマンションの中へと入る。
エレベータに乗り込み、里見君は私の部屋がある階のボタンを押すと、またすぐさま押しつけるように唇を重ねた。
「ね……、カ……メラが……」
エレベーターの中には防犯カメラが設置されている。これがどこに繋がっているかはわからないけれど、誰かが見ているかもしれないものであることは確かだ。
「見せつければいいよ」
「な……ん、っ」
私は誰に見られてもいい。でも万が一この映像を見た人に、映っている人物が里見君とわかったうえで悪用されたら――。
私は薄目を開けて監視カメラの位置を確認する。見れば、カメラは里見君のちょうど真後ろにあった。あの場所からなら、映るのは里見君の後ろ姿だけだろう。
ほっとしたと同時にエレベーターが到着を告げた。扉が開くと、里見君はまた私の腕を掴んで歩き出す。
「鍵、貸して」
里見君は掴んでいた手を離し、私の手から鍵を奪うように取ると、すぐさまドアを開ける。
「ゃ……っ」
ドアが開いたと同時に、里見君は私を中に押しやった。自分も体を滑り込ませて後ろ手で鍵を閉めると、私を壁際まで追い詰める。
至近距離にある彼の綺麗な顔を、直視できない。
堪らず、目を伏せた。
「あのさ。俺はなっちゃんを他の誰にも触らせたくないの」
「……え」
驚いた。
里見君こそ、もしかしてやきもちを焼いてくれているの……?
呑み込んだ言葉が、喉の奥にどろりと沈んでいく。もういい加減、言えない言葉が溜まりすぎて、喉が苦しい。
おもむろに顔を上げると、双眸があまりにもこちらをまっすぐ捉えているから、胸まで苦しくなってすぐに目を伏せてしまった。
里見君は私の髪を撫でると、ゆっくりと唇を重ねる。さっきまでの強引さとは違う蕩けそうなキスに、あっという間に夢中になる。
「……お酒の味がする」
「う……がい、させて……」
「だめ」
カーテンの閉められていないリビングから玄関へ、月明かりが仄かに漏れている。いつもとは違う男の顔をした里見君が淡く照らされて、心臓が騒いだ。
「……顔、エロ」
里見君は顔を少し離すと、くすりと微かに笑いながら言った。
「そういうこと、言わないで……」
融かされかけているであろう自分の顔を客観的に見せられたように恥ずかしくなって、俯く。里見君はさらりと私の頬を撫でながら頤に指を滑らせ、強引に上を向かせると、また唇を重ねた。
月明かりの下、長い夜になりそうな予感がする。
後ろから声が聞こえて、心臓が飛び出そうなほどに驚いた。
振り返ると、そこには里見君の姿があった。
「びっ、くりした……そこにいたの、気がつかなかったよ」
マンションの敷地内には街灯もあるのに、まったく人の気配がしなかった。
「いたらまずかった?」
鋭さを帯びた眼差しがこちらを射貫く。
まずいことなど、微塵もない。むしろ、忙しいのに今日も来てくれたのかと嬉しくて仕方がないくらいだ。
「……そんなこと、ないよ」
思いのまま言いかけて、私はぐっと言葉を喉の奥に押しとどめる。
……危ない。酔いに任せて、本心をさらけ出してしまうところだった。
思いの丈を迂闊に晒せば、この野良猫は私の脇をすり抜けていなくなってしまうかもしれない。そのことを忘れてはいけないと、心が警鐘を鳴らす。
里見君の気持ちを確かめる勇気も持てず、かといって自分から気持ちを打ち明けることもできない私は、どこまで情けないのだろう。
「ずいぶん、仲良さそうだったね」
声は、静かな暗闇に低く響いた。
「同じ職場で働いている人となら、あのぐらいは普通だと思う、けど」
「……ふうん」
「それを言うなら里見君だってこの間、山岸蘭ちゃんと仲良さそうだったじゃない」
撮影現場に陣中見舞いに行った時、里見君が彼女と自撮りし合ったりして、楽しそうにしていたところを何度か目撃した。それと私が金岡編集長と話していた雰囲気と、なにか違うと言うのだろうか。
「……もしかして、やきもち焼いてくれてた?」
「えっ」
里見君の傾げた顔がそのまま近づき、唇を塞がれる。
私は慌てて、里見君の胸を押した。
「ちょっ……誰かに見られたら……!」
「見られなければいいの?」
戸惑っているうちに、里見君は私の腕を掴んだ。腕を引っ張られながら、私たちはマンションの中へと入る。
エレベータに乗り込み、里見君は私の部屋がある階のボタンを押すと、またすぐさま押しつけるように唇を重ねた。
「ね……、カ……メラが……」
エレベーターの中には防犯カメラが設置されている。これがどこに繋がっているかはわからないけれど、誰かが見ているかもしれないものであることは確かだ。
「見せつければいいよ」
「な……ん、っ」
私は誰に見られてもいい。でも万が一この映像を見た人に、映っている人物が里見君とわかったうえで悪用されたら――。
私は薄目を開けて監視カメラの位置を確認する。見れば、カメラは里見君のちょうど真後ろにあった。あの場所からなら、映るのは里見君の後ろ姿だけだろう。
ほっとしたと同時にエレベーターが到着を告げた。扉が開くと、里見君はまた私の腕を掴んで歩き出す。
「鍵、貸して」
里見君は掴んでいた手を離し、私の手から鍵を奪うように取ると、すぐさまドアを開ける。
「ゃ……っ」
ドアが開いたと同時に、里見君は私を中に押しやった。自分も体を滑り込ませて後ろ手で鍵を閉めると、私を壁際まで追い詰める。
至近距離にある彼の綺麗な顔を、直視できない。
堪らず、目を伏せた。
「あのさ。俺はなっちゃんを他の誰にも触らせたくないの」
「……え」
驚いた。
里見君こそ、もしかしてやきもちを焼いてくれているの……?
呑み込んだ言葉が、喉の奥にどろりと沈んでいく。もういい加減、言えない言葉が溜まりすぎて、喉が苦しい。
おもむろに顔を上げると、双眸があまりにもこちらをまっすぐ捉えているから、胸まで苦しくなってすぐに目を伏せてしまった。
里見君は私の髪を撫でると、ゆっくりと唇を重ねる。さっきまでの強引さとは違う蕩けそうなキスに、あっという間に夢中になる。
「……お酒の味がする」
「う……がい、させて……」
「だめ」
カーテンの閉められていないリビングから玄関へ、月明かりが仄かに漏れている。いつもとは違う男の顔をした里見君が淡く照らされて、心臓が騒いだ。
「……顔、エロ」
里見君は顔を少し離すと、くすりと微かに笑いながら言った。
「そういうこと、言わないで……」
融かされかけているであろう自分の顔を客観的に見せられたように恥ずかしくなって、俯く。里見君はさらりと私の頬を撫でながら頤に指を滑らせ、強引に上を向かせると、また唇を重ねた。
月明かりの下、長い夜になりそうな予感がする。
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