病名(びょうめい)とめろんぱん
西向井由未のバースデーケーキ その1
学生の本分は勉強である。
最近では、そんなことを言う大人も少なくなってきたそうだけれど、私の父親はその言葉を口癖のように頻繁に口にする。
正しいことを言っている、と思う。
私たちのように時間を持て余している学生は、勉強くらいは真面目にやっていた方が、それなりにそれなりの生活を出来るというものなのだろう。お父さんが言うには、勉強が出来ていた方が、未来の自分の得になるそうだ。どういうときにどんな風に得をするのかまでは教えてくれなかったし、わざわざ教えてもらおうとも思わなかったけれど、まあ、出来ないよりは出来たほうが良い、くらいのニュアンスなのだろう。勉学に励めば励むほど得になるということではないけれど、それでも、無学で無知な大人になるよりはマシというものだ。
ただ厄介なのは、勉強だけしていれば学生の務めを充分に全う出来るかといえば、全然そんなことはない。学生の間にも社会というものがあるし、築いていかなければならない人間関係というものがある。学生生活をある程度心地よく過ごすためには、クラスの中ではぐれ者にならないように努めないといけないし、そのためには、周りの子たちがどんなことを考え、どんな行動をとっているのかをきちんと観察する必要がある。
浮きすぎず。
沈みすぎない。
そんな、「普通の女子中学生」であるためには、実はかなりの努力が必要なのだ。それは多分、社会に出て活躍していらっしゃる一人前の大人の皆様とは異なる方向性の努力だし、より若者らしい努力であるとも言える。大人が「これだから最近の若者は」と口ずさむ度に、私たちの努力は間違えていないのだと確信を得ることが出来るのだ。「社会に出てから後悔しないため」も、もちろん大切な考え方ではあるけれど、「ここは社会ではなく、学校である」という事実に目を背けていては、そもそも現在の日常生活が成り立たなくなってしまう。意外にも(そして、言うまでもなく)、大人の世界より矛盾の少ない子どもの世界で生き抜くためには、「これだから最近の若者は」と評されるような行動をとることが必要不可欠になるような場面がいくつもある。悪いけれど、許してほしい。大人になったらもっとテキトーにするから、許してほしい。
「学生戦争、お勤めご苦労様。」
「これからは、立派な大人に成り下がっていいんだよ。」
そんな激励の言葉と共に、私たちはきっと、一人前になることが出来るだろう。だからお父さんたちは、昨日の誕生日パーティーの最後にも、あの言葉を口にしてくれたんだ。
「由未、学生の本分は勉強だよ」
「社会に出てから後悔しないように、頑張りなさい」
お父さんお母さんありがとう、と私は微笑んだ。
「行ってきまーす!」
今日も私は、あの人たちを大人として立てることが出来た。
「よっしー、おつおつー」
「あ、ユミちゃん・・・・・お疲れ様」
私が女子テニス部の更衣室前に辿り着いたところで、同じく今しがた部活を終えてきたであろうユミちゃんと、バッタリ出くわした。
ユミちゃんは私と同じ二年一組のクラスメイトで、クラスの中では比較的仲の良い友達だ。
あとは、よく知らない。
あんまり、興味もない。
せいぜい本名が「土門由未」と、私と同じ漢字が使われているということが印象に残っている程度だ。
「よっしー、今、部活終わったとこー?」
「そだよー。ユミちゃんは?」
「私もー。なーんか今日、みんな全然やる気なくってさー。そんで先輩がブチギレちゃって・・・めっちゃ雰囲気悪かったよー」
「そーなんだ。大変だったね」
えーと・・・この子、なんの部活に入ってるんだっけ?確か、花音ちゃんがバスケットボール部で、希ちゃんが演劇部だったはず。実乃ちゃんが吹奏楽部で、ユミちゃんは実乃ちゃんと一番仲が良いはずだから・・・・・。
「やっぱり、吹奏楽部って結構キツいの?吹奏楽部って文化部なのに、ノリが運動部みたいなところあるよね?」
「・・・そーそー。先輩がやたら厳しくてさー、新しく顧問になった樋本も、学生時代は吹奏楽やってたって張り切っちゃってて。こっちは、そんな本気でやるつもりないっての」
「あー・・・ウチもそんな感じ。あの人ら、無駄に先輩風吹かせちゃって・・・ムカつくよねー」
ほっ・・・良かった。
この子が吹奏楽部だったって記憶は、合ってたみたい。友達の部活すら覚えてないのか、なんて思われたら、明日からどんな視線を向けられるか分かったもんじゃない。
「よっしーのとこもそんななんだ。お互い様って感じだねー。はぁ・・・もうメンドい。一体全体、どこの部に入るのが正解だったんだろうねー」
「さぁ・・・?どこの部も、大体こんな感じなんじゃない?ここの中学、部活に力入れてるとか公言してる割に、あんまり結果出してないんだよ。それって結局、力の入れ方間違ってるってことだよね?そんなことも分かんないのかな、ここの先生たち・・・・・」
「やんなっちゃうよね」と、少し大げさに溜息をし、更衣室の扉に手をかける。「そろそろ着替えたい」という意思表示なのだけれど、ユミちゃんは察してくれるかな?気怠げだけど結構話す子だから、このままダラダラしてると、着替えられるのがいつになるのか分からない。
正直、長話は好きじゃない。というか、嫌いだ。
今日は折角早めに部活が終わったんだから、さっさと帰って休みたい。
「じゃあ私、着替えるね。私、着替えに時間かかるから、また明日続き話そー」
帰り道まで誰かに付きまとわれるのも好きじゃないので、それとなく牽制を入れる。「明日続き話そー」というコメントで、「あなたと話すのが嫌なわけじゃない」という意思を示しておくのも忘れない。こんなくだらないやり取りで、貴重な友達の一人から嫌われるわけにはいかないのだ。とは言えこれで、上手いこと話を切り上げることが出来るはずだ。
しかし。
「あ、えっと・・・よっしー、もうちょっと時間ある?」
「・・・うん?どうかしたの?」
更衣室に向けようとしていた足を踏み止め、もう一度、笑顔でユミちゃんの方に向き直る。
もちろん、笑っているのは顔だけだ。
まったく、ユミちゃんも察しが悪い。疲れているなら、こんなところで駄弁っていないで、さっさと帰ればいいのに。そんなに誰かとの会話が恋しいなら、SNSにでも呟いたら良い。きっと、大抵のことは肯定してくれる大勢の人たちが、あなたを待っている。
「テニス部の活動が終わったってことは、もう、テニスコートは自由に使っていいってことだよね?」
「まあ・・・よっぽど変なことをしなければ、自由に使っていいと思うよ」
「じゃあさじゃあさ、キャッチボールとかやってみたいんだけど・・・よっしー、付き合ってくれない?」
「・・・・・」
あー、もう。
だから、人付き合いっていうのは面倒くさいんだ・・・。
勝手にやれ、そんなの。
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