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病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その54

 
 ・・・悪夢を見た気がする。違うか・・・?いや、やっぱり悪夢だ。そうじゃなければ、こんなに汗を掻いているはずがないし、こんなに動悸が激しいわけがないし、こんなに頭痛を感じるわけがない。
 ・・・なんだか、ひどく喉が渇いた。何日も水を飲んでいなかったかのように、喉がカラカラだ。
 キッチンへ行き、蛇口から直接、水を飲み下す。パサパサに渇いた口の中に、ひんやりとした水が浸透した。


(今が夏であるとはいえ・・・なんだか、喉の渇き方が異常だ・・・・・)


 数十リットルもの水を貯水した(と思い込んだ)のち、ふと時計を見ると、時計は午前五時を示していた。
 午前五時。
 つまり、早朝である。
 目覚まし時計は、午前六時半に設定しておいたはずなんだけどな・・・。始業は八時だから、随分な早起きをしてしまったことになる。
 なんだか・・・疲れた。
 不思議と、二度寝をしようというほどの眠気には襲われないのだが、何故か、疲労感を強く感じる。寝相が悪かったのか?それとも、睡眠時間が足りなかったのだろうか?いや・・・やっぱり、よく覚えていない悪夢のせいか?


(なんだか、頭も上手く働いていない感じだな・・・)


 握りこぶしを作り、頭部のてっぺんを軽くトントンと叩く。それで頭の回転が速くなったわけでもなかったし、忘れてしまった夢の内容を思い出せるわけでもなかったが、それでも、体のスイッチは切り替わったようだ。


(とりあえず・・・コーヒーでも淹れるか)


 空炊さんが淹れてくれるほどの美味しいコーヒーではない・・・粉にお湯を注ぐだけのインスタントコーヒーだが、ないよりはマシだろう。モーニングコーヒーで、きっちり目を覚ますとしよう。
 本日の朝食、ブラックコーヒーと夕食の残りのミニチョコチップメロンパン。
 いただきます。




「・・・やなくん?大丈夫か?」
「・・・・・・・・」
「おい、柳瀬くん?」
「・・・・・いや、寝てませんよ。寝てません。全然、寝てませんよー」
「いや、誤魔化さなくていいよ・・・。講義中にウトウトするなんて、珍しいじゃないか。夜更かしでもしたのかい?」
「いえ、別に・・・ちょっと寝付きが悪かっただけです」


 二度寝こそしなかったものの、粒槍つぶやりの講義中、少々うたた寝をしてしまったようだ。睡魔に誘われて、その誘惑に負けてしまったらしい。
 いや・・・言い訳をさせてもらうと、本当に、これは珍しいことなのだ。この一週間、僕は、講義中にウトウトしてしまったことはなかった。内容を理解しきることは出来なくとも、分からないなりに、しっかりと耳を傾けてはいたのだ。こうしてうたた寝をやらかしてしまったのは、これが初めてのことになる。
 ・・・よっぽど、睡眠時間が足りなかったのだろうか?
 五時間くらいは寝ているはずなのだけれど・・・。


「・・・なあ、柳瀬くん」


 そんな僕の様子を見かねてか、粒槍は、指導書を教卓の上に置いた。
 ちなみに、僕が講義を受けているのは、『第二きゅうめい室』が設けられている、地下三階の一室である。小机と教卓、ホワイトボードが設置されているだけの、簡素な小部屋だった。パッと見は、学校の教室を連想させられるが、面積はその三分の一程度・・・机も、十脚しか設置されていない。一人で居残り授業を受けているみたいだと、初めてのときは思ったものだ。


「昨日、ほたるさんと接触してから・・・何かあったかい?」


 眠気を醒ますために軽く頭を振っていると、粒槍は不意に、そんな話を振ってきた。
 蛍井
 古い病室に横たわる、彼女。


「何か・・・と、言うと?」
「何かは何かだよ・・・何か、普段とは違うことは起こらなかったかい?」
「普通とは違うことなんて、ずっと起こり続けてますよ。『やまい』のことを知ってしまったり、殺されかけたり、誘拐されたり・・・」
「いや、そういうことじゃないよ・・・」


 「はぁ・・・」と、小さくため息をつく、粒槍。


「あのさ、俺は一応、君を心配しているんだけれどね。もし、何か思い当たることがあるなら、言ってもらえれば、アドバイスくらいは出来ると思う」
「思い当たること、と言われても・・・」


 と、僕は肩を竦める。


「特にはありませんよ。昨日は普通に帰って、普通に食事をして、普通に風呂に入って、その他諸々を済ませて、普通に寝ましたよ・・・・・ああ、美味しいパン屋は見つけましたけど。それは、関係ありますかね?」
「いや、ないね。確実に」


 粒槍は即答した。
 まあ、そうだろう。
 パン屋と、『白羽しらはね病院』の患者と、僕の寝不足に、深い関連性があるとは思えない。


「逆に聞きますけれど・・・僕の寝不足と蛍井さんに、何か関係があると、粒槍さんは思っているわけですか?彼女が、僕の熟睡を妨げているとでも・・・?」
「そこまでは言わないが・・・しかし、似たような例は、昔あったんだ」
「似たような例・・・?」
「ああ」


 と、粒槍は、真剣な表情で頷く。


「蛍井さんはもともと、『白縫しらぬい病院』の患者らしくてね。しかし、『白縫病院』の設備では、彼女への対応が難しくなって・・・それで彼女は、『白羽病院』に移動させられたそうなんだ。そして、彼女がここに移動してきてすぐに、ばら室長が似たような状態に陥っていた」
「・・・寝不足って、ことですか?」
「そうだ。寝不足・・・それも、かなり深刻な睡眠不足に陥っていたんだ。もともと青白い顔をしている室長が、本当の病人のように見えたよ。仕事中も、なんだかウトウトしていて、上の空になっていることが多かった」
「それは単純に、疲れていたってことじゃないんですか?新しい入院患者の対応に追われて、疲労が溜まっていたってことなんじゃ・・・」
「それももちろん、あるとは思うけれどね。ただ・・・それにしては、タイミングが合いすぎるんだ」
「タイミング・・・というと?」
「歯原室長が、蛍井さんに関わり始めた時期と、寝不足になり始めた時期。そして、蛍井さんの案件が落ち着いた時期と、睡眠不足が解消した時期。そのタイミングが、ちょうど良すぎるということなんだよ」
「・・・・・」
「不気味・・・というほどでもないけれど、少し不可解だろう?仕事が落ち着いたから、寝不足も解消したと考えるのが妥当だが・・・まあ、しかし、気を付けてくれ、柳瀬くん」


 睡眠時間は、しっかり確保するように。
 そんな言葉と共に、午前中の講義は終了した。





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