病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その5



 ・・・・うーん。
 正しいことって、なんなのだろう?
 わた・・・僕は、ふと考える。
 正しいとか、間違ってるとか、いろんな人が言うけれど、一体、正しいことってなんなのだろう?
 たとえば、悪人を殺すことを間違っているとは、僕は思えない。悪い奴は等しく死ぬべきだと、僕は思う。
 僕はそう教えられてきた・・・というか、僕の周りは、いつもそんな人間ばかりだった。だから、生きていい人間と、死んだ方がいい人間は、きちんと選別するべきだと、そう思う。
 命は平等だなんて、そんなのは幻想だ。胸を張って正しい生き方を出来る人間もいれば、間違えることしか出来ない人間もいる。生き方が違えば、その命の価値にだって、差が生まれてしまう。
 僕は・・・正しく生きたい。
 『シンデレラ教会』のリーダーを殺したように。
 正しいことをしていきたい。
 さて・・・話題はだいぶ逸れてしまったけれど、そろそろ今回の仕事の話だ。僕は今、とある保育園の前に来ている。それほど大きくはなく、どちらかといえば、かなり小規模な保育園だ。だが僕の場合、用があるのは保育園そのものではなく、その中にいる人間だ。その人に会うのが、今回の仕事だ。
 その人に会って話をするのが、僕の目的だ。
 きっと彼ならば、僕の疑問に答えてくれるはずだ。
 正しいことがなんなのか、彼なりの答えを教えてくれるはずだ。


「暴走するエレベーターや、燃え盛るマンションの中で、人命救助を行った。」
「暗殺者に命を狙われながらも生き残った。しかも情けから、その暗殺者を生かした。」
「子どもを助けるために、命を賭けて戦った。」
「暴力的な父親の手によって誘拐されそうになった子どもを、助け出した。」


 噂が本当ならば。
 そんな「正しさ」が、実在するならば。
 そんな、正しさを象徴するかのような行動をしてきた彼ならば、正しいということがなんなのかを、知っているのではないだろうか。
 彼の生き方を知りたい。彼と同じ、正しい生き方をしたい。
 そのために、僕は自分の居場所を飛び出してきたのだから。
 僕は、保育園の周りを注意深く観察する。どうやら、警備員のような人はいないようだ。まあ、『シンデレラ教会』のような大きな建物ではない。警備態勢は、それほど厳重なものではないだろう。姿を隠しにくい真昼間であっても、忍び込むのは難しいことではない。
 ・・・というか、別に、今回は見つかってもいいのだ。誰かを殺そうとしているわけではないし、泥棒に入ろうとしているわけでもない。
 ただ、話をしたいだけなのだ。それ以外には、何もするつもりはない。
 ・・・不法侵入も立派な犯罪だと言われれば返す言葉もないが、殺人罪に比べれば、軽いものだろう。僕たちのような人間に、法律が正常に働くとも思えないし。
 軽い。軽い。
 期待に胸をたかぶらせながら、僕は保育園の門を潜る。この気持ちの昂りは、『シンデレラ教会』のリーダーを殺そうとしていたときの気持ちとは、少し違う。
 あのときは、自分の欲求を満たせるということに、興奮を抑えきれなかった。
 今回も、そういう意識がないわけではないが、どちらかといえば、「自分を試せる」という気持ちが大きい。
 自分の信じる「正しさ」が本当に正しいのか。
 大げさに言ってしまえば、自分のやっていることは「正義」なのか「悪」なのか。
 彼と話すことで、それを判断したい。自分の正しさを試したい。


「ホントに、正しいって何なんだろう・・・・?」
「僕は、そんなことは言わないよ」


 抑揚よくようがなく、無感情で静かな言葉が響く。
 僕の・・・・いや、もういいだろう。
 もうバレバレだろう。「私」が「彼」ではないことなど、とっくの昔に、バレてしまっているだろう。
 私の独り言に、返す声があった。
 気付けば、彼はそこにいた。結果的に私は、保育園内に侵入すること叶わず、見つかってしまった形になったわけだけれど。
 そんなことはもう、どうでもよかった。
 だって、彼はそこにいるのだから。
 私の憧れであり、目標である彼は、そこにいるのだから。


「僕は、正しいことが何か?なんて、口に出したりはしない。むしろ、そんなことを疑問に思ったことさえ、ないかもしれないな」


 彼の言葉に、私は顔を上げる。
 こうして、私のプロローグは終わる。長ったらしく、嘘まみれのプロローグは幕を閉じる。
 きっと、私は彼にはなれないのだろうし、私の理想通りには、事は運ばないのだろう。
 ここからが本編なのだ。
 私にとっても、彼にとっても、本番はここからだ。


「あなたに、会いに来ました」
「僕は、会いたくなかったな」


 「君のような犯罪者には、出会いたくなかったよ」と、やなゆうは、ほとんど無感情に、ほとんど無表情に、そんなことを言う。
 冷たい声が、響く。


「僕の名前を使って犯罪をするのは、やめてもらえないかな?」


 すごく迷惑だからさ。





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