Fog HOTEL

二重丸 大牙

第六章 過去と真実 ~2~








 私と優は見つめ合っていた。
こうなる事態は予測しており、どうするかを事前に打ち合わせしていたのだ。



私は一呼吸置くと、彼の瞳を真っすぐと見つめ覚悟を決めた。
その私の気持ちを察し、優は躊躇なく私の腕を掴み自らの牙で腕に大きな傷をつけたのだ。
私の腕からは痛みを伴いながら大量の血が流れだす。
それを私は歩夢の口元に持って行った。



「ゴボッ・・・・」



突然、口に入った血に驚いたのか歩夢は咽たが、悔しそうな表情で優を見つめると



「優・・・くん、なんで・・・・」



そう言った歩夢の瞳は怒りのあまりに深紅に変わっていた。
自分の望みと裏腹な行動に対してだろう・・・



「こうなる事も考えていた・・・・」



優はそう寂しそうに告げた。
誰もが相手の事を思いあっているのに、上手くかみ合っていない状況のもどかしさを感じながら歩夢の口に血がそそがれる。



私は歩夢に血をさしだしながら、優の気持ちが痛いほど分かっていた。



「私は、罪を犯しても貴方を救いたい・・・・」



その言葉を聞いた瞬間、歩夢の表情が驚いた顔に変わり優も青空も驚いた顔で私を見たのだ。



「あ・・あなたは・・・何故、その言葉を・・・・」



私には分からなかった、自分の気持ちを素直に伝えただけなのに
何故、彼らがこれだけ動揺しているのか、すると青空が小さな声で



「昔、あの女が言っていたセリフや・・・」



その言葉に私が今度は動揺した。
彼女と私の気持が一緒になった瞬間なのかも知れないと思った時だった。



「その血の味を知っているのは歩夢お前だけやろ?」



優の突然の言葉に、誰もが優に注目をしたが彼は構わずに話を続けたのだ。



「あの夜に仲間に出来なかった、女の血の味を・・・」



そう言うと歩夢を静かに見つめた。
歩夢は自分の口の中を満たしている赤く脈打つモノを確かめるようにゴクリと飲んだ。



「!!!!!!!!!」



歩夢の顔が大きく歪み、困惑した表情で私と優の顔を何度も交互に見たのだ。
そんな歩夢の様子を心配したように、青空が優に尋ねたのだ。



「優君、どういう事なん?俺には全く分からんねんけど・・・」



しかし、優は青空を無視するように歩夢に聞いたのだ。



「昔の彼女の味と同じやろ?俺の予想が当たっていたらやけどな」



その言葉に歩夢の動揺は更に大きくなる。
自分の味わっている、このほのかに甘い血の味は・・・
とても懐かしい気がする・・・
自分が忘れかけていた記憶が戻りそうな気がしていた。



そう考えながら焦点の合わない瞳で歩夢は私を見つめていた。



「その味は、お前だけしか知らない味や・・・」



優の容赦ない言葉に、周りは静まりかえっていた。
誰もが口を聞かず、重い空気に包まれていた。
しかし、やっと歩夢はある事実に気が付き驚いた顔をすると



「も、もしかして、彼女が・・・・」



歩夢は自分で導き出した答えを受け入れられずに困惑していた。
すると、優はまだ床に倒れたまま私の血を飲み続けている歩夢に近づくと



「あの女の魂は、あの時に天に昇っていた。だから目覚める事はなかった。
ただ、吸血鬼の力で身体だけが生きていたんやと思う・・・」



歩夢の気持ちを考えると、伝えたくないだろ真実を伝え始めた。



「今も眠ったままで、あの時の傷も治ってなかった・・・・
吸血鬼の力をもっても天に行った魂はかえっては来ないからな・・・」



そう言うと辛そうに歩夢から目線を離した。



目の前の歩夢は、何も言わずにいた。
優の言葉の意味を理解できずにいたのだろか・・・
それとも、悲しみに支配されているのだろか・・・・
私には分からなかった・・・

ただ、私は悲しかった。
あれ程までに彼女を待っていた歩夢の気持ちを考えると
私の胸も悲しみに染まっていたのだ。



そんな私を優は冷たい瞳で見つめると、信じられない言葉を私と歩夢に浴びせたのだ。



「お前の願いを叶えたいのなら、その女を殺せ!」



その言葉に誰もの顔が凍り付く。



「その女が死ねば、魂はあの女の中に戻るはずや・・・
願いを叶えたければ女の魂が入っているゲストを殺せ!」



その非道な言葉に青空さえも耳を疑っていたが、優は躊躇することなく



「殺す殺さないはお前が決めろ。これはお前の問題やからな・・・
青空、俺たちは行くぞ・・・」



優は青空を連れ私たちの前から冷たい背を向けて去って行ってしまった。


私は感じていた。
これが吸血鬼なのだと・・・・
彼は本物の吸血鬼なのだと・・・・
非道な事でも顔色すら変えずに言える冷酷な吸血鬼なのだと



しかし、私の前で頭を下げた時の彼は・・・
彼は何を考えているのだろか・・・・



どちらが本物の彼なのだろか・・・・



そう私が悩んでいると、歩夢は辛そうに起き上がり



「惨いことを・・・・・」



そう言うと悔しそうに唇を噛みしめていた。


歩夢にとって、この決断は大きな分かれ道なのだ。
長年待った彼女と会えるチャンスだから、しかし心の優しい歩夢が心を痛めないはずはないのだろ。そう私は感じていた。



「俺にそんな事を出来ないことすら知っているのに・・・」



そう言うと、優しい瞳で私を安心させようと微笑んだのだ。
歩夢の気持ちを思うと私は切なく胸が痛かった。



「私は貴方の決めた決断に委ねます」



私は歩夢の幸せを願い決断をした。
どんな答えでもいい、それで歩夢が幸せになるのなら・・・
もう、彼が待つという寂しい時を過ごさないのなら、それで良かった。



すると、歩夢は手を伸ばすと私の頭を優しく撫でながら



「答えを決めるのなら、貴女を選ぶよ・・・・
貴女と出会わなければ、このまま時が過ぎて行く運命なのだから・・・」



その彼の優しさに私の胸は苦しさでつぶされそうになっていた。



「でも、歩夢さんの彼女さんは眠ったままなのですよ!」



私の頭を撫でていた歩夢の手が止まる。
そして腕を下すと、私を真剣に見つめ。



「貴女を殺すなんて、何の得にもならないよ・・・」



そう言った歩夢の表情は晴れやかだった。
私の胸は信じられない気持ちと、熱さで満たされていた。
歩夢が彼女ではなく私を選んでくれた、この幸せに私は酔いしれていたのだった。








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