病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その52
『白羽病院』から僕が借りたマンション(厳密には、無理矢理貸し付けられた、と言うべきだが)は、病院から程近い位置にあった。徒歩で十五分。直線距離で結んでしまえば、本当に、大した距離にもならないところだ。『白羽病院』が貸し付けてくるマンションなんて、一体どんな物件なのだろうと警戒していたが、危惧していたような、おかしな物件ではなかった。ごくごく普通の、前に住んでいたマンションと、間取りのほとんど変わらない部屋だ。
唯一、おかしな点があるとすれば。
(・・・やたらと、監視カメラが多いんだよな)
マンションの入り口はもちろん、廊下のあちこちにも監視カメラが設置されている。前に住んでいたマンションも多い方だとは思っていが・・・それ以上だ。異常なほどに、監視カメラが多い。こんなところで不審な行動をとるのは、ばかげた行為だろう。入り口はパスワードを入力しなければ開かない仕組みになっているし、部屋の扉に至っては、また別のパスワード入力に加えて、カードキーを使わなければ入れないようになっているのだ。
防犯の観点から見れば、完璧であることは言うまでもないだろう。
(まあ、防犯なんて、上っ面の理由でしかないんだろうけど・・・)
不審者を監視しようとしているのは、間違いではないだろう。犯罪を防止しようとしているのも、然り。ただ、一番の目的は・・・。
(住人の管理、なんだろうな。多分)
おそらく僕以外にも『白羽病院』の職員が、ここには住んでいるのだろう。監視されているのは外部の人間ではなく、むしろ内部の人間であるはずなのだ。『病』に関わる職員を管理するため、そして、『病』に関する情報の漏えいを防ぐためには、これくらいの監視が必要不可欠ということなのだろう。
(だとしても、やり過ぎな気がするけれど・・・)
初日なんて、この監視態勢に辟易して、ネットカフェにでも泊まろうかと思ったくらいだ。
ただ・・・今は、変に反抗的な態度はとらない方がいいはずだ。マンションを貸し付けられたなら、そこを使う。研修を受けろと言われたなら、受ける。今のところは、従順な態度をとっておいた方が、後々に響かなくて済むはず。
この業界から手を引くために、まずは信用を得る。逃げるために、信頼を獲得する。
相手が巨大組織の一端となれば、尚更。
(信用、ね。白縫代表とも、そんな話をしたっけ・・・)
信用が大切だとか、大切じゃないとか・・・。
(この状況では、大切になってくるな。信用も、信頼も。あとは、情報とタイミングだ)
『強心症の病』とか、『忘失の病』などの情報。それに、濱江愁子院長の協力。逃亡の材料は少しずつ、揃ってきてはいるのだ。出来れば、『白縫グループ』の内部情報をもっと知っておきたいところだけれど・・・。
(ま、とりあえず今は、腹ごしらえでもしようかな)
部屋のテーブルの上に、ビニール袋を置く。
実は、『白羽病院』と自宅マンションの間に、美味しそうなパン屋さんがあったのだ。それほど大きなお店ではなかったのだけれど、お腹が空いていたので、つい立ち寄ってしまった。
店名は「レトロ(Retro)ブレッド(Bread)」。
なかなか渋いネーミングである。
最初にトレイにのせたのは、もちろんあんぱん。「かぶきや」のあんぱんほどではなかったけれど、なかなか美味しそうな見た目だった。それに加えてハムカツサンド、おまけにミニチョコチップメロンパン。お惣菜のコーナーも併設しているお店だったので、オニオンリングと揚げナスの南蛮漬けも、ついでに買ってしまった。
(・・・買いすぎかな、さすがに)
パン屋に立ち寄るなんて久しぶりだったので、ちょっと嬉しくなってしまって、つい衝動買いしてしまったのだ。・・・まあ、美味しそうだからいいんだけど。
(もしも食べきれなかったら、明日の朝ごはんにでも回そう)
思いながら、あんぱんにかじりつく。
美味い。牛乳にも、最高に会う。
多分、食べきれちゃうな。これ。
さてと・・・・・と、お腹を満たしながら考えるのは、数時間前に粒槍から聞いた情報である。
蛍井火乃。
『眠り子症候群』。
永遠の眠りへと誘い込む『病』だと、粒槍は言っていたけれど・・・しかし、眠った人間が自ら死を選ぶなんてこと、あり得るか?いくら、すべての遺体の表情が笑顔だったとはいえ、喜び勇んで自殺する、なんていうのは、ちょっと考えられない。そもそも、眠っている人間には意志がないのだから、睡眠薬でも飲んでいない限り、眠りながら自殺するなんて不可能なのだ。
笑いながら死んでいったというならば、きっと彼らは、さぞ幸せな夢を見ながら命を落としたというだけの話なのだろう。
生命活動を停止させられるその寸前まで、最高に楽しい夢を見ていたというだけの話なのだ。
(ただ・・・気になるのは、その、生命活動を停止させるって点なんだよな)
近くにいすぎるだけで寝たきりの状態にされてしまい、生存不能になるというのは、本当に恐ろしい。同じ家で過ごしていたであろう両親2人、治療を試みようと彼女に近づいた医師2人、あの病室に近寄った職員2人の合計6人が、『眠り子症候群』によって命を落としていることになる。
(でも・・・それにしては、人数が少なくないか?)
蛍井さんの近くで関わってきた人間は、もっとたくさんいるはずなのだ。たとえ、両親が死んだ直後に彼女の『眠り子症候群』が発覚し、『白羽病院』に搬送されたとしても、それだけの死人で済むはずがない。彼女を病院まで連れてきた人間、彼女を診察した人間、彼女をあの病室まで運び込んだ人間と、彼女があの状態に至るまでの過程には、様々な人間が関わっているはず。それこそ、『第二究明室』のメンバーや歯原室長は、深く関わらざるをえなかっただろう。
それなのに、何故、彼らは生きている?
全員が全員、寝たきりにされるわけではないのか?
(・・・・・考えても、仕方ないとは思うけど)
一応、彼女のことは頭に入れておこう。どこかでこの情報が役に立つかもしれないし。
今のところ、彼女に近づかない限りは、僕に害をなすことはないはずだ。寝たきりにされることも、殺されることもないだろう。
今日はゆっくり。
休むとしよう。
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