真夏生まれの召使い少年

ぢろ吉郎

パシリの僕、アイスを買いに②

 
 あー・・・。
 今日も今日とて、死ぬほど暑い。
 猛暑日も猛暑日。
 「ザ・夏」と言ってしまって、差し支えない天気だ。おまけに、現在の時刻は午後一時。太陽がこれでもかと言うくらい高く昇り、周りの気温を景気よく上げてくれやがっている。
 たまには休めよ、太陽。
 有給を取れ。
 太陽系っていうのは、そんなにもブラック企業なのか?


(・・・にしても)


 本当に迂闊だった。
 まさか兄さんが、あのゲームの操作方法やらテクニックを未だに覚えているとは、思ってもみなかった・・・・・兄さんにとってはさぞかし、楽な勝負だったことだろう。
 なんで、そういうどうでもいいことを覚えてるんだ。
 忘れとけよ。
 脳内メモリーを、もっと役に立つことに使えよ。
 と、頭の中で愚痴ったところで、現実は変わらない。
 兄は、冷房の効いた部屋で快適なサマーライフを過ごし。
 一方で弟は、アイスを求めて過酷なお遣いへと繰り出す。
 ・・・なんて格差社会だ。五千円に釣られて、あんな勝負なんてするんじゃなかった・・・・・どうやら僕は、ギャンブラーには向いていないようだ。
 今、僕が直面しているのは、そこそこ急な上り坂。ここを超えた先に、目指すべきスーパーマーケットがあるのだ。普段はそこまで気にならない上り坂だが、こう暑いと、これっぽっちの坂であっても、汗が噴き出す。
 それに。


(やっぱ、自転車じゃなくて徒歩で来るべきだったかな・・)


 坂というのは、徒歩で上るよりも、自転車で上る方がキツいように、個人的には思うのだ。下り坂ではそりゃもちろん、自転車の方が気持ちいいんだけど・・・・・。
 徒歩は自転車よりも強し。ただし、上り坂に限る。




 と、何はともあれ、スーパーに到着。危うく、暑さでぶっ倒れるかと思った・・・いや、これはさすがに過言か。
 しっかりと自転車に鍵を掛け、お店の中へ。まっすぐ、アイスクリームのコーナーを目指す。
 ついでに、夕食も買っていってしまおうかとも思ったけど・・・・・しかし、それはやめておくことにした。もちろん、買っていってしまった方が、後々楽になることが明白であることは分かっている。
 でも、ほら、アイスが溶けちゃうかもしれないし、お金が足りないかもしれないし・・・・・。
 ・・・本音を言えば。
 帰りたいだけだ。
 さっさとクーラーの効いた部屋で、ダラダラしたい。
 アイスを食べながら、のんびりしたい。
 扇風機に向かって、「あー」ってやりたい。
 ・・・最後のは冗談だけど。
 とにかく、アイスを買ってさっさと帰ろう。どうせなら、母さんたちが帰ってくるまでの四日分、まとめ買いしてしまおうかな?いや、でも、兄さんのあの勢いからすると、四日分のアイスも、半日で食べきってしまいそうな雰囲気なんだよな・・・・・。


(・・・・・・)


 アイスコーナーには、獲物を狙うハンターがいた。
 ・・・・・。
 違った。
 よくよく見てみれば、それは女子中学生だった。
 ・・・・・。
 っていうか、牧華まきはなさんじゃん。
 よくよく見なくても、牧華さんじゃん。
 一体、アイスコーナーで何をしているんだろう・・・。いや、アイスコーナーなんだから、アイスを選んでいるに決まっているんだろうけれど。それにしたって、アイス選びって、あんなに鋭い目つきでやるものだっけ・・・。


(どうしようかな・・・)


 どうしようも何も、相手は知り合いである。普通に声を掛けて、普通に会話をすればいいだけの話なんだけど・・・・・ただ僕は、学校の外で知り合いに声を掛けるというのが、ちょっと苦手なのだ。人見知りのつもりはないけれど、「学校外」という、いつもとは違う環境が、僕にはほんのちょっぴりだけ、プレッシャーになっているのかもしれない。それも、相手が女子となれば尚更である。
 これは全国の男子中学生の、少なくとも半数くらいには同意してもらえると思うんだけど・・・基本的に、「女子に話しかける」、「女子と仲良くする」というのは、少しだけレベルの高い行為なのだ。
 僕の場合は、よく分からない緊張感に襲われてしまう。
 変にハイになってしまうという同胞もいるかもしれない。
 ちょっとギクシャクしてしまうという仲間もいるかもしれない。
 少なくともウチのクラスの男子は、そういう奴が多いような気がする。女子と話すときは変にかしこまったり、うって変わっておちゃらけてみたり、かと思えば悪ぶってみたり。
 ああいうのを見て。
 大人は、「青春だなぁ」とか、勘違いするのかもしれない。
 ・・・・・よし。
 思考終了。
 あれだけ鋭い目つきをされてしまうと、話しかけにくいことこの上ないが・・・・・。
 話しかけなければ。
 話は前に進まない。
 アイスコーナーにも、近づけない。
 苦手とは言っても、ここでアイスを諦めてきびすを返すほど、苦手意識の強い行為ではないのだ。


「は、はろー。牧華さん」


 駄目だ。
 挨拶を間違えた。
 なんだよ、「は、はろー」って。
 変にフレンドリーな挨拶をしようとして、詰まっちゃてるじゃねえか。


「あ、袖内そでうちくん」


 と、彼女はこちらを振り向く。
 この上なく真剣な表情で、こちらに顔を向ける。
 ・・・怒ってるのか?
 僕のカタコトな挨拶に、怒りを隠しきれないのか?


「ねえ、袖内くん」


 なんだ?怒られるのか?
 カタコトの挨拶を、怒られるのか?
 ピクピクと不自然な笑顔を浮かべていることを、怒られるのか?それとも、なんの個性もない私服を怒られるのか?それとも・・・・。


「ねえ、袖内くん・・・・・バニラ味のアイスと、レモン味のアイス、どっちがいいと思う?」
「レモン味」


 真顔で。
 僕は、即答した。
 

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