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病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その21



 『海沿かいえん保育園』の入り口である門から、保育園の玄関へと続く道には、やなゆうが一人でうずくまっている。
 沖飛鳥には、そういう風にしか見えない。
 だが、蓮鳥はすどりはとから見れば、これは都合の悪い展開である。明らかに、柳瀬の助っ人と思しき老人が現れたのだ。これは放ってはおけない。
 が、しかし、蓮鳥はここでミスを犯すことになる。
 蓮鳥の狙いは、柳瀬から沖へと移ったのだ。
 沖を襲うのであれば、まず、目の前の男を殺してからでも遅くはなかった。柳瀬を殺してから沖を襲うという手順を踏んだ方が、彼女にとっては正しい判断だっただろう。
 なんとなく、だった。
 自分の存在を悟られていないうちに、この弱々しい老人を倒してしまった方がいいという考えもあったが、やはり、直感的な感覚が大きかった。
 こいつを先に倒した方が良い。
 先に倒すべきだと、感覚的に思ったのだ。


「うぅっ・・・・!」


 激痛に、沖は声を漏らす。
 沖の元へと駆けて行き、その喉元と心臓にナイフを突き立てるのは簡単だった。力もなく動きも鈍い老人なんて、殺すのは容易い。
 そう。
 普通の老人ならば。


「・・・・どうされ、ましたか?」
「!」


 微笑む沖に対し、蓮鳥は動揺する。
 沖は死ななかった。もちろん刺されたからといって、人間はすぐに死ぬわけではないのだけれど、そういう意味ではない。それどころではない。
 沖は、決して死なないのだ。
 『ぜっやまい』にむしばまれた沖は、どんなことがあろうとも死なない。
 刺されれば、痛い。
 傷つけられれば、苦しい。
 それでも、沖は死ぬことを許されない。
 血まみれになりながら、刺された痛みに耐えながら。
 沖は微笑む。


「そんなに・・・そんなに、苦しそうな顔をして・・・・・何か、辛いことがあったのですか?」
「・・・・・・」


 蓮鳥は、あまりの驚愕に口を開けなくなる。


(なんだ・・・?この人・・・)


 蓮鳥はますます、ナイフを握る手に力を籠める。
 沖の顔に、首に、胸に、肩に、腕に、手に、腹に、腰に、脚に。
 これでもかとばかりに、過剰にナイフを突き立てる。


(くそっ!・・・・この!)


 これでも死なないのか。これでも死なないのか。
 これだけやっても。
 こいつは、死なないのか。


「そんなぬぃ・・・・そんなに、辛いことがあったんでしゅぬぇ?」


 体中から出血し、グチャグチャになって、滑舌も上手く回らない。
 それでも沖は、蓮鳥に微笑みかける。
 優しく穏やかに、微笑む。


(・・・・・なんで)


 なんで、こいつはずっと笑っている?
 いや、刺すたび刺すたびに、沖は苦しそうに顔を歪めているので、厳密には「ずっと」ではない。だがそれでも、沖は微笑もうとする。
 まるで、そんな痛みなんてどうってことはない。という風に。


(・・・・・気持ち悪い)


 蓮鳥は純粋に、目の前の老人が気持ち悪いと思った。ただただ、嫌悪感がつのった。
 刺されているくせに、何を笑っているんだ。何が可笑しいんだ。
 気持ち悪い。
 ・・・・怖い。
 蓮鳥は、失敗した。先に沖を狙うという判断をしてしまった時点で、彼女の敗北は確定していた。
 蓮鳥は意識を失う。バタリと、沖の横へと勢いよく倒れ込む。
 スタンガンを突きつけたばたじょうは、倒れた彼女を軽蔑するかのように見下ろしていた。


「・・・・・夢中になっているところ、失礼しますよ」


 静かに、炉端は言った。


「せっかくですから、あなたも腕の一本や二本、切っておきますか?」


 沖の元へと駆けて行った蓮鳥は、迂闊にも、『海沿保育園』の影から出てしまっていた。つまり、彼女の行動は、誰の目からも丸見えだったのである。
 りょう的に沖を切り刻む、彼女の姿は。
 誰が見ても、ただの殺人鬼にしか見えなかった。
 彼女の「正しさ」を求める戦いは、ようやく終わったのである。


「・・・・ふぅ」


 と、僕は、自分の心臓を落ち着かせようと試みる。
 危なかった。
 正直、今までにない大ピンチだった。
 沖さんや炉端さんがいなければ、かなり苦しい展開になっていただろう。この戦いでは、僕は本当に何もやっていない。彼女を無駄に怒らせ、命だけは助けてくれと、情けなく懇願しただけだ。彼女が、姿を消すことの出来る『病』を持っていると知っていれば、あんな言い回しはしなかっただろう。
 もっと穏やかな言葉で、彼女をさとすべきだったのだ。
 猛省である。


「丈二さん・・・彼女を傷つけるのは、やめてあげてください」
「・・・・・本気ですか?こんなに危険な人を、拘束もぜずに放っておけって言うんですか?」
「彼女だって、いろんな事情を抱えているはずです。・・・・お願いです、丈二さん。私は、彼女の力になりたいんです」
「・・・・・」


 沖さんたちの元へと駆け寄ると、そんな会話が聞こえてきた。彼女を拘束するかどうかで、話し合っていたようだ。


「優くん。大丈夫でしたか?怪我は、ありませんか?」
「・・・・・えぇ。まぁ」


 このとき、僕は初めて、『絶死の病』を見た。
 刺されても死なない、撃たれても死なない。ならば、ちゃんの『治癒ちゆじょうの病』のように、怪我をした部分が塞がっていくのだと思っていた。
 怪我が治っていく、という点は合っていたのだが。
 その光景は、想像していたよりも何倍も生々しいものだった。
 グチャグチャと気味の悪い音を立てながら、沖さんの体が組み立てられていく。切り刻まれた肉片が、細胞分裂のような現象を繰り返しながら、新しい肉体を再構成していく。
 血が。肉が。骨が。
 気分の悪くなるような分裂と接着を繰り返しながら、元の体に戻っていく。


(なんというか・・・・・ものすごく、グロテスクだ)


 先ほどの、沖さんの体が切り刻まれていく光景よりも、よっぽど醜悪である。正直、目を逸らしたくなってしまう。


「・・・・・お見苦しいものを、見せてしまいましたね」
「いえ・・・構いません。それよりも」


 話題と視線を逸らし、彼女を見る。
 地面に倒れ伏す、彼女を。


「沖さん。どうやらあの子が、機桐はたぎりさんを殺した犯人のようです」
「・・・そのようですね」
「・・・・・・助けるんですか?」
「助けますよ」


 即答だった。意見を挟む余地がないほどに、即答だ。
 微笑みながら、彼は答えた。
 ・・・・やっぱり、この人はおかしい。
 そんなにボロボロになって、そんなに傷ついて。一体、何がしたいのだろう?そんな体たらくで、本気で、誰かの力になれるとでも思っているのだろうか。


 分からない。


 分かりたくも、ない。
 

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