病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その11
「ようこそ、皆さん・・・。お待ちしておりました」
僕らを出迎えた草羽さんは、なんだか、酷く疲れているように見えた。
来ているタキシードは、どこかくたびれているように見えるし、髪の毛も少しぼさぼさだ。その顔も、献血した後であるかのように、青ざめている。
「だ、大丈夫ですか?草羽さん」
と、沖さんが慌てて声をかける。
「大丈夫・・・とはいえませんね。残念ながら、いつもの毅然とした態度は、装えそうにありませんよ。恥ずかしながら、体調は最悪です」
草羽さんは力なく微笑んだ。完全に、無理をして笑っている顔だ。
確かに今の草羽さんは、いつものようなクールな雰囲気を、まるで纏えていない。それだけ、追い込まれているということなのだろう。
主人の死亡は。
それだけの心の傷を、彼に与えたということだ。
「少し、休まれた方が・・・」
「そうしたいところなのですが・・・そんな余裕は、今のところなさそうですよ。事件の後始末をするので、精一杯です」
後始末、か。
伏せてはいるが、「事件の後始末」というのは、「主人が死んだ後の事後処理」ということでもあるのだろう。
『シンデレラ教会』という、一つの組織のリーダーが死んだ。その事実は、組織内にも、組織外にも、大なり小なりの影響を与えたはずだ。それらの事後処理は、ちょっとやそっとのことでは終わらないだろう。
「ともかく、中へ案内しますよ。いろいろ、皆さんに相談したいこともありますからね。どうぞ、こちらへ・・・・・」
『シンデレラ教会』の中は、暗かった。まだ昼間だというのに、まるで、屋敷自体が日光を取り込むのを拒否しているかのように、暗い。
加えて、静かだ。静かすぎるほどに、静かだ。事件直後で、使用人たちがバタバタと右往左往しているのかと思っていたのだが、まったくそんな様子はない。主人どころか、他の人間も全て死んでしまったかのように、静まり返っている。草羽さん以外誰もいない・・・ということはないだろうに。
それはつまり、そうならざるを得ない状況であるということだ。
静かにするしかない。それ以外、何もできない。
そういう状況なのだろう。
「草羽さん。機桐さんが殺されたというのは・・・間違いないことなのでしょうか?」
「間違いようがありません」
と、草羽さんは頭を横に振る。
「私たちは、あの方の死に様を、嫌というほど見せつけられましたし、使用人の一人は、実際に殺された直後の現場を目撃しています。事故死でもなければ、もちろん自殺でもない・・・・」
ご当主様は。
殺されたのです。
そう語る草羽さんの表情は、後ろからでは見えなかった。けれど、おそらくその顔は、悔しさに歪んでいることだろう。
廊下を進む彼の足取りが、少しだけ速くなる。
「使用人たちのほとんどは、心に大きな傷を負いました。あまりのショックに、何もできなくなってしまった者もいますし、寝込んでしまった者もいます・・・。事件の後始末のために動けているのは、私を含め、ほんの数人ですよ。さすがに、彼らを無理矢理働かせることは、私にはできません・・・・。もっとも、なんのために働けばいいのか、という話ではありますが・・・」
一体、私たちは。
これから、なんのために生きていけばいいのか。
と、そこまで話したところで、草羽さんは足を止めた。
「どうぞ、お入りください」
草羽さんは、小さな部屋の中へと、僕らを案内してくれた。部屋の中には、書類やら本やらが積み重なった仕事机が一台と、来客に対応するために設置していると思われるテーブルが一台、置かれていた。
・・・てっきり、機桐さんの死体が安置されている場所へと案内されるのかと思っていたので、少し意外だった。なぜ草羽さんは、僕らをこの部屋に案内したのだろう?
「ここは、ご当主様が仕事用に使われていた部屋でした。これから話をする上では、この部屋は都合がいいんです・・・。お座りください」
壁際から四脚の椅子を引っ張ってきた草羽さんは、そう促した。
「今、飲み物を用意しますので・・・」
「その必要はねえよ」
と、館に来て初めて、信条さんが口を開いた。
「あんた、心身ともにボロボロだろう?そんな調子じゃ、近いうちに、あんたも死んじまうぜ?無理してねえで座れよ。さっさと私たちに説明しな。今、説明できる精神状態を保っているのは、あんたくらいしかいねえんだろ?」
「・・・・」
驚いたように、草羽さんはこちらを振り向く。
まあ、そりゃ驚くだろう。
心の中を見透かされたように語られれば、驚かずにはいられない。
心を読む、『真空性言語機能不全の病』。
その『病』は、誰にだって、驚愕と恐怖を与える。
「あなたが・・・信条陣さん、ですか?」
「ああ。よろしく、草羽さん。んで、どうなんだ?説明する気はあんのか?あるんなら、倒れちまう前に座りな」
「・・・・・ありがとうございます」
そう言いながら草羽さんは、立つ力を失ったかのように、ドサッと勢いよく椅子に座った。
どうやら、僕が考えていた以上に、彼は疲労困憊していたようだ。辛そうに目を瞑る彼の表情は、先ほどまでの何倍も、疲労感を抱えているように見えた。
「とはいっても・・・どこから話しましょうか」
重たそうに瞼を開いた草羽さんは、そんな風に言った。
「ひとまず、柳瀬さん」
と、草羽さんは、僕の方に向き合う。
「なんです?」
「ご当主様を殺した犯人は、『柳瀬優』を名乗っていたそうなのですが・・・なにか、心当たりはありますか?」
・・・なるほど。
必ず僕に来てほしいと言っていたのは、そういうことか。
どうやら炉端さんの名推理は、当たってしまったようだ。
僕らを出迎えた草羽さんは、なんだか、酷く疲れているように見えた。
来ているタキシードは、どこかくたびれているように見えるし、髪の毛も少しぼさぼさだ。その顔も、献血した後であるかのように、青ざめている。
「だ、大丈夫ですか?草羽さん」
と、沖さんが慌てて声をかける。
「大丈夫・・・とはいえませんね。残念ながら、いつもの毅然とした態度は、装えそうにありませんよ。恥ずかしながら、体調は最悪です」
草羽さんは力なく微笑んだ。完全に、無理をして笑っている顔だ。
確かに今の草羽さんは、いつものようなクールな雰囲気を、まるで纏えていない。それだけ、追い込まれているということなのだろう。
主人の死亡は。
それだけの心の傷を、彼に与えたということだ。
「少し、休まれた方が・・・」
「そうしたいところなのですが・・・そんな余裕は、今のところなさそうですよ。事件の後始末をするので、精一杯です」
後始末、か。
伏せてはいるが、「事件の後始末」というのは、「主人が死んだ後の事後処理」ということでもあるのだろう。
『シンデレラ教会』という、一つの組織のリーダーが死んだ。その事実は、組織内にも、組織外にも、大なり小なりの影響を与えたはずだ。それらの事後処理は、ちょっとやそっとのことでは終わらないだろう。
「ともかく、中へ案内しますよ。いろいろ、皆さんに相談したいこともありますからね。どうぞ、こちらへ・・・・・」
『シンデレラ教会』の中は、暗かった。まだ昼間だというのに、まるで、屋敷自体が日光を取り込むのを拒否しているかのように、暗い。
加えて、静かだ。静かすぎるほどに、静かだ。事件直後で、使用人たちがバタバタと右往左往しているのかと思っていたのだが、まったくそんな様子はない。主人どころか、他の人間も全て死んでしまったかのように、静まり返っている。草羽さん以外誰もいない・・・ということはないだろうに。
それはつまり、そうならざるを得ない状況であるということだ。
静かにするしかない。それ以外、何もできない。
そういう状況なのだろう。
「草羽さん。機桐さんが殺されたというのは・・・間違いないことなのでしょうか?」
「間違いようがありません」
と、草羽さんは頭を横に振る。
「私たちは、あの方の死に様を、嫌というほど見せつけられましたし、使用人の一人は、実際に殺された直後の現場を目撃しています。事故死でもなければ、もちろん自殺でもない・・・・」
ご当主様は。
殺されたのです。
そう語る草羽さんの表情は、後ろからでは見えなかった。けれど、おそらくその顔は、悔しさに歪んでいることだろう。
廊下を進む彼の足取りが、少しだけ速くなる。
「使用人たちのほとんどは、心に大きな傷を負いました。あまりのショックに、何もできなくなってしまった者もいますし、寝込んでしまった者もいます・・・。事件の後始末のために動けているのは、私を含め、ほんの数人ですよ。さすがに、彼らを無理矢理働かせることは、私にはできません・・・・。もっとも、なんのために働けばいいのか、という話ではありますが・・・」
一体、私たちは。
これから、なんのために生きていけばいいのか。
と、そこまで話したところで、草羽さんは足を止めた。
「どうぞ、お入りください」
草羽さんは、小さな部屋の中へと、僕らを案内してくれた。部屋の中には、書類やら本やらが積み重なった仕事机が一台と、来客に対応するために設置していると思われるテーブルが一台、置かれていた。
・・・てっきり、機桐さんの死体が安置されている場所へと案内されるのかと思っていたので、少し意外だった。なぜ草羽さんは、僕らをこの部屋に案内したのだろう?
「ここは、ご当主様が仕事用に使われていた部屋でした。これから話をする上では、この部屋は都合がいいんです・・・。お座りください」
壁際から四脚の椅子を引っ張ってきた草羽さんは、そう促した。
「今、飲み物を用意しますので・・・」
「その必要はねえよ」
と、館に来て初めて、信条さんが口を開いた。
「あんた、心身ともにボロボロだろう?そんな調子じゃ、近いうちに、あんたも死んじまうぜ?無理してねえで座れよ。さっさと私たちに説明しな。今、説明できる精神状態を保っているのは、あんたくらいしかいねえんだろ?」
「・・・・」
驚いたように、草羽さんはこちらを振り向く。
まあ、そりゃ驚くだろう。
心の中を見透かされたように語られれば、驚かずにはいられない。
心を読む、『真空性言語機能不全の病』。
その『病』は、誰にだって、驚愕と恐怖を与える。
「あなたが・・・信条陣さん、ですか?」
「ああ。よろしく、草羽さん。んで、どうなんだ?説明する気はあんのか?あるんなら、倒れちまう前に座りな」
「・・・・・ありがとうございます」
そう言いながら草羽さんは、立つ力を失ったかのように、ドサッと勢いよく椅子に座った。
どうやら、僕が考えていた以上に、彼は疲労困憊していたようだ。辛そうに目を瞑る彼の表情は、先ほどまでの何倍も、疲労感を抱えているように見えた。
「とはいっても・・・どこから話しましょうか」
重たそうに瞼を開いた草羽さんは、そんな風に言った。
「ひとまず、柳瀬さん」
と、草羽さんは、僕の方に向き合う。
「なんです?」
「ご当主様を殺した犯人は、『柳瀬優』を名乗っていたそうなのですが・・・なにか、心当たりはありますか?」
・・・なるほど。
必ず僕に来てほしいと言っていたのは、そういうことか。
どうやら炉端さんの名推理は、当たってしまったようだ。
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