病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その10
・・・確かに。
それが事実ならば、確かに大問題である。
「いえ、『同一人物である』なんて、言い切ってしまいましたが、これは単なる推測にすぎません。・・・・ただ、可能性はかなり高い、と私は考えています」
同一人物、か。こうして話を並べられると、その通りだと思えるけれど・・・。
「何か、根拠はあるのかい?その一連の事件の当事者が、同一人物であるという根拠が。それぞれ、別の人間であるということも、考えられなくはないだろう?」
「考えられなくは・・・確かに、ないですね。ですが、柳瀬さん」
と、炉端さんは人差し指を立てる。まるで、言い聞かせるかのように。
「『白縫病院』からの脱走者が発覚した直後に、『柳瀬優』を名乗る犯罪者が現れたという事実があるとすれば、どうですか?」
「・・・・・」
「それに、機桐孜々もまた、柳瀬さんと関係の深い人物ですよね?偽・柳瀬優が起こした第三の事件が、『機桐孜々の殺害』だとすれば、かなり辻褄が合うと思いませんか?」
辻褄は・・・合っている。気持ち悪いほどに、合ってしまっている。
偽・柳瀬優という表現は、ちょっとどうかと思うけれど・・・。
まとめると、こういうことだ。
『白縫病院』を抜け出した脱走者は、「柳瀬優」の名を名乗りながら、「放火」と「少女誘拐」という、二つの事件を引き起こした。そして、それだけでは飽き足らず、「『シンデレラ教会』のリーダーの殺害」という、三つ目の事件を引き起こしたのだ。
まとめたところで、相変わらず事件の意図ははっきりしないものの、彼(彼女?)の動向は、なんとなく窺い知ることができた。
まあ、いいだろう。それだけのことならば、「へー。大変だねえ」の他人事で済ませられるのだ。
問題は、ある一点だけだ。
犯人が、「柳瀬優」を名乗っているという事実。
その点が、大問題なのである。
もし、このまま偽・柳瀬優が犯罪行為を重ねていけば、近いうちに僕自身、つまり、真・柳瀬優(この言い方もどうなんだ・・・)に、疑いがかかってしまう可能性がある。
そんなのは、まっぴら御免だ。
「放火魔」に「少女誘拐犯」、「殺人犯」の汚名を、着たくはない。
「もし、公的機関に追われる身になりたくないのであれば、早めに手を打つことをお勧めしますよ、柳瀬さん。真犯人がこれ以上、罪を重ねないうちに」
手を打つ、か・・・・・。だが一体、どうしろというのだろう?
残念ながら僕は、刑事でもなければ、探偵でもないのだ。手を打とうにも、最初から打つ手がない。
しかし、まあ、これらの調査を行ってくれた炉端さんには、お礼を言わなければならないだろう。
炉端さんと、『自然態症候群』には、感謝だ。
「伝えてくれてありがとう、炉端さん。何をすればいいのか、よく分からないけれど・・・なんとかしてみるよ」
「いえ、お礼には及びません。当然のことをしたまでです」
と、炉端さんは微笑む。
「当然のこと」ね・・・。その言葉が、誰かさんの口癖の物真似じゃなければ、本当にかっこいいセリフなんだけれど・・・。
「そういえば、このことは、沖さんには報告していないのかい?」
「報告しようとも思ったんですが・・・なにせ、柳瀬さんの個人的な事情が絡みますからね。本人に伝えてからの方が、良いと思ったんです」
・・・ものすごく、気の遣える女子高生である。
「気を遣わせちゃって悪いね、炉端さん。沖さんには、僕から報告しておくよ」
沖さんならば、何かしら、打つ手を考えてくれるかもしれないし。
他力本願なことこの上ないが、僕一人では対処のしようがないのもまた、事実である。
「分かりました・・・。柳瀬さん、くれぐれも気をつけてください。犯人の意図は分からないと言いましたが、柳瀬さんに、なんらかの影響を与えようとしていることは、紛れもない事実なんです。もしかすると・・・」
と、炉端さんは言葉を切る。
しかし僕は、その言葉の続きを、なんとなく分かったような気がした。
もしかすると。
僕に関わる事件を起こし、僕に関わった人間を殺した、犯人の次の目的は。
「柳瀬優を殺す」。
・・・なのかもしれないのだ。
数分後、炉端さんと別れた僕は、ホールで待っていた信条さんと沖さんに合流した。
痺れを切らしていた信条さんに、「遅えよ!」と殴られそうになったという事件はあったものの、とうとう僕らは、『シンデレラ教会』へ向けて出発したのである。
ちなみに、運転手は沖さん、助手席に信条さん、後部座席に僕、という配置だ。
「ったく、長話してんじゃねぇよ。私を待たせんな」
と、愚痴をこぼす信条さん。相当イライラしているようだ。
どうやら沖さんは、ボディガードという役割を、信条さんにお願いしたらしい。「あん?ボディガードなんて、氷田織がやればいいじゃねえか」と反論したそうなのだが、残念ながら、その反論は通らなかった。
氷田織さんは、『シンデレラ教会』のメンバーの一人であった、詩島志吹を殺しているのだ。
自分たちの主人が殺されたという緊急事態に、仲間の仇を連れて来られれば、彼らだって冷静ではいられないだろう。
そうでなくとも、氷田織さんは現在、仕事中だ。現実的に、僕らのボディガードを務めるのは不可能なのである。
僕としては、両方とも性格の悪い二人なので、どちらでも同じようなものだと思うのだが・・・。
「おい、こら!私と、氷田織のバカを、同じような奴でまとめるんじゃねえ」
と、僕の心を読みながら、凄む信条さん。
しまった。この人の前では、迂闊なことを考えてはいけないんだった。
うっかり。うっかり。
「その考え方が、もはや迂闊だっての・・・」
吐き捨てるように言った彼女は、そのまま腕を組み、黙り込んでしまう。
確かにこの状況では、軽口をたたく・・・・・もとい、軽口を考えるべきではない。
せっかく、ボディガードを担ってくれているのだ。機嫌を損ねるようなことを、考えるべきではないだろう。
まあ・・・こんな考えも、この人にはバレバレなんだろうけど。
『シンデレラ教会』へ向かう道中、僕らは、一台の自転車とすれ違う。
その運転手、偽・柳瀬優と再会するのは。
もう少しだけ、先のことになる。
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