病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その30
コンコンと、扉をノックする。
「蓮鳥さん?いるかい?」
深夜零時。
僕は、蓮鳥さんの泊まっている部屋を訪れていた。
こんな真夜中に、なぜ彼女のところを訪れたのかといえば、もちろん、『白縫病院』へ行くためである。
『白縫病院』へと、乗り込むためである。
とはいっても、彼らとの交渉が早まったわけではない。こんな真夜中に交渉の時間を割くほど、彼らも働き者ではないだろう。「乗り込む」というのは、文字通り、「乗り込む」のである。つまりは、不法侵入だ。なんの許可もなく、無断で『白縫病院』へと侵入する。
「ふあーぁ・・・・・あ、柳瀬さん」
寝ぼけ眼で欠伸をしながら、蓮鳥さんは部屋から出てきた。
「あれ・・・もう時間ですか?」
「そうだけど・・・蓮鳥さん、寝てたのかい?」
「真夜中の出発なので、少し寝ておこうと思ったら、寝過ごしてしまって・・・・・ちょっと待ってください。すぐに、準備しますから・・・・」
フラフラと不安定な足取りで、彼女は部屋の中へと戻って行く。
(・・・・・大丈夫かな)
これからの作戦を決行するのに、寝ぼけたままでは少々危険な気がする。
交渉前に『白縫病院』へと侵入する理由は実に単純なことで、一言で言ってしまえば、「情報収集」である。交渉の事前準備として、彼らの内側を探ろうという算段だ。
危険なのは充分に承知しているのだが、交渉を上手く進めるためには、この偵察は必要だ。病院の弱みが掴めたり、内通者を作れたりすれば一番良いけれど・・・実際、そこまで大げさじゃなくてもいい。噂話とか、そういう不確かな情報でも良いのだ。とにかく、ほんの少しでも、こちらが有利になる情報が掴めれば、それで良い。院内の情報を何も知らないままに交渉に臨むよりかは、まだマシだろう。
長居するつもりもないし、この偵察で捕まってしまうと本末転倒なので、あまりにも危険な真似はするつもりもない。
あくまでも、「念のため」の偵察だ。
ちょっと顔を出すだけ。軽く挨拶するだけ。
それくらいの意識である。
「交渉前に相手のことを知ろうとするというのは、事前準備として大切なことだと思いますけどね。それでも、ややリスクが高いんじゃないですか?柳瀬さん」
ホテルから出て『白縫病院』へと向かう道中、蓮鳥さんは、そんな質問をしてきた。
「捕まれば、『白縫病院』からの信用を失うどころか、普通に犯罪者ですよ。それでも、あそこに乗り込もうって言うんですか?」
「うん」
と、僕は即答する。
「この交渉が上手くいきさえすれば、これからの生活がグッと気楽になるからね。命を狙われるリスクが、断然低くなる。上手くいかなかったときに、またしても狙われるリスクを考えれば、やれるだけのことはやっておきたいんだ」
交渉のために、『白縫病院』へと乗り込むリスク。
交渉が失敗したときに、命を狙われるリスク。
これからの生活で生き残ることを第一に考えるならば、僕は前者のリスクをとる。
「一応、もう一度聞いておくけれど、蓮鳥さん。『白縫病院』の重要な情報とか、際立った噂とかは、よく知らないんだよね?」
「知らないですよ」
と、蓮鳥さんは肩を竦める。
「そんなの、職員でもない私が知ってるはずないでしょう?『病』に関する情報は、基本的に機密らしいですから・・・」
「まあ、そうだよね」
もちろん僕も、蓮鳥さんが、『白縫病院』の内部に関する、何かしらの重要な情報を持っていると思っていたわけではない。『白縫病院』の表向きの院長であった機桐さんでさえ、院長時代には、『病』のことを知らなかったのだ。『病持ち』であるとはいえ、ただの患者であった蓮鳥さんが、病院の機密情報を知っているとは思えない。
それでも、蓮鳥さんを連れてきたのには意味がある。重要な情報を知らなくても、『白縫病院』に侵入する上では必要な知識を、彼女は持っているのだ。
「・・・・・ここだね」
僕らは、足を止める。
目の前には、一軒の病院が建っていた。
一度だけ入院したことのある、『白縫病院』。あのときは何も感じなかったけれど・・・・今は何故だか、この病院が不気味に見える。真夜中だからというのももちろんあるけれど、やはり、『病』に関わる組織であるというのを知ってしまったから、という理由の方が強い。そんな組織がこんな身近にあったというのだから、世間も狭いものだ。
「で、蓮鳥さん。正面玄関から堂々と侵入・・・というわけにはいかないよね?どこから入るのが良いかな?」
「調理部の食材搬入口が、常に開きっ放しになっているというのを聞いたことがあります。そこが運悪く閉まっていれば、他の方法を考えなければいけませんが・・・・・ひとまずは、そこを試してみましょう。・・・こっちです」
と、蓮鳥さんは、病院の脇の方に向かって歩き出す。
さすがは、『シンデレラ教会』に侵入しただけのことはある。建物への侵入経路は、すでに考えてくれていたようだ。と、感心しながら、僕も彼女に倣って歩き出す。
・・・・・いや、本来は感心するところではないのだけれど。
なぜ女子高生が、不法侵入に慣れているんだ。
僕の感覚もいい加減、麻痺してきているのかもしれない。
「・・・・・とりあえず、侵入は上手くいきましたね」
「そうだね。後は、どうやって情報を手に入れるかだけど・・・」
蓮鳥さんの言った通り、調理部の食材搬入口の鍵は開いており、僕らは難なく病院内へと侵入することが出来た。セキュリティの甘さに感謝するのは、これで二度目である。
ただ、ここからはこんなに上手くはいかないだろう。
僕は、ポケットに入れた手紙に、手を添える。
本当に警戒しなければならないのは、ここからだ。
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