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病夢(びょうむ)とあんぱん

ぢろ吉郎

病夢とあんぱん その11

 
 残念ながら、というべきなのかどうか。


 その『ぜっやまい』が具体的に何なのかを知ることは、僕にはできなかった。
 質問を深めようとしたところで、おきさんは、壁に掛けてある時計を指さした。
 午前零時。
 質問を深める前に、夜が深まってしまっていた。


「そろそろ、就寝時間ですね。やなさんも、相当疲れているでしょう?」


 僕はうなずく。
 質問をさえぎったのには・・・・何か理由があるのだろうか?
 『絶死の病』。
 あっさりと教えてはくれたが、やはり自分の『やまい』のことを話すのは気が引けるのか?
 ただ、かなり疲労感が溜まっていたのも事実だった。
 命の危機から脱し。
 誘拐され(何を言われようが、あれは誘拐だ)。
 理解のはんちゅうを超えた話を聞かされた。
 こんな半日を過ごして、疲れない人間などいないだろう。


「二階の一番奥の部屋を、あなたの部屋として用意しておきました。ぜひ、お使いください。明日の朝は、六時頃起きていただけるとありがたいのですが・・・朝会のときに、保育園の住人に、あなたを紹介したいですからね」


 と、起床時間の約束をさせられた後、ホールまで案内され(さすがにもう子供たちは遊んでいなかった)、そこから二階へと続く階段へと「おやすみなさい」と送り出された。


 階段を上りながら考える。
 保育園の住人、と沖さんは言っていた。奇妙な表現だが、この保育園は彼らの住居ともなっているらしい。つまり、沖さんとおりさん、さきほどの子供たち、そして、もう何人かがこの保育園に住んでいるのだろうか?
 助けを求められれば誰でも助ける、と言っていた。
 それならば、どれくらいの人間を助けているのだろう?
 と、階段の踊り場まで上ったところで、逆に、階段を下りてくる女性がいた。
 おそらく、僕よりは年上の女性だろう。二十代後半といったところだろうか?しかし、容姿は、かなりだらしない格好をしていた。ぼさぼさの髪の毛に、だるだるのジャージ、裸足。随分と自由な格好だ。


「こんばんは」


 この人も保育園の住人だろうかと、一応、人として最低限の挨拶をしたつもりだったが。


「どうも」


 と、向こうはかなり素っ気ない挨拶を返してきた。
 無愛想な人だなぁと、自分のことを棚上げにして考えながらすれ違おうとした。
 しかし、そのとき。


「だらしねえとか、無愛想とか、思ってんじゃねえぞ」


 と、威圧するかのようにつぶやいて、彼女は一階へ下りて行った。
 ・・・・・顔に出ていただろうか?
 まさか、住人じゃなくて、泥棒ってことはないよな?
 いや、上下だるだるジャージの強盗犯なんていないか。
 どれだけやる気がないんだよ、その強盗犯。
 ちなみにここに、マンションのカードキーを盗んだせっとうはんがいる。


 階段を上りきり、一番奥の小部屋に入る。しっかりと鍵を掛けることも、もちろん忘れない。部屋の中には、既に布団が敷かれていた。ご丁寧に寝間着まで用意されている。
 寝間着に着替え、ゴロンと布団の上に寝転んで、考えを巡らす。


 今日、起こったことを。


 今日、出会った人のことを。


 今日、聞いたことを。


 爆発する電化製品。襲い掛かってくる電流ケーブル。氷田織ほとり。『海沿かいえん保育園』。沖飛鳥あすか。『病持ち』。コンプレックス。才能。『かんでんの病』。『絶死の病』。
 そして、命の危機。
 どこまでが真実で、どこまでが嘘なのだろう。
 いっそのこと、全部夢ならば最高なのだが。目が覚めたらマンションに戻っていて、再び会社に通う日々に戻れるならば、十万円くらいは払える。


 正直、『病』の話は別にどうでもいい。そんな超常的な才能を持つ人間がいたとしても、僕の方から積極的に関わろうとは思わない。できれば、僕とは関係ないところで、勝手に生きてほしいものだ。話を聞いてしまった以上、関わらないようにするのは難しいのかもしれないが・・・。
 とにもかくにも、重要な問題は二つだ。
 一つ。僕の命が狙われているということ。
 二つ。沖さんたちを、どこまで信用していいのか分からないということ。
 一つ目に関しては、僕ができることはほとんどない。電子機器を自由自在に操るような奴と戦うすべは、僕にはないのだ。沖さんたちに保護してもらうしかない。
 そうなると、二つ目の問題が特に重要になってくる。結局、『海沿保育園』の人たちと共同生活をすることになってしまったが、彼らもまた『病』とやらを抱えているのだとすれば、どこまで信用できたものか、分かったもんじゃない。
 実は僕を襲ったのは彼らでした、というオチならば、僕はもうお終いだろう。
 逃げ道がない。  
 それでも、生きることを諦めたりはしないが。
 何が何でも生き残る。
 死にたくは、ない。
 そう考えると、彼らを本当に信用できると確信が持てるまでは、おちおち熟睡することはできないだろう。寝首を掻かれては、目も当てられない。
 大丈夫。
 二、三日くらいなら、徹夜できるはずだ。
 体は疲れているが、精神的には張り詰めておかなければならない。





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