病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その45
「分かりました。働きます。働かせてください」
「うん!良い返事だね!そのセリフを待ってたよ!ようこそ、『白羽病院』へ!歓迎するよ!柳瀬くん!いやー、良かった良かった!」
もちろん拷問されるまでもなく、僕は『白羽病院』で働くことを選んだ。死ぬまで拷問されるくらいなら、素直に働いた方が全然マシだ。
「ありがとうございます、柳瀬さん。そう言ってくださると、私たちも信じていました。あなたならば、きっと、賢い選択をしてくださるだろう、と。いやはや・・・目的のためとはいえ、他人を拷問するのは少しばかり、心が痛みますからね」
「・・・人を脅しておいて、よくもそんなことが言えますね」
「他人を脅すくらいでは、私たちの心は少しも揺らぎませんよ。それにこうして、あなたの価値を再評価できたのですから、脅して正解だったとも言えます」
「価値を再評価?」
「どういう行為が、自分にとってどれくらいのリスクになるか。もしくは、リターンになるか。それらのリスク評価をきちんと判断できない人間は、我々の組織には不必要ですからね。そういう点では、柳瀬さん、あなたはとても優秀です」
「そりゃ・・・拷問するだの殺すだの言われてしまえば、それに従わざるを得ないでしょう?常識・・・・・というか、当然の反応です。そんな状況で反発するほど、僕は馬鹿じゃない」
「いえいえ・・・いるのですよ、そういう馬鹿が。『そんなことをするくらいなら、死んだ方がマシだ』とか、『死んでもやり遂げる』とか、そういう、思慮の足りないことを口走る愚か者が。死んだらすべて終わり、ということを、現実的な事実として認識できていないのでしょうね」
「・・・・・随分と語ってくれてますけど、僕だって、そういう気持ちになるときが、ないわけじゃないですよ。生きてれば誰だって、命懸けになる瞬間はあるんじゃないですか?生きてるんですし」
嘘だ。
僕に、「命を懸けたい」なんて思う瞬間は、来ないだろう。「死んだ方がマシ」なんてことは、生まれてこの方、思ったことがない。
案の定、風増さんは、「やれやれ・・・そんな冗談、これっきりにしてくださいよ」と、困ったような笑顔を浮かべた。・・・・・いちいち、動きが演技くさいな、この人。
「そんなことを、一瞬たりとでも、考えるあなたではないはずです。自分が生き残るための最適解を、きちんと導き出せる人だ・・・そうでしょう?」
「・・・僕の考えなんか、お見通しってことですか?」
「そこまでは言いませんが・・・それくらいの人間性を理解できていなければ、そもそも、あなたを誘拐するなんて、乱暴な手段に打って出たりはしませんよ。それだけ、あなたの人間性は魅力的だということです」
「それにしては」
と、僕は、ベッドの脚に結び付けられた、麻縄を手に取った。
僕を縛っていた方は木場木院長が解いてくれたけれど、その逆側は未だに、ベッドに縛り付けられたままだ。
「お遊びかと思うほど、緩い拘束でしたね。本当のところ、僕に価値なんて、見い出しているんですか?『逃げてもいいですよ』、とでも言いたげな待遇だと思うんですけれど」
というか、それが本音であってほしい。
大抵のことは何でもするから、『海沿保育園』の情報とか全然教えるから、僕を帰してはくれないだろうか?
しかし。
「それも、一種の試験ですよ。あなたの判断力を試すための、一種の試験です。『拘束が緩々だ、これなら逃げられそうだ。じゃあ、逃げてしまおう』。そんな短絡的なものの考え方では、この先、やっていけませんからね。真意を計り知ろうとする冷静さは、いつだって必要なのです」
「・・・ちなみに僕が逃げていた場合、どうするつもりだったんですか?」
「殺してましたね。そんな人、要りませんから」
「そりゃ・・・命拾いしたもんですね」
ひとまず、「逃げ出さない」というあの判断は、間違ってはいなかったということか。一歩間違えれば僕は、あっさりと死んでいたことだろう。
はぁ・・・。
駄目だ。
風増さんと会話しながら、どうにかしてここから逃げる手段はないかと模索してみたけれど・・・・・全然、まったく、これっぽっちも、思いつかない。
『海沿保育園』のメンバーのうちの誰かが救出に来てくれる・・・という望みも、薄いだろう。沖さんや炉端さんならまだしも・・・・・氷田織さんや信条さんが僕を助けてくれるとは、とても思えない。あの二人には嫌われているっぽいし、そもそも、誰かを助けるために動くような人たちじゃない。莉々ちゃんのような、「役に立つ」人間ならまだしも、僕のような使い物にならないような奴、助ける意味がない。・・・とか、考えてそうだもんなぁ。
期せずして、『海沿保育園』とはサヨナラということか。望んでいた展開ではあるけれど、もっと厄介な組織に捕まっていては、話にならない。
・・・・・そういえば。
と、僕は思い出す。
結局、沖さんに、あの日のあんぱんのお礼、言ってなかったな・・・。
「さて・・・それでは、あなたをスカウトした理由にも、納得していただいたところで」
「納得度、ゼロパーセントですけど?」
「さらに、言葉を尽くして説明いたしましょうか?」
「いえ・・・もういいです」
「それは結構」
と、風増さんは微笑む。
「そろそろ、あなたが所属することになる部署へと、ご案内しましょう」
部署、ね。
まあ、沖さん曰く、『病』に関わる組織としては、国内最大規模を誇る組織だ。病院の中も、さぞいろんな部署にわかれていることだろう。
「今、案内人がこちらに向かっているはずですので、少しの間、お待ちいただけますか?」
案内人?
一体、どんな人だろう?
「えー!?やだやだ!私も、柳瀬くんをご案内したーい!お散歩お散歩―!」
と、声を上げたのはもちろん、木場木院長。
いや、案内とお散歩って、全然別物だろう・・・。
「駄目ですよ、院長。一時間後には、院内会議が控えていますから。院長も私も、会議の準備をしなければなりません。皆さん、院長のことを待っていますよ」
「むー・・・そっか。それじゃ、仕方ないねー・・・」
露骨に肩を落とす、木場木院長。こういう会話を聞くと、本当にこの人が院長なのだと実感させられるが・・・。この人が院長で、大丈夫なのだろうか?働く働かない以前に、ちゃんと病院を経営できているのか、普通に心配になるんだけれど・・・。
と、そんなタイミングで。
コンコン。
扉を二回ノックする音が、部屋に響いた。
「おっと、到着したようですね・・・・・どうぞ」
「失礼します」
残念ながら。
この場合は本当に残念なことに、その声には、聞き覚えがあった。
聞き覚えがあったし。
殺し合いをした、覚えもあった。
「木場木院長先生、風増副院長先生、お疲れ様です。それと・・・・・柳瀬優」
ちらりとこちらを見ながら、男は言った。
「久し振り」
「・・・・・どうも」
『感電死の病』に侵された男。
粒槍伝治との、最悪の再開だった。
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