病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その41



「・・・・・どういう意味です?」
「そのままの意味だよ。その決断はとても大切だ、という、そのままの意味だ」


 楽しそうに、白縫しらぬいさんは微笑んだ。
 そのままの意味だと言われても・・・・・一体この人は、何が言いたいんだ?
 家族や仲間は大切だと言いたいのか?それとも、その逆を言いたいのか?ここまでの会話の流れでは、この人の真意はいまいち理解できない。
 曖昧。
 というよりは。
 不可解。
 こんなに真っ白な格好をしているくせに、その内側は・・・簡単には見通せない。会話に、もやがかかっているみたいに。
 いや。
 それとも、単純だからこそ、僕には理解できないのだろうか?理解できないのは、僕が僕だからか?


「・・・・・難しい話は、これくらいにしておこうじゃないか。今は、君の質問に俺が答える時間だ。聞きたいことは、結構あるだろう?何でも・・・とはいかないが、大抵のことには答えてあげよう」


 そう言って彼は、残り半分くらいまで量の減ったアイスコーヒーを、一気に飲み干した。カラカラと、中の氷が小気味の良い音を立てる。
 聞きたいこと。
 確かに彼の言う通り、聞いておきたいことはたくさんある。その中から一つしか質問できないとなると、それはなかなかに難しい選択だ。
 あの「迷い道」は何だったのか、どうすれば打開できるのか、とか。
 『白縫しらぬい病院』の連中はなぜ失踪したのか、どこへ行ったのか、とか。
 あなたはなぜ僕に接触してきたのか、どういう意図で僕との会談を設けたのか、とか。
 ぱっと思い付くだけでも、三つはある。
 どれも重要な情報だという気がするし、どれを逃しても損をしてしまう気がする。・・・・・イチかバチかで、「一つの質問を三つにしてほしい」とか、言ってみようか。
 ・・・・・いや。
 それは質問ではなく、ただの願望か。


「・・・・・白縫さん。質問です」


 三分ほど悩んだ末、僕は口を開いた。
 聞きたい質問は、決まった。
 後はこの質問に、白縫さんが答えてくれるかどうかだけれど・・・。


「あなたたち『白縫グループ』は未だに、僕の命を狙っているんですか?」


 と、僕は質問した。
 三分悩んで、一番聞きたいと思った質問がこれだ。僕にとって最も重要で、最も明らかにしておきたい問題。これに答えてもらえるならば、正直なところ、他の質問はどうでもいいとさえ言える。
 僕の命を保証してもらえるならば。
 「迷い道」のことも、『白縫病院』のことも、目の前の男のことも。
 ひとますは、全部後回しだ。


「・・・・・君が知りたいのは、やはりそこか」


 小さく頷きながら、彼は言った。
 納得したかのような、予め予想していたかのような頷き。


「予想・・・・・されていましたか?」
「予想できていたかと聞かれれば・・・半々かな。君が聞くであろう質問としては、最有力候補であったことは間違いない。けれど・・・・・」


 ジッとこちらを窺うように、彼は目を細める。


「予想を一つに絞ろうとすれば、それが第一候補にならなかったのも事実だ。『君たち』にとって重要な情報は、もっと他にあるはずだからね」


 道に迷ったこととか。
 『白縫病院』のこととか。
 俺が君たちに接触を計った理由とか、ね。
 言いながら彼は、指を折っていく。一つ一つ、候補を潰していくように。
「けれど『君だけ』に限れば、それは最高の質問なのだろう。君にとって、最重要の質問なのだろうね」
 彼の言葉に対して、僕は表情を変えなかった・・・・・と、思う。少なくとも僕は、彼の言葉に心を動かされるようなことはなかった。
 『僕たち』ではなく。
 『僕だけ』に限れば。
 最重要の質問。
 そう、その通り。この質問は僕にとって重要な意味を持つだけで、他の誰かにとっては何の意味も、価値もない質問だ。
 それだけのこと。


「何か、問題がありますか?この質問には答えられない、とか?」
「いや・・・何も問題はない。心配しないでくれ。その質問には、答えてあげられるよ」


 ・・・答えてもらえるのか。
 少し渋った風だったから、断られるのかと身構えてしまったけれど・・・。


「その質問に直接的に答えるならば、答えは『いいえ』だよ。『僕の命を狙っていますか?』、『いいえ』。これで、質疑応答は終了だ」
「いや、いいえと言われても・・・。もう少し、言葉を尽くして説明してもらえませんか?」


 「いいえ」と、解答だけを示されても。
 もっと順序立てて説明してもらわないと。試験だったら、途中点さえもらえないだろう。


「もちろん、説明させてもらうよ。はぐらかそうとしているわけではないさ」


 「まぁまぁ」と、僕を制するように、彼は小さく手を振った。


「これは既に知っていることだとは思うけれど、君を狙っていたのは『白縫グループ』全体ではなく、『白羽しらはね病院』だけだ。組織の代表として、独断専行とまでは言わないが・・・・・『白羽病院』自体の意志が強かったのは、理解しておいてほしい」
「ええ。それは分かっているつもりです」


 「はま院長から聞きました」、とまでは言わない。・・・・・彼には、筒抜けかもしれないけれど。


「『白羽病院』が君を狙った理由は単純明快で、君が『病』のことを口外する可能性があったからだ。『病』に関する情報は一応、機密情報ということになっているからね。患者の尊厳とプライバシーを守るためにも、『病』のことが世間に知れ渡ってしまうのはマズいということだ」
「ええ、それも理解しているつもりです・・・・・でも僕は、『病』のことを誰かに話すつもりはありません」
「ああ。分かっているさ。そのことを俺に、報告してくれた部下がいる」
「部下からの報告・・・・・?」


 なんだか、身に覚えがある気がする・・・・・。


粒槍つぶやり伝治つたうじだよ。君も、覚えているんじゃないかな?」


 彼はほんの少しだけ、表情を緩める。
 粒槍伝治。
 もちろん、忘れているはずがない。あれだけ執拗に命を狙われておきながら、忘れられるはずがない。
 そうか・・・あの人、ちゃんと報告してくれていたのか。ありがたい限りだ。
 あのとき彼を生かしておいて、本当に良かった。


「彼の報告書には、君の安全性ついて事細かに書かれていたよ・・・・・ちょっと過剰なくらいにね。何故そこまで君に執着するのか、あのときは分からなかったが」


 過剰なくらいに書かれていたのか。
 そこまでやるとは、さすがに思っていなかったけれど・・・。


「しかしその報告を受けて、俺は指示を下した。『白羽病院』に対して、『やなゆうを狙うのをやめろ』、とね。しばらく監視していたが、それ以降、彼らは君に危害を加えてはいないはずだ。実際君は、粒槍の件以降、『白羽病院』に関しては、危険な目に遭ってはいないだろう?」
「まあ・・・それは確かです」


 「『白羽病院』に関しては」、というのが気になるけれど。
 『シンデレラ教会』とちゃんの関係性、事件についても、彼は知っているのだろうか・・・・・?


「そういうことだよ。俺の指示による、『白羽病院』の行動停止。それが、君の質問に対する、俺の答えだ。『白縫グループ』には、もう君の命を狙う者はいない。信じるかどうかは、君次第だけれどね」
「・・・・・」


 信じる・・・・・しか、ないだろう。これは。少なくとも、辻褄は合っている。
 『白縫グループ』の代表が指示をしても『白羽病院』が止まらないというならば、もう打つ手がない。
 彼が嘘をついているならば、結局、「柳瀬優を殺す」という彼らの方針は変わらないということだ。
 どちらにしろ、お手上げ。これ以上、僕が出来ることはない。
 ここで彼を信じようが信じまいが、結局は同じだとも言える。


「納得、してもらえたかな?」
「ええ・・・・・ひとまず、納得しておくことにします」
「それは結構なことだ。ありがとう」


 ほんの少し、肩の荷が下りたような気がした。
 これで一応、彼らから命を狙われるということがなくなったわけだ。その確証を、表面上は得られたことになる。
 まだ、全部が終わったとは言えないけれど。
 ちょっぴりだけ、安心できる。


「なら・・・・・質疑応答タイムは終わりだね。次は、相談タイムといこうじゃないか」
「相談?」
「ああ。俺から君に、相談がある」


 言いながら彼は店員に、二杯目のアイスコーヒーを注文する。
 ・・・相談、だって?
 二杯目のアイスコーヒーを頼まなければならないほど長い相談を、彼はするつもりなのか?僕も何か、追加注文をしておくべきだっただろうか?
 そんな的外れの心配を、僕はしてしまった。
 そんな心配、している場合ではなかったというのに。
 もっと心配するべきことが、この先に待っていたというのに。


「相談、というのはだね・・・・・」


 フッ・・・と。
 彼の発する雰囲気が、変わったような気がした。
 無害そうな一般人の雰囲気から。
 強く正しい雰囲気に。
 変わったような、そんな気がした。


「柳瀬君・・・・『白縫グループ』で働いてみる気は、ないかい?」
 

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