病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その20
(私も、あんな風だった・・・。ああやって、誰かに助けを求めた)
居場所を失い、命を狙われ、ゴミの掃き溜めにまで追い詰められて。
助けを求めた。
命だけは。どうか命だけは、と懇願した。あの白いヒーローが助けてくれなければ、蓮鳥は死んでいたのだ。
死ねば、諦めもついただろう。あそこで命を落としていたならば、「正しさ」に疑問を持つこともなく、「正しさ」を追い求めることもなく、すべてを手放していたことだろう。
だが、生き延びてしまった。生き長らえたことで、いろんなことを諦められなくなった。数々の犯罪を重ねた。
けれど。
やっぱり、生きることは楽しくて嬉しくて。
そして、幸せだった。
(私は、彼を助けるべきなんだろうな。それがきっと「正しいこと」、なんだと思う・・・・・)
あのとき助けてもらったように、今度は逆に、彼を助けてあげるべきなんだろう。
(分かってる。分かってるけれど・・・・・)
悔しい。
ここまでやって。
罪を犯して、人を殺して、やっと辿り着いたというのに。
何も報われなかったのが、すごく悔しい。
勝手なことを言っているのは、分かっている。ガキみたいなことを考えているって、分かっている。
それでも、この人には、ここで決着をつけたい。
「正しさ」を求めてきた自分に、決着をつけたい。
少しだけ、大人になりたい。
「悪いけど」
と、蓮鳥は言う。
「あなたは殺します。助けません」
両手にナイフを構え、さらに距離を詰める。彼の心臓と頭部に、狙いを定める。
彼を殺す。
子どもっぽい自分に、別れを告げるために。
対して、柳瀬は玉のような汗をかきながらも、生き残る方法を考えていた。
(なぜだ?なぜ、彼女は消えた?)
焦る。
敵の姿が消えたのだ。いつ襲ってくるかも分からない敵の姿が消えたとなれば、落ち着いてなんていられない。
(炉端さんはどうだ?炉端さんには、彼女が見えているのか?)
いや・・・・多分、見えていないのだろう。見えているならば、きっと炉端さんは動いてくれているはずだ。
だが、そんな動きはない。
ということは、炉端さんにも、彼女は見えていないのだ。
彼女が炉端さんを捉えることが出来ないように、炉端さんもまた、彼女を捉えることが出来ない。彼女は、炉端さんに似た『病』を持っているということなのだろう。
なら・・・ならば、どうすればいい?
見えない敵と、どうやって戦えというんだ?
彼女が消えた理由が分からない以上、彼女を見る手段はない。
抵抗の手段が・・・・・さっぱり分からない。
(せめて・・・・せめて、命だけは助けてくれという願いが、彼女に届けば・・・)
「正しさ」を考えながら生きるべきだった云々の反省は、もちろん嘘だ。柳瀬は、そんな反省はこれっぽっちもしていないし、これからもすることはないだろう。
だが、生きたいというのは心からの叫びだ。死ぬのだけは怖いというのは、嘘偽りない本心なのである。
都合の良い、本心なのである。
・・・・・しかし。
柳瀬の願いは、まったく届かなかった。
「悪いけど」
と、彼女の声がどこからか聞こえた。
「あなたは殺します。助けません」
その声に、柳瀬の心臓の鼓動は一層速くなる。身を固くする。
自分の願いが届かなかったことに動揺しながらも、彼女からの攻撃に備える。彼女が狙うとすれば、自分の急所だろうということは、柳瀬にも分かった。
(頭とか心臓とか、とにかく、一瞬で僕を仕留められるような攻撃を仕掛けてくるはずだ)
致命傷は避けなければ、と柳瀬は思った。軽傷ならともかく、死に至るほどの傷を負ってしまうのはマズいのだ。
機桐莉々の『治癒過剰の病』でも治せない傷を負ってしまえば、もうお終いだ。仮にこの場を切り抜けられたとしても、死を免れることは出来ないだろう。
最小限の傷で、この場からなんとか逃げ出す。
柳瀬に残された道は、それしかないのである。
(そういえば・・・・)
と、柳瀬は考える。
こんなときに限って、どうでもいいことを考えてしまう。
なんとか生き残ろうと必死になる一方で、どうでもいい考えが頭をよぎる。
どうでもいいこと。
つまり、他人の死についてである。
(沖さんは、機桐さんの死を、どういう風に莉々ちゃんに伝えるつもりなんだろう?)
「・・・・おや?どうしました?優くん」
柳瀬の思考に合わせるかのように、声が聞こえた。
『海沿保育園』へと帰って来た、老人の姿があった。
「そんな所にうずくまって・・・・・どこか、怪我でもしましたか?」
何も理解していない老人はそんな風に、柳瀬に声をかける。
そして、柳瀬優は知ることになるのだ。
老人の「正しさ」らしきものを、知ることになる。
『絶死の病』を、知ることになる。
沖飛鳥という老人を。
知ることになるのだ。
「現代ドラマ」の人気作品
-
-
361
-
266
-
-
207
-
139
-
-
159
-
142
-
-
139
-
71
-
-
137
-
123
-
-
111
-
9
-
-
38
-
13
-
-
28
-
42
-
-
28
-
8
コメント