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病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その13

 
 それは・・・それは、あんまりじゃないのか?今まで機桐はたぎりさんを支えてきた草羽くさばねさんたちにそんな判断をさせるのは、あまりにもこくなんじゃないのか?
 いや、草羽さんたち使用人の気持ちなんて、僕には理解しきれないけれど。
 彼らの心情をきちんと理解できているなんて、そんな傲慢ごうまんなことは考えていない。誰かを尊敬したこともない僕には、彼らの気持ちは分からない。
 ただ、今まで支えてきた組織を「解散させろ」と言われて、「はい、そうですか」と呆気なく捨てることは、彼らにとっては難しいのだろう。確かに、組織のリーダーを失った以上は、それも致し方ないのだろうが・・・。


「自分に嘘はつくもんじゃねえな。草羽さん」


 と、しんじょうさんが口を開く。
 どんな人間の気持ちも完璧に理解することができる、彼女が。


「犯人を見つけたい。そして、報復したい。そんな気持ちが、あんたの中で溢れ返ってるぜ。主人の命令を守りたいのと同じくらいに、命令に背きたいって気持ちも強い。そうだろ?」
「・・・・・」


 草羽さんは、ジッと、信条さんの顔を見つめる。いや、見つめるというよりは、睨み付ける、という感じだろうか。
 「何を言いたい?」という風に、彼女に強い視線を向ける。


「ふん。『お前に何が分かるのか』ってか?分かるんだよ。何もかもな」


 その視線に怯むこともなく、彼女は言う。


「あんたらのご主人様が、どういう意図で『シンデレラ教会』を解散させようと言ったのかは分からねえ。自分のいない組織には意味がねえと思っていたのか、あんたらをいつまでも組織に縛りつけてはおけねえと思ったのか・・・。予想はできても、本当のところは分からねえ」


 死人の心は、さすがの私にも読めねえよ。


「でもよ、あんたの後悔は分かるぜ。分かりたくなくても、分かっちまうぜ。そんな後悔を残しながら『シンデレラ教会』を解散させちまったら、後で、もっと後悔することになるぜ?」


 死にたくなるほどの、後悔をな。


「背いちまってもいいんじゃねえのか?命令によ。別に、解散させなくたっていいだろ。報復したって、誰も文句は言わねえだろ。このまま終わるのが嫌なら、行動した方がいいんじゃねえのか?草羽さん」


 すべてを知ったように。
 いや。
 すべてを知りながら話す彼女に、草羽さんは、賛成するでも反対するでもなく、静かに瞬きをする。
 なんだろう・・・・・やけに熱心に、信条さんは語っている。普通に、草羽さんを勇気づけているとも見て取れる。
 確か、僕が『海沿かいえん保育園』を脱走しようとしたときも、こんな風に、信条さんは語っていたっけ。
 これも、彼女曰く「当然」のことなのだろうか?人間ならば、しなければならない当然の助言だと、そう考えているのか?


「それが出来たら、どれだけ良いか・・・」


 少しして、草羽さんが口を開く。


「あなたは、何もかも分かっていると言いましたが・・・多分、分かっていませんよ。私たちがあの方をどれだけ尊敬していたか、どれだけ大切にしていたか。そして、どれだけお世話になったのかを、あなたは分かっていない」
「分かってんだけどな・・・。まあ、伝わんねえもんか」


 と、信条さんは、両手を頭の後ろに回し、椅子に寄り掛かるという、そんな態度をとる。
 ザ・反抗的、といった姿勢だ。


「いいぜ。好きなだけ葛藤して、好きなだけ後悔すりゃいい。私には、どうでもいいことだ」


 私には、どっちでもいい。
 それも、脱走を企んだあの夜に、信条さんから言われた言葉だ。


「ええ。そうしますよ。私は・・・ご当主様を信じます。あの方に従います。それが唯一、私の生きる意味ですから」


 今までも。そして、これからも。
 なんだかピリッとした空気が、その場に流れる。静かで激しい沈黙が、僕らを包み込む。


「・・・草羽さん」


 おきさんが、その沈黙を破りにかかる。


「あなたの考え方は、よく分かりました。ですが・・・犯人探しだけは、させてもらえないでしょうか?このまま放置しておけば、『シンデレラ教会』と『海沿保育園』、そして『白縫しらぬい病院』だけの問題ではなくなってしまう。無関係の人たちまで巻き込んでしまうかもしれません。それだけは、絶対に避けたいんです」


 絶対に、か・・・。
 無関係の人間が傷つくことを、絶対に許さない。
 そう言い切れてしまうところが、沖さんなのだろう。
 他人のことを全然考えられない僕には、分からない感覚だ。


「犯人を見つけたとしても、あなたたちには伝えません。そして、犯人を傷つけることもしません・・・。そういう約束で、犯人探しを許してはもらえないえしょうか?」
「・・・・・そうですね」


 少し思案顔をした後、草羽さんは言った。


「放置しておくわけにも、いきませんからね・・・・。『海沿保育園』の皆さんにお願いしても、よろしいでしょうか?」
「ええ。もちろんです」


 と、沖さんは微笑む。
 裏表のない明るい笑顔を、草羽さんに向ける。


「必ず、私たちが保護します」


 保護。
 どんな人も助ける。それが犯罪者であろうと、助ける。
 それが、『海沿保育園』なのだった。





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