勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

141話 平穏な日常回

 多くの者にとっては『気付いたら人と魔の戦争が終わっていた』という感じだろう。

 人族の領土に残った者はおろか、実際に戦争に参加した者たちにとっても、そのような感じだった。

 戦場で目覚めた兵士たちは、自分たちがリッチに殺されたように感じていたのだけれど、なぜか生きていた。
『リッチに蘇生されるとアンデッドになる』という説が一般的なので多くの者が首をひねったが、これについては、のちに発見された『ある要素』によって、なんとなく説明がつくこととなった。

 目が覚めたら、強くなっていたのだ。

 目の前に差し迫るリアルな『死』と、それに立ち向かうのが自分自身なのだという『当事者感』……
 目を覚ました兵士たちの多くが、これを乗り越えて強くなっていた。

 この現象は『覚醒』というらしく、あのロザリーやレイラなんかも、『覚醒』したから、あんな、めちゃくちゃに強かったのだという。

 つまり、人々が『リッチに蘇生されてもアンデッドになっていない。なぜ?』という謎に対して想像した答えは……

『アンデッドにはされたが、覚醒したので、リッチの支配を打ち破った』

 こういうものになる。

 人々はこれを広く支持した。

 ……誰も、リッチの力の原理を知らない。
 誰も、リッチに蘇生されたらアンデッドになるのだと信じて疑わない。

 もちろん少数ながら『本当にリッチに蘇生されるとアンデッドになるのか?』とか『覚醒とリッチによる蘇生との因果関係は?』とか考える者もいたが……

『悪しき死霊術師の支配を、人の力で打ち破った』というストーリーが気持ちよかったので、誰にも相手にされなかった。

 人は信じたいものを信じるし、人が信じたいものは、自分が気持ちよくなれるものなのだ。

 それに、じっくりと現象について考察する時間もない。

 なぜなら、戦争はまだまだ続くからだ。

 魔王は倒された━━らしい。
 魔族は王を失った━━らしい。

 けれど、新しく魔族たちの王におさまった者がいる。

 死霊術師リッチと、その伴侶たる元女王ランツァ。

 この新たなる『悪しき存在』を打ち破るため、人々の戦いは続いていく。

『覚醒』という新たなる力を得た人々は、邪悪なるものをこの世から駆逐し、真の平和を手にするまで……
 大事な人が安心して暮らしていける世界になるまで、その剣を振るい続けるのだ…………



「カバーストーリーはなんかすごい勢いで受け入れられたわね……なんていうか、人、『悪』に飢えてるわ……」

「あと『覚醒』っていう新しい力を発見したのに、すぐに平和になって力の試しどころを得られないのがやだったんじゃないかってリッチは思うよ。そしてその気持ちはちょっとわかる」

 ━━魔王城。

 容赦なくテーブルセットが広げられ書類棚が並べられたその空間で、新魔王ランツァとリッチが雑談をしていた。

 そう、雑談なのだ。

 ぶっちゃけてしまうと魔族は本当に素直で、内政において手間がほとんどない。
『やれ』と言われれば『やる』となる。
 ……人族社会の内政にまつわる苦労のほとんどが、『やれ』と言われても『えぇ〜?』となる人にいかにやらせるか、その方法を考えて実行することだったのではないかと、最近ランツァは思っているところだった。

 そして外交についてだが、これももう、ほとんど仕事がない。

 なにせ人類の敵が『魔王』から『新魔王』になっただけでやることは今までと変わらない。
 兵器や食糧の供給量コントロールは魔王が使っていたシステムをそのまま利用できる……というか魔王をそのまま利用できるので、これも手間がいらない。

 おまけに人族の領内にはエルフを堂々と潜ませており、このエルフは近衛兵やらなんやらというかたちで自然と人族に溶け込んでいるので、情報操作も簡単だ。

 それに魔王を降したことにより『エルフは地上に五百体まで』の制約もなくなって、もはやランツァを止める者はいない。

 なお、形式上はリッチに従うエルフであり、リッチに従うランツァであり、リッチの支持を聞く魔王なので、いちおう、名目上の支配者はリッチなのだが……

 リッチがそんなものに興味はない、というか基本的にそういうものにかかわりたくない性質なのは全員が知っており、実質的な支配者はランツァになっている。

 ……そうだ。人類を取り巻く環境は、なにも変わっていないのだった。

 これまで通り支配された食糧供給。これまで通りの茶番の戦争。
 ただ敵対者が『魔王』から『新魔王』に変わっただけで、人は今までと同じ理由で死んでいくし、そうとは知らないまま敵である魔王たちに存亡を握られている。

 変わらない平穏な日常というのは、現代の世界においてはそういうもので、これからもずっと続いていくのだろうと思われた。

 きっと勇者のような、あるいはランツァのような存在が現れて、この世界の仕組みに気付いて、それを打ち破ろうとする日が、いつか来るのだろうけれど……

 そういった存在が生まれる気配は、まだない。

 だからこの『平和』は、まだ続くし、続かなくなりそうなら、その時に対策を考えればいい。

「というかリッチには二つ、不思議なことがあります」

 骨のみの指を二本立てる。
 眼窩が向いた先には金髪碧眼の少女……ランツァがいて……

 彼女は訓練用神官服を着て運動していた。

 膨大な政務から解放された彼女は、運動時間が増えて、暇さえあればこうして体を動かすようになっていたのだ。

「なに?」

 カカトの腱を伸ばしながら、リッチの方へ無数に問いかける。

 するとリッチは中指を畳んで人差し指だけ立てた状態にして、

「一つ目。なぜランツァとリッチが伴侶扱いにされているのか」

「人、恋バナが好きだから」

「……そういうアレなの?」

「まあなんか……過程? 『死の即位式』からアンデッド化して〜、でも途中でなんだか支配を打ち破って〜、最後には協調して魔族の新しい支配者におさまって〜、っていう同格感を表すのに一番おさまりがいい表現だったんでしょ、『伴侶』」

「同盟とか協力者とか友人とかでもいいのでは」

「『新しく人類の敵になったお友達です』って?」

「……まあ、うん。たしかにおさまりがいいね、『伴侶』」

「もう一つは?」

「……いや、あのさあ。フレッシュゴーレム戦役の時に、さんざん蘇生したよね!? その人たち、アンデッドになった!? なってないよね!? じゃあなんで『リッチに蘇生されるとアンデッドになる』っていう勘違いがこんなに横行してるんだよ! 思考能力か記憶力がある人類はいないの!?」

 リッチ、キレた━━

 死霊術への誤解や解釈違いにめちゃくちゃ厳しいのがリッチなので、この話題に対してはいくらキレたかもわからないほどキレまくっている。キレッチだ。

 実のところ、この疑問をランツァに叩きつけるのはこれが初めてというわけでもなく、幾度も幾度も、同じことを言っている。
 なのでこれは『わからない』というより『理解したくない』という、愚痴なのだが……

 今のランツァは暇なので、何度同じ質問をされても、何度でも同じ答えを返してくれる。

「だから、あの当時に人を蘇生して回ってたのは『リッチ』じゃないでしょ? 超長距離憑依術でそのへんの死体に憑依したせいで、『奇跡を扱う人』がやったことだと思われてるし、その『奇跡を扱う人』はみんな『新聖女』に統合されたじゃない」

「でもさあ! その新聖女の『奇跡』とリッチの『蘇生』、具体的になにが違うんだよ! なにも違わないじゃん!」

「骨の化け物がやったか、かわいい女の子がやったかの違いがあるわ。かわいい女の子がやるとね……『善い奇跡』になるのよ」

「人類ィィィィィィ!」

「イラついてるわね。殺しに行く?」

「……いや、いいよ。前線まで行くの面倒だし」

 ちなみに現在の前線は『生命回収スポット』みたいなもので、殺したくなったらそこに行って殺すし、魂とか肉体がほしくなったらそこで回収する。
 ちゃんと蘇生おかたづけをするという条件付きで、死霊術は人殺しを解禁したのだ。
 解禁すると研究者たちが遠出してちょっと人を殺してみるようになったのがいいところで、解禁されたせいでなんかつまらなくてすぐに研究者たちが遠出しなくなってしまったのが悪いところだった。

 自由はない時にこそ欲するものだし、禁則は破る時にこそワクワクするものだが、いざ許可されてしまうとやる気がなくなってしまう━━そういうもの、なのだった。

「……なんだかさ、最近思うんだよ。昔の俺は、すごくすごくすごーく狭い世界の中であくせく生きてて、必死で、見てられないぐらい空回りしてたんだなって」

「その述懐はわたしにも効くわね……」

「『人』の中でどうにかうまくやろうとして、うまくやるためには信頼されて、期待されて……きちんと・・・・して、そうやってみんなに認められないといけない、みたいなものがあって」

「胸が痛くなってきたわ」

「運動のしすぎでは?」

「リッチの話が身につまされすぎて精神的にダメージがあるという表現だから、気にしないで」

「やめる?」

「続けて」

「わかった。……それで、まあ、俺はそういうのが苦手だから、ほとんどあきらめて、拗ねてたんだけど……今思えば、見下すっていうのは、きっと、拗ねてたってことなんだろうってわかるんだけど……とにかくなんていうか、『人』への期待の裏返しだったんだろうし、その『人』の中にしか生きていく場所がないと思っていたから追い詰められてたんだろうなって……」

「今は?」

「人への期待をいっさいやめたから、楽だよ」

 頭蓋骨をかたむけて天井を見上げる姿には、晴れ晴れとして、スッキリとした雰囲気があった。

 ランツァは床に座って開脚前屈をしながら、問う。

「誰にも期待しなくなったっていうこと?」

「ううん。『人』とかいう群体に期待しなくなっただけ。というか、まあ……『人』っていう人はいないんだよね。俺は名前がわかる相手とだけ付き合っていけばいいやって最近思うよ。あとは、付き合うべき人の名前を覚えようとも」

「可能?」

「不可能」

「そっか」

「うん」

 おしまい。

 二人の日常はこんなふうに気の抜けた会話が続くようになって、たまに思い出したように雑談を振ったり、唐突に思い出したように死霊術について激論を交わしたり、あるいは思い出したように益体もない夢を語り合ったりということが増えた。

 それら会話は唐突に始まって唐突に終わることがほとんどで、二人とも話の内容にさほど執着はないようで、なんともぽけ〜っとした空気が最近は多い。

 魔王城の日常はこのような感じになっていた。魔族たちももともとぼけ〜っとした気風なので王城に陳情に来ることもない。
 たまにゴーストが遊びに来たりはするが、その程度だ。

 まぎれもなく、平和なのだった。

 では、それを取り巻く世界の環境は……
 この二人の主観的な視点において『こともない、平穏』とされる世界が今、どういう状況かというと━━

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