病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その25



 蓮鳥はすどりさんを連れて行くことには、おきさんは多少の抵抗があったようだが、あくまでも「念のため」だと説得した。
 念のため。
 あまりにも交渉が進まなかったときの保険だと、そう伝えた。
 ・・・さてと、ここからが難しい。
 蓮鳥さんを、どうやって味方につけるかだ。
 いや、最悪、「味方につける」までいかなくてもいい。彼女についてきてもらうだけでも、説得力があるはずだ。
 それならば、彼女の、僕への警戒心を、少しでも解いてもらわなければならない。
 なかなか大変な課題だが・・・・・やるしかないだろう。
 コツコツと、畳部屋の扉をノックする。


「お邪魔するよ」


 中に入ると、相変わらずボーっと座っている彼女が目に入った。
 しかし、入ってきたのが僕だと分かると、鋭い目つきでこちらを睨み付けてくる。


「体調・・・・まだ悪いのかい?」
「・・・・・」


 僕の言葉に、蓮鳥さんは反応しない。まあ、本気で彼女の体調を気にかけているわけではない。ほんの、会話のきっかけ作りだ。


「まだ、怒っているのかな?」
「・・・・・言うほど、怒ってはいませんよ」


 と、彼女は視線を下に落とす。


「正直・・・・・正直、複雑な気持ちですけど、あなたには悪いことをしたと思っています」


 ・・・意外だ。僕に対しては、心を閉ざし続けているものだとばかり思っていたのだが。
 反省とか、しているのだろうか?


「私が、バカみたいにガキだっただけなんです・・・・・勝手にあなたに期待して、犯罪を犯して、人を殺して・・・・」


 自嘲気味に、彼女は笑った。


「ホント、馬鹿みたいですよね・・・・・」


 こういうときに上手いフォローを入れられれば、僕の株も上がるんだろうけど、残念ながら僕にそんな才能はない。
 共感なんて、僕には出来ない。
 彼女を慰めるなんて、もってのほかだ。
 「その通りだよ。まったく、何をしてくれてるんだい?」と彼女を責めなかっただけ、まだマシだろう。


「・・・・・一つ、質問してもいいかな?」
「一つと言わず、いくつでも」


 段々と沈黙が重苦しくなっていくのを感じ、僕は話題を変える。


「君は、僕に会うために『白縫しらぬい病院』を抜け出したんだよね?なのに何故、僕の名前を名乗って犯罪を犯したり、機桐(はたぎり 」さんを殺したりしたんだい?直接、『海沿かいえん保育園』を訪れた方が、手っ取り早かったんじゃないかな?」


 これは純粋に、疑問に思っていたことだ。
 放火だの誘拐だの、そんな回りくどいことをしなくても、事は済んでいたんじゃないのか?
 機桐さんの死について、思うところがあるわけではないけれど、彼が死ぬ必要はなかったのではないかと思う。
 他人の死なんて、どうでもいいけれど。
 無駄な死は、避けるべきだろう。


「ああ・・・それは、単純な理由ですよ」


 と、彼女は語る。


「あなたの居場所が分からなかったんです。私は、あなたの名前と、あなたが『海沿保育園』に所属しているということしか知りませんでした。だから、あなたに関係ある事件を起こして、気を引こうとした」


 なるほど、と僕は納得する。
 確かに、単純な理由だ。居場所が分からなかったんじゃ、僕の元を訪れようがない。


「『海沿保育園』の場所を知ったのは、『シンデレラ教会』のリーダーを殺した後のことです。彼から奪い取ったスマホのSDカードに、ここの住所と連絡先のデータが入っていました。それでようやく、ここを訪れることが出来た・・・・・納得できました?」
「うん。ありがとう。納得できたよ」


 タネを明かしてもらえば、簡単な話だった。・・・・・というかこの子、機桐さんのスマートフォンを奪ったりしていたのか。
 本当に、抜かりない子だ。


「そうですか・・・なら私からも、質問してもいいですか?」
「?・・・いいけれど、何を聞きたいんだい?」
やなさんの話は、どこまでが本当なんです?」
「ん?僕の話って?」
「火事とか少女誘拐とか・・・一体、どこまでが本当なんですか?人を助けたというのが嘘だとしても、噂そのものが全て嘘、ということではないんでしょう?」
「ああ・・・・そういうことかい」


 彼女の言う通り、その噂はまったくの虚偽ではない。随分と美化された噂になってしまっていたようだけれど、真実も混じっている。
 なら、教えてあげよう。
 それで彼女が満足するならば、真実を伝えてあげよう。僕がどれだけ・・・・彼女の言うところの「正しい人」ではないのかを、教えてあげよう。それくらいのことなら、僕にもできるはずだ。
 僕は話した。
 独りよがりの戦いを。
 自分のことしか考えていない逃避行を。
 彼女の虚ろな視線を受けながら話すのは、なかなかやり辛かったけれど、それでも話した。
 燃え盛るマンションの一室から脱出した。残された住人の安否なんて、考えもしなかった。
 粒槍伝治を生かした。自分が生き長らえるために、彼を殺さなかった。
 疫芽忠と戦った。傷ついた彼の行方なんて、これっぽっちも考えなかった。
 機桐莉々を助けようとした。彼女を助ける気なんて、さらさらなかった。
 ありのまま、僕のことを話した。
 身勝手で、他人のことなんて全然考えない、僕のことを。


「・・・・・そうでしたか」


 納得したのか、それとも何も考えていないのか、彼女は微妙な表情で頷いた。


「なら・・・それなら、何もかも、私の勘違いだったってことですね」


 再び彼女は、自らを見下すかのように笑った。
 まあ・・・・そういう結論に至ってしまうだろう。
 抱えていた夢も希望も、跡形もなく雲散うんさんしょうした。
 彼女はまたしても、ボーっとした視線を泳がせた。・・・・・やはり、ショックだったのだろうか?
 いずれにせよ、ここは一旦引くしかないだろう。このタイミングで彼女の助力を仰ぐのは、最善の策ではなさそうだ。明日もう一度、落ち着いた頃に、話をしに来よう。
 そう思って、腰を上げようとした・・・そのとき。


「柳瀬さん」


 と、声を掛けられる。


「それでも、いいんですか?」
「・・・え?」


 質問の意図が分からず、聞き返す。


「そういう生き方でも・・・・・自分のことしか考えない生き方でも、いいんでしょうか?」
「・・・・・」


 いいんでしょうかと聞かれても。
 僕はやっぱり、彼女の質問には答えてあげられない。それが良いのか悪いのか、僕には分からない。
 ならば、正直に答えるしかない。 
 最初の彼女の質問を「知らない」と一蹴したように、答えるしかないのだ。
 僕もいい加減、学習しない奴である。


「僕は、それしか知らないんだ」


 無感情に、僕は言う。


「自分のことしか考えられない。そういう生き方しか、出来ないんだと思う。もしも、ほかの生き方ができたとしても、僕はこのやり方を選んでいたと思う・・・・・呆れてしまうくらい、自分勝手だけれどね」


 無表情に、僕は言う。
 自分のやり方が間違っているなんて、よく分かっている。自分の「間違い」に、僕は自覚的なつもりだ。自分の腹黒さを、ついてきた嘘の多さを、きちんと理解しているつもりだ。
 そして。
 この「間違い」を理解した上で、選ぶのだ。


「良いのか悪いのか、正しいのかどうかなんて、どうでもいいんだ。僕は気にしない。他人のことなんて、考えていられない。・・・・・それだけかな」


 再び沈黙が、僕らを包み込む。
 その沈黙が、どういう意味合いを持つのか。
 やっぱり、僕には分からなかった。





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