真夏生まれの召使い少年
登校日⑤
「袖内くん。さっきはどうしたの?なんだか、ボーっとしてたみたいだけど」
「あ・・・えっと、小学生の女の子が・・・・・」
「え?小学生の女の子?」
「いや・・・なんでもない」
ホームルームが終了し、担当の掃除場所へと向かう、途中の廊下。
他人から見ても、先ほどのホームルーム中の僕の様子はおかしかったらしく、そんな風に声をかけられてしまった。
牧華葉波。
我らが二年三組の、クラス委員長を務める女子である。中学に入学してから知り合った子で、クラスの女子からは、「マッキー」とか、「ナミ」とか、呼ばれている。
クラス委員長というと生真面目なイメージのある役職かもしれないが、彼女自身は、そこまでの真面目っ子というわけではない。
むしろ、爽やかなスポーツ系女子って感じだ。部活も、テニス部所属だし。
そこまで成績優秀ってわけじゃないらしいし、極めて品行方正ってわけでもない。真面目過ぎず、不真面目過ぎず・・・・・なんというか、バランスのとれた子なのだ。良くも悪くも、平均的。出来過ぎず、出来なさすぎず、上手いことつり合っている。
いや、まあ。
そこまで語れるほど、彼女のことを分かっているわけではないのだが。
あくまで、僕から見たイメージだ。
「ところで牧華さん。掃除、ダルいよねー。牧華さんは掃除の担当、どこ?僕は、体育館前の廊下なんだけれど」
「私は、体育館内の女子トイレ。確かにダルいねー。自分の部屋の掃除ならまだしも、学校の掃除はちょっとなー・・・。って、そうじゃなくて」
彼女は足を止め、僕の顔を「ジー・・・」と窺う。
いや、どちらかといえば、「ジトー・・・」って感じだろうか・・・?
何故。
何故、「小学生の女の子が」なんて、言ってしまったのだろう。不意に声をかけられたからといって、動揺しすぎだ・・・・・。
しっかりしろ、僕。
「袖内くん、今、小学生の女の子って言ったよね?え?なに?小学生の女の子がどうかしたの?」
「いや、ほら・・・僕、小学生女子の従妹がいるんだけどさ。あの子、元気かなーって思って」
「えー・・・ホントにー?」
しまった。
全然、しっかりできてない・・・。
テキトーな誤魔化し方をしたら、疑いの眼差しを向けられてしまった。誤魔化すなら、もっと上手い誤魔化し方もあっただろうに。
もちろん僕には、小学生女子の従妹なんていない。
でもなー。
本当のことを言うわけにもいかないしなー・・・。
「校門のところに何故か、小学生の女の子がいてさー」なんて言えば、疑いの眼差しを向けられるだけでは済まないだろう。たとえ本当に、校門のところに小学生女子がいたとしても、それを見てボーっとしていたなんて、言えるわけがない。
クラス委員長に、哀れみの視線を送られてしまう。
最悪、絶交だ。
なんとか、誤魔化し切らなければ。
「本当だよ、本当。鯉川先生のどうでもいい話聞いてるくらいなら、従妹のことを考えてる方が、まだ建設的だろ?」
「その理屈も、よく分かんないけど・・・・・まさかとは思うけど、小学生女子に関する、何かしらの妄想をしていたわけではないよね?」
「おいおい。なんだよ、何かしらの妄想って。温厚な僕も、さすがに怒るよ?」
怒れない。怒れない。
冷や汗ダラダラ。
そんなことを言われると、さっきの女の子が、本当に僕の妄想だと思ってしまうじゃないか。
・・・・・妄想じゃないよな?
あの子、ちゃんといたよな?
「牧華さん。親しき仲にも礼儀あり、だよ。友達の牧華さんにそんなことを思われるなんて、ちょっとショックだなー」
「あー・・・うん、ごめん。ちょっと、変なこと言ったかも」
「いやいや、分かってくれたならいいんだ」
よし。
誤魔化し切った。まだ若干、おかしな雰囲気が継続している気もするけれど・・・・・きっと、気のせいだろう。
クラス委員長から引かれてしまう未来は、なんとか回避できそうだ。
「ほら、お祭りで会ったときに、袖内くん、私の妹とやけに仲良さげに話していたでしょ?だから、年下好きなのかなーって思って」
うっ。
痛いところを。
いや、だけど、それは完全に勘違いだ。確かに、お祭りで牧華さんに遭遇したあの日、僕は彼女の妹と仲良く話していた。けれど、それはゲームの趣味が合ったからであって、僕が年下好きだからではない。
年下好きでもないし、小学生好きでもない。
勘違いも甚だしいぜ。
「ま、いっか。暇な時間に何を考えようが、人の自由だもんね。でもさ、話を聞くフリくらいは、しておいた方がいいと思うよ?鯉川先生に目を付けられると、いろいろと面倒くさいし」
「そうだね。心得ておくよ」
彼女らしい、的確なアドバイスだ。
「人の話はきちんと聞け」、と真面目に説教するでもなく。
「先生の話なんて聞かなくていいよ」、と不真面目な意見を述べるでもなく。
バランスのとれた助言だ。偏りもなければ、傾きもない。
「あの人、ちょっとしたことで反省文書かせようとするしなー・・・・・。牧華さんは、反省文を書かされたこと、ある?」
「幸い、まだないよ。あー・・・でもこの前、宿題やってくるの忘れて、『次、忘れたら反省文な』って言われたっけ。あのときは焦ったなー」
「そりゃご愁傷さま・・・・・ちなみに、夏休みの宿題はどれくらい終わってる?」
「うーんと・・・半分くらいかな?自由研究の方は、全然」
半分くらいか・・・。それでも、僕よりは順調だな。夏休みが始まって以来、宿題に一度も手をつけていない僕に比べれば、全然進んでいる。
「宿題って、なんのためにあるんだろうね?・・・いや、こんなことを言っても、どうしようもないのは分かってるんだけどさ。でも、ついつい考えちゃうよね」
「うん。僕も今朝、ちょうど考えてたよ。宿題をやってくれるロボットがほしいなー、とか。ドラえもんほしいなー、とか」
「のび太くん的な発想だね。ねえ、学生にありがちなセリフ、言ってもいい?」
「?・・・どうぞ」
「勉強って将来、なんの役に立つのかな?」
「さあ・・・僕には分かんないな。鯉川先生に聞いてみたら?」
「大量の反省文書かされそうだから、やめとく」
「だよね」
ひとまず、夏休みの宿題を終わらせることには、意味がある。意味もあるし、役に立つ。
二学期に楽が出来る。加えて、反省文を書かされずに済む。
・・・・・無事に終えられれば、だけど。
「現代ドラマ」の人気作品
-
-
361
-
266
-
-
207
-
139
-
-
159
-
142
-
-
139
-
71
-
-
137
-
123
-
-
111
-
9
-
-
38
-
13
-
-
28
-
42
-
-
28
-
8
コメント