病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その12
心当たりはありますかと聞かれれば、ここは、説明するしかないだろう。
僕は、炉端さんから聞いた情報を、そのまま、草羽さんたちにも話した。
『白縫病院』から、脱走者が出たこと。
『柳瀬優』を名乗る謎の犯罪者が、その直後に出現したこと。
そして、その犯罪者が、機桐さんを殺した可能性が高いということを。
「そういうことでしたか。しかし、『白縫病院』から脱走者とは・・・」
「『白縫病院』のことを、何かご存知なんですか?」
「知っているというか、なんというか・・・少し、お待ちいただけますか?」
立ち上がった草羽さんは、奥の方にある仕事机に近づき、書類を漁り始める。何か探し物だろうか?と、思っていたが、目的のものはすぐに見つかったらしく、彼はこちらへ戻って来た。
「・・・ご覧ください」
草羽さんが持ってきたのは、一枚の名刺だった。氏名や所属の書かれた、あの名刺だ。
『白縫病院院長 機桐孜々』
「白縫病院・・・院長?」
と、沖さんが目を丸くしながら声を上げる。
そういえば・・・と、僕は思い出す。機桐さんとの、最初の会話を思い出す。
『私は少し前まで、とある病院の院長をしていてね』。
確か、そう言っていたはずだ。
ならば、白縫病院の院長という肩書きを、機桐さんは少し前まで持っていたということか。
「いや・・・ちょっと、待ってください」
少し疑問に思ったことがあって、僕は口を開く。
「機桐さんは最初、『病』のことを知らなかったんですよね?」
そのはずだ。
莉々ちゃんの『治癒過剰の病』を、最初は、単なる才能だと思っていたと、彼は語っていた。
だが、『白縫病院』のような、『病』に関わる組織の院長をしていたというならば、『病』のことを知らなかったというのは変じゃないのか?
「どうやらご当主様は、『白縫病院』の、『表向き』の院長を務めていたようなのです」
「表向き?」
表向きって・・・病院に、表も裏もあるのか?
「『白縫病院』は、表向きには普通の病院ですから。普通の患者を入院させ、普通の治療を行う、どこにでもある病院です」
まあ・・・それは、分かっている。身を持って、知っている。そうでなければ、僕があの病院に入院させられるわけがないのだ。
「なら、病院としての通常業務を行う裏で、『白縫病院』は『病持ち』の保護をしているということですか?機桐さんは、表向きの院長として務めていたから、裏向きの『病』については、何も知らなかったと?」
「そういうことに・・・・なるのでしょうね。『病』に関する情報は、かなり内密なもののはずですから。病院の一部の者しか、『病持ち』のことを知らなかったのでしょう。ご当主様を除く、一部の者しか」
うーん・・・・どうやら、沖さんが言っていたように、彼らの組織構造は複雑なようだ。『病持ち』を保護する組織と一言に言っても、その中身は、それほど分かりやすいものでもないのか。
「もしも柳瀬さんのその仮説が正しいのならば、『白縫病院』は、その脱走者を、目を皿にして探していることでしょう。それでも見つかっていないとなると・・・・相当に厄介な敵なのかもしれません」
「ならば私たちも、早々に動かなければいけませんね。このままでは、次に誰が狙われるのか、分かったものではありません。それに最悪の場合、柳瀬くんが、無実の罪を押し付けられてしまうかもしれません」
と、決意する沖さん。
半分には同意。もう半分にはノーコメントだ。
他の誰が狙われようと、僕はどうでもいい。
ただ、僕を犯人に仕立て上げるのはやめてほしい。冤罪は勘弁だ。
が、しかし、沖さんの決意を遮るかのように、草羽さんは「お待ちください」と声を上げた。
「犯人探しは・・・やめていただきたいのです」
「やめる・・・?何故です?」
沖さんは、不思議そうな表情をする。僕もおそらく、似たような表情をしていることだろう。
犯人は機桐さんの仇だ。その仇を、特定したくはないのか?自分の主人を殺した人間の正体を、知りたいはずでは?
「ご当主様は・・・望んでいません。犯人の特定も、私たちが報復に動くことも・・・あの方は、望んでいないんです」
小さく頭を振りながら、草羽さんは言う。
望まない。犯人の特定も、報復も、望まない。
それは確かに、機桐さんの優しさが滲んだ判断であるとは思うけれど・・・。
「あの方は・・・たとえ、自分が殺されることがあったとしても、殺した相手に手を出すことは許さないと、そうおっしゃっていました」
それは、罰なのだから。
娘を傷つけた罰なのだから、と。
草羽さんは、苦しそうに唇を噛む。
「自分が死ぬか、組織を支えられなくなったとき。そのときは・・・」
苦しそうに。悔しそうに。悲しそうに。
その言葉を、紡ぐ。
「『シンデレラ教会』は解散とすると、そう、おっしゃっていました・・・・・」
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